崩壊世界の記録番

サイリウム

第1話 壊れた世界で



「……ふぅ、こんなもの、か。」



書き込んでいた本を閉じ、丁寧にカバンの中へとしまう。


私は、『記録を残す』という仕事をしている。と言っても誰かから給料をもらっているわけではない。この身が持つ限り世界中の都市を巡り、そこにあったはずの“想い”を文字に落とし込むもの。記録し、後の世に残す仕事だ。


この書き上げたものも、もしかすれば誰にも読まれず消え去るかもしれない。けれど私がやらなければ、文字通り何も残らなくなってしまう。ここに確かに存在していたはずの輝かしい時代が、全てなかったことになってしまうのだ。それは非常に耐えがたい。


その時代を生きていたわけではない、ただ残されたものから“見聞き”し、知れば知るほどに。


ここに広がっていたはずの世界に、惹かれてしまうのだ。



(私が子供の時、私たち人類は失敗したらしい。)



既に死んでしまった両親から聞いた話だが、なんでも世界はもっと豊かだったそうだ。多くの種族が入り乱れ、お互いを尊重し合いながら発展を続ける。昨日よりも確実一つ成長し、問題を解決していく日々。人類が誇るべき文化が、文明が。世界中に広がっていた。


今では腹を満たすだけで一苦労だが、過去は違う。鉱石を溶かし固めたもの、コインさえ持っていればなんでも手に入れることができたという。町の中は常に物にあふれており、人も数えきれないほど存在していた。飢える可能性など万に一つもなかったようだ。



(こんな風に、荒れ果てた景色ではなかったのだろうな。)



改めて、お邪魔していた部屋を見渡す。私が扉を開けるまで日の光は入ってこなかったのであろう、外から入る風が埃を宙へと舞いあがらせ、差し込む陽光によってキラキラと輝いている。放置されてから何十年も経ったようなこの家には、全く人の生活感というモノは残っていない。


ほんの少しだけ溜まった埃が、自分の住処だと主張しているような場所。


小さな、家。家具や細かな調度品を見る限り、ここに人が住んでいたのは確実だ。しかしながら、私が感じ取れるのは、『完全な無』。冷たく、寂しい雰囲気。この家だけではなく、この町に残っている家屋すべて。いやこれまで見てきたような部屋のすべてが、こんな場所だった。人の文明は、完全に滅び去ってしまったのだろう。



(……見落としていたか。)



物悲しさを感じながら部屋の中を見渡していると、箪笥の下に何かしら白い布のようなものが見える。


少し手を掛け引っ張り出してみると、何かの塊。布を何回も縛り上げることで人の形を象り、人形のように見立てていたということがわかる。劣化が激しく判別が難しいが、おそらくこの家の子供が遊んでいたものだろう。こんなものこそ、“記憶”が残る。



「使う……、あぁ、触れるべきではなかったか。」



“力”を行使しようとその人形らしきものをつかみ上げたのだが……、それが良くなかったようだ。私の想像以上に劣化が進んでしまったらしい。自重に耐えきれず、つかんだところかぽろぽろと崩れて行ってしまい、地面に落ちて行ってしまう。残るのは、手の上に残るなんでもない布の残骸だけ。



(……出来るのなら、一日だけでもその世界で過ごしてみたかった。)



過去にその人形で遊んでいたであろう持ち主に、軽く頭を下げ謝罪をした後。この家から出る。少し町の外を見れば本来町を守っていたはずの防壁が崩れており、大穴が開いてしまっている。その付近の家は完全に瓦礫の山となっており、外部からの侵入者によって破壊されてしまったのだろう。


眼を閉じても、私には元の情景を浮かべることはできない。高き防壁に守られた人間たちが、思い思いの素晴らしい生活を送っていたはずだということは理解できる。けれど私の瞼の裏に浮かぶのは、なんとも殺風景なもの。その輪郭をつかむことはできるが、浮かぶ顔は全て白で塗りつぶされている。


