第4話 病と薬
彼の記憶、それを道具たちを通じて読み取りながら、作業を進めていく。
この道具たちに残るのは、強い後悔たち。
その一つ一つに、先ほど感じたものと同等の強い想いが残っている。
私に出来るのはそれを読み取る事だけ。
……作業を、初めて行こう。彼が最後に作ったであろう作品をもう一度蘇らせるため、薬草棚から原料を選別。手に取った品々を調合台の上に並べ、器具に手を伸ばしていく。
『僕が彼女を、絶対にキティアを助けるんだ……!』
彼が“薬”の開発を始めたのは、まだ青年と呼ばれるような時期。正確な年齢は解らないが、確実に今の私よりも若いだろう。当時の彼はまだ薬師として駆け出してあったようだが、そのセンスは同業者から認められている将来有望な新人。もし“病”が存在しなければ、腕の良い薬師として誰かの“記憶”に残っていたのかもしれない。
(だが、彼女の発病によってすべてが変わる。)
残された膨大な資料と。この思いの強さ。推測にはなるが、彼は病の原因究明と薬の製作以外何もしていなかったのではないだろうか。彼のこの家にも、“薬師”としての仕事をこなすための道具と、寝具しか残っていない。彼に私生活というのもは、存在しなかったのかもしれない。
……恋仲ではなかったのだろう、そういった記憶は見受けられない。けれど彼にとって小さいころからの友人である彼女は、とても大きな存在だったようだ。ここに残る品々からは、二人がどんな言葉を交わしたのか知ることはできないが……。
(この強い感情だけでも、解ることはある。)
確かに彼は彼女のことを思っていて、どんな手を使っても助けたいと考えていた。若く、まだ経験の足りない彼では限界があった。故に努力だけで、目の前に広がる障害を取り除こうと決意したのだろう。血の滲むような努力が、彼の助けたいという思いが、伝わってくる。
だが……。
『まにあわ、なかった……。もっと、もっと僕がっ!』
強い、後悔。彼の遺品たちから汲み上げる“記憶”を最低限にまで絞っても、自我に影響を及ぼしそうなほど強い感情。自分がもっと努力していれば、もっと知識があれば、もっと経験があれば、キティアの病を治すことができたのかもしれないのに。
おそらく、何かしらの糸口は掴めていたのだろう。彼の研究日誌からは読み取ることができる、空白期間直前の感情。そこはまるでようやく目の前に光が差してきたような、希望のある感情が遺されていた。……だからこそ、その後悔は計り知れない。
そこからは永遠に続くかと思われる絶望の感情が続いている。なぜ自分は何も為せなかったのか、なぜ自分は彼女を助けられなかったのだろうか、なぜ自分は“まだ生きている”のだろうか。
どんどんと転がり落ちていく感情。
しかしそれは、とある出来事によって終わりを告げる。
『また、病が……?』
この道具には記録されていない情景、しかしながら彼が当時浮かべていた表情と、感情。そこからおそらく発病したのは、キティアか彼にとって身近な人間だったのだろう。彼女は、自分のような存在を増やしたとは思っていないはずだ、そう考えた彼は、すでに壊れかけていた心に鞭を打ち、薬の開発を再開することになる。
(寝食すらも最低限、ほぼすべての時間を彼は薬の開発に当てた。)
だからこそ、全くの0から。完治とは言わないまでも、病の進行を遅らせる薬を作ることができたのだろう。……私たちの考える単純な病を超えた、むしろ魔法や呪いなどといったおとぎ話に近いような病。そんな存在に、彼は打ち勝とうとしていた。
彼は完成した薬の効能を分析し、この『病の進行を遅らせた』という現象は、『部分的に病の改善に成功した』であると結論付ける。つまり、宝石化した肉体を、一部元の肉体に戻すことができたのだ。しかしながら再生のスピードよりも、病の進行の方が早い。故に完治できたわけではない、と。
私は記録し、後世に伝える存在だ。情報を読むことはできても、それが真に正しいのかまでは理解できない。……だが彼の人生を掛けた研究が、間違っているなどとは思えなかった。
この効能を増加させることができれば、確実に病を完治させることができる。
あと、何か一つ。最後のピースさえ見つけることができれば。
(……ここからの記憶は、先ほどのものと同じ。)
もしまだ文明が残っていれば、病との戦いに大きく寄与した存在として、偉人として死後も称えられていただろう。そんな彼も、ただの人間でしかない。寿命という限界に追いつかれてしまった彼は、強い失意の中没することになる。
助けられなかった彼女への、懺悔。それを彼は病の根絶をもって果たそうとしたが、間に合わなかった。
「何も為せぬ私ではあるが……、引き継がさせて頂く。」
私の活動は、貴方の仕事に比べれば何の意味もないものだ。
これまでの見た全ての町が崩壊していたことから、文明が滅んだと判断している。しかし私は全世界を見て回ったわけではない。もしかすればまだ過去と同じように文明の元で生き残っている人類がいるかもしれない。
そこで生まれ育った存在からすれば、私の活動はただの“停止”でしかない。
人類の発展、そのために足を進めるのではなく、先人たちが生きた証を、失わせないようにする活動。そして滅びから立ち上がった未来の人類が、先人たちの記録を頼りに、より大きく発展できるようにするための繋ぎ。必要なことで、私にしかできないこと。