……この身に宿る“力”のおかげで部分的な情景を現すことはできる。しかし脳裏に浮かぶのは何とも滑稽な虫食いだらけの理想郷。その穴を自身の見聞きしした経験で埋めても、出来上がるのは寂しい世界だけ。


その眺めにため息をつきながら目を開くと、広がるのは何もない町。崩れ荒廃し、触れば消えてしまうような廃墟たち。外の荒野と町を区切る教会はすでになく、自然の一部になってしまっている。



(人類文明は、崩壊してしまった。……どれだけ人は生き残っているのだろうか。)



人の数は栄えていたころと比べればほぼ0に等しいだろう。私が旅に出てから出会った人類は両手で数えきれてしまう。何年か旅をしているが、生きている集落は一度も発見できていない。私たちが紡ぐべき文化は、文明は、全て無くなってしまったのだ。


……何が原因だったのかはわからない。


私が物心つく頃にはすでに文明は崩壊していて、残っているのは両親が教えてくれた記憶のみ。そんな記憶も不確かなもので、生き残るために藻掻く内に薄れていき、両親が他界したことで消えて無くなってしまった。出来る限り二人から伝え聞こうとしたのだが、飢えを何とか凌ぎ、生き残ることすら難しかった日々に、そんな余裕など残っていなかった。



(当時から、人を食うバケモノたちが世界を我が物顔で歩いていた。そんな環境下で、文字という文明のかけらを受け継げただけ、私は幸運だったのかもしれない。)



文明が残っていたころは、何人もの人が文字を操り、多くの文化を残していたのだろう。……しかし今は、おそらく使えるのは私のみ。両手で数えるだけしか人にはあっていないが、その中で文字を操れたのは私だけだった。


それほどまでに私たちは落ちぶれ、時代は原始まで叩き落されたのだ。



(けれど……。)



確かに文明は崩壊した。しかしながらそのすべてが消えてなくなったわけではない。


私が見て来た全ての都市が荒廃してしまっているが、そのすべてが塵となったわけではない。目を凝らし探しまわれば、過去に生きた者たちの痕跡が残っていることがある。瓦礫の山の中や、今にも崩れそうな家屋の中。町を歩き回れば確実に、人類が文明を築いてきた証拠がそこにあるのだ。


輝かしき文明が幻ではなかったこと示してくれる、唯一の痕跡がそこに。



(私には、“力“がある。)



物の記憶を、聞き出す力。その物体に強く刻まれた人の思いを、思い出す力。


何でもない薄汚れた棒から、誕生日に買ってもらったペンを愛用し続けた男の記憶が。

瓦礫の山に突き刺さる柱から、幼子と家族の時間が。

地面に転がる石の破片から、汗水たらしながら建築にいそしむ男たちの記録が。


酷く断片的だが、込められた思いが強ければ強いほどに、思い出すことができる。



(私はそれに、救いようがないほど惹かれたのだ。)



全くの未知が、残骸の中に転がっている。私の知らない世界が、知らない情報が、いたるところに転がっているのだ。人が強い想いを残していなければ読み取ることはできないが、はっきりとそこに人類が文明を刻んでいたことを証明する品々が存在している。


埃に沈み、砂にまみれ、ツタに絡め捕られたものたちが。過去の栄光を私に教えてくれているのだ。これほど素晴らしいものはないだろう。可能であればそのすべてをあるべき形へと戻し、消え去ろうとしている文明を取り戻したい。その輝かしき思い出を守っていきたい。


ずっとそう、考えていた。



(けれど、私一人では限界がある。)



一つのモノを保管するだけでも、非常に多くの手間と時間が必要となる。元の形に戻そうとするにはさらに多くの時間が必要となるだろう。物資一つすら確保するのに死線を潜る必要が出てくるのだ。町一つをあるべき姿に戻そうとすれば、私の一生を使ったとしても達成できるか怪しい。


この世界には数えきれないほどの消えようとしている文明が、文化が、それを証明する物品たちが。たしかに存在している。しかし私には、その欠片すらも守ることができない。



(……だからこそ、記録を残すことにした。)



私だけでは、消え去ろうとする文明をもとに戻すことも、保存することもできない。それができるようになるのは、もっと後になるだろう。私が死んだ後の人類、もっと数を増やした人類の時代に為せることだ。それこそ、何十年。何百年という時間の果てに達成できるようなこと。



(その“次の文明”の担い手たちに、私は情報を残そう。)



全てを一から生み出していくには、途方もない時間が必要となるだろう。けれど何かしらの指標があれば、格段に進めやすくなるはずだ。ただの瓦礫の山を、より完璧な方法で利用することができるはずだ。


私は、今後生まれるであろう新たな担い手たちのために、少しでも多くの情報を残さねばならない。この世界に確かに存在していた文明社会を、伝えなければならない。



「この“思い出す”力も、きっとそのために存在するのだろう。」



両親が私に教えてくれた“文字”という“文化”、その文化によって彩られた“文明”。この命続く限り世界中を見て回り、思い出を文字とし残していく。人類がより素晴らしき世界を築けるように、私は“バトン”を繋ぐ。


それが、私の仕事だ。



「……さて、そろそろ出発するか。ピー、いくぞ。」


「うにゅ? はーい!」



彼女の名。相棒の名を呼ぶと、ダッという足音と共に鳥のような体を持つ存在が私の前に現れる。そんな彼女の口には爬虫類らしき存在の肉が付着しており、ついさっきまで食事中であったことが伺える。口元に鮮やかな血がついていることを見る限り、生で食べていたのだろう。まったくその丈夫な胃腸には頭が下がる。



「もう全部食べたのか?」


「ん? 何のこと?」



そういいながら町の中央。先ほどピーが倒してくれた巨大なバケモノの死骸の方に目を向けるが……。


残っているのは骨だけだ。私の5倍以上ある爬虫類に類似したバケモノの骨、すでに保存食とする分は切り分け処置済みであるし、ピーが一人で討伐した食料だ。彼女にはそれを食べる権利がある。


けれど目を離した一瞬のうちに、生で全て平らげるとは……。少なくとも3/4ほどは残っていたはずなのだが、いったいどこに消えたのやら。やはり私とは違う種族なのだろう。



「そのトカゲだ。……まぁいい、とりあえず満足した食事ができたようで何より。」



私は“人間”というなんの特徴もない種族だが、彼女は“ダチョウ”という種族だ。両親から教わったことだが、なんでも“獣人”という分類に位置する種族で、過去の文明社会において共に暮らしていた仲間らしい。


彼女たちは非常に身体能力が高く、戦闘力が高い。私一人では抵抗すらできず食われてしまうバケモノたち、そんな脅威を単身で処理し、生き残ることが出来るのが“ダチョウ”という存在。彼女の前ではどんな存在も食料と化してしまうのだ。


だがその高い身体能力の代わりに、記憶力が致命的に悪く……。先ほどまで何をしていたのか忘れることもしばしば。まぁ頼りになる相棒である事は確かだ。


そんな食い溜めもできるらしい彼女の顔を拭いてやりながら、言葉を紡いでいく。



「そろそろこの町から移動しようと思っている。また運んでもらってもいいか?」


「うん! いいよ! ジェスと一緒にお散歩だ! 乗って!」



彼女の性格なのか、種族としての特性なのかはわからない。


だが私の名を呼んだ彼女は共に走ることを酷く楽しそうに喜び、膝を曲げてくれる。その背に乗り、早く出発しようという意思表示だ。……私の活動は今を生きる彼女にとってはあまり興味がなく、無価値なもの。そんな活動に付き合わせている以上、少しでも楽しめることがあるのならば、ありがたいことだ。



「ありがとう。……っと。さっき地図を見つけたんだが、どうやら西の方にまだ行っていない町があるようだ。そこに向かってくれるか?」


「にし? ……どっち!」


「あぁ、すまない。太陽が沈む方角……、キミから見て左側だ。ほらこっち。」



左手を彼