だが彼のように、私は前に進むことはできない。何かを作ることはできない。
だからこそ、貴方を、私は心の底から尊敬する。絶望から立ち直り、結果を残した貴方を。その想いは決して絶やさせない。決して忘れさせはしない。
「感謝を、貴方のおかげで、道筋は見えた。」
遺してくれた“記憶”のおかげで、この調合台に乗るすべての器具の使用方法を理解することができた。彼には遠く及ばないだろうが、真似事なら出来る。彼のためにも、私たちのためにも。
「『薬を完成させよう。』」
◇◆◇◆◇
「ジェス? できた?」
「……あぁ、ピーか。すまない。少し集中しすぎていたようだ。……何とか、形にはなったようだ。」
彼が遺してくれた材料たちを磨り潰し、火を通し、調合し、形にしていく。最後の彼を再現しようとしていたせいか、少し“記憶”に飲まれていたようだ。だがしっかりとこの自我はここにあり、薬品も完成させることができた。
「この……、粉みたいなの?」
「それは飲み薬だ。水で溶かし飲み込むことで病の進行を遅らせる。そして隣の液体が体に塗る薬。効果は同じだな。」
「へ~。これであの女の人治してあげるの?」
「……あぁ、それもいいが、どちらかというと私たちの薬だ。これだけでは彼女を治すことはできない。」
そう言いながら、ピーに薬の効能を解り易いように説明する。緑色の粉が飲み薬で、少し粘ついた緑の液体が、塗り薬だ。まだ飲んだことはないが、見た目通り苦味のキツイ飲み薬と、匂いが強い塗り薬になっている。効果は変わらないが、材料が違う。使用方法を間違えぬようにしなければならない。……相棒が覚えられるか少々心配だが、彼女は苦いものが苦手た。自分から必要なく手を出すことはないだろう。
(服用時は、私も傍にいるだろうしな。)
効能としては進行を遅らせるもので、完治させるものではない。しかしながらこの薬の素晴らしい所は、宝石化する病にしか効かず副作用も見られない、というところ。素人にはよく理解できなかったが、彼の残した資料を見る限り、これはすごいことなのだろう。早い話、健康体が服用してもなんの問題もないということだ。つまり罹患している可能性しかない私たちが飲んでも、メリットしかない。
病の出始めをあらかじめ薬で攻撃し、根絶する。完全に消し去ることは無理かもしれないが、時間を稼ぐことはできるだろう。
「移る可能性がないといったが、0ではない。完全な治療薬にはまだ至っていないようだし、この町にもう少し滞在し、調べてみる必要があるだろう。念のために飲んで置く。……もちろんピーもだ。」
「……にがい?」
「あぁ。」
「うへぇ。」
文句は言うが、我慢して口を開けてくれるピー。そこに薬と水を流し込むことで飲んでもらう。一瞬苦味で戻しそうになってしまう彼女だったが、こちらの視線に気が付き、ちゃんと飲み干してくれた。
それを確認した後、私も同様に薬を服用しておく。確かに口内に広がる苦味は不快感が残るが……、これで病の進行を遅らせることが出来るのなら、十分だ。さて、時間は稼ぐことができた。……ここから先は、どうやって薬を完成させるか、だな。
「あ、そうだ。ねぇジェス、どうやってお薬ができたって解ったの?」
「ん? あぁ確かに私に薬師の能力はない。だがこの家の持ち主が良いものを残してくれていてな……。」
そういいながら調合台に置いてあった一つの石を彼女に見せる。
白く、光沢のある宝石のようなもの。これは彼女と同じ病に罹患した人間の一部だ。
もともとは薬師の同業であった男の肉体で、彼が提供したものだと研究日誌に記入があった。どうやら彼も病の根絶に力を尽くしていたようだが、途中自身も罹患してしまい、天に召されてしまう。その直前に、少しでも他の薬師たちの力に成れるよう自身でその肉体を砕き、効能を調べるために配ったそうだ。
……少しピーには刺激が強い故に、このエピソードは伝えない方がいいか。
「薬をこの石に塗り、反応があれば薬として効能があることが解る。先ほど試したが、研究日誌に書かれていたのと同様の変化が起きた。……これを完全に溶かす、もしくは元に戻すことができれば、完全な薬だと証明できるわけだ。」
「ほへー。」
「それで、ピー。この後のことだが……」
彼の想いから、この薬を完成させたいことを伝える。私たちを病から守るという意味もあるが、彼の想いを読み進めるうちに、何とか薬を完成させたいという気持ちが強くなった。それに、未来に於いてこの町にやってくる人類が、病に苦しむ可能性も0にしたい。……これは、彼も同意してくれるだろう。
「……それに、可能であれば彼女も元に戻してやりたい。ピーには迷惑をかけることになるが……。」
「めいわく??? とにかくいいよ! ジェスがやりたいのなら手伝う!」
「…………そうか、感謝する。」
「でもピーお手伝いできる?」
「……すまない、難しいだろう。」
今回は彼女の得意分野である、肉体を使う作業がほとんどない。それに薬の調合は、手先が器用な種族の仕事だ。彼女のように翼をもつ種族では、少々難しいだろう。
何か手伝おうと気合を入れ笑みを浮かべていた彼女が、一気に不貞腐れる。……いつもピーには世話になっている。お前が居なければ私はどこかで死んでいただろう、お前にできて、私にできないこと。その逆もある。今回は我慢してくれるか?
「……わかった。あ、でもさ。どうやって作るの? その~、薬屋さん? でも作れなかったんでしょ?」
「あぁ、だがヒントはあると思っていてな。」
彼の研究メモから『最後のピース』の可能性として、二つの存在が示唆されている。一つ目は今回私たちが服用した薬の効能を何倍にも引き上げる素材。もう一つは病の元凶そのもの、だ。
(文明が崩壊してしまったこの世界では、何かしらの情報を得るのは至難の業だ。そして他の町の物資を得る、というのも。つまり彼が見つけられなかった一つ目を、今の私たちで手に入れるのは不可能。)
想像でしかないが、文明があったころは人も多く、町を行き来する人間も多かったのだろう。そんな時代で手に入らなかったモノを、私たちが手に入れるのは至難の業だ。そもそも薬師という存在の詳細な記憶を読むのは、今回が初めてだ。過去にもしかしたら該当する素材を見かけていたかもしれないが、それが本当に使用可能かどうか見極めることは私にはできない。
となると、残された道は元凶の発見。つまり毒自体を発見してしまい、それを薬にしてしまおうというものだ。これであれば、私でも可能と考える。
(彼も、その可能性を長年模索していたのだろう。見つかった時に備え、そのレシピを用意してくれている。)
私たちが生きるこの崩壊後の世界では、もう元凶が残っていないという可能性もあるが……。今は残っているという前提で話を進めるべきだ。この病について最初から整理し、考えてみるべきだろう。
教会にいた彼女、キティアが発病してから徐々に広まっていった宝石化の病だが……。彼の記憶から、この町全員が病にかかってしまったわけではないことが解っている。つまり何かしらの“耐性”を持つ人類が居たか、病の元凶に触れてしまう人間が一定数いたということが推測できる。
昨日の教会で私は、念のためピーにこの町で手に入れたものを口にするな、といった。水も、食料もだ。だがもしそれに問題があったのなら、優秀な薬師であった彼なら見抜けていただろうし、この町全員が罹患していてもおかしくはない。
(一時期彼も、その可能性を考え色々と調査をしていたようだが……。水にも食料にも問題がなかったという文言が研究日誌に刻まれていた。故にここは排除してもいいだろう。)
となると他の要因なのだが……。
正直サッパリだな。そもそもこの町には“記録”が残る存在が少ないせいで情報を集めずらい。病から逃げ延びるために多くの者がこの町から離れてしまったせいだろう。……町から離れたものが病に罹患したのかどうか、それについての情報は彼の資料にもなかった。
(水、食料、土地。……彼女の記憶で、医師から診断された際に『初めての症例』のような言葉が交わされていた。つまりこの土地独自の何かが原因なのだろうが……。)
「少し時間はかかるだろうが、一つずつ思いつくものを潰していくべきか。……ピーも知恵を貸してくれ。」
「うん! ……でもそういう苦手。」
まぁ確かに、ピーは体を動かす方が得意だものな。だが君独特の視点には常々助かっている。
「とりあえず今日は町の中を探索しながら教会に戻るとしよう。ここを拠点にしてもいいが……、少々手狭だ。確か教会付近には井戸もあったようだし、拠点を変える必要はないだろう。」
「はーい! ……あ、そうだ。ベッド持って行っていい? ふわふわしてる。」
「……別にいいが、旅には連れていけないぞ。それと町から出るときは元に戻すと約束しろ。」
「やった!」
飛び跳ねて喜びながら、マットレスを振り回すピー。埃が舞うから辞めてくれ。
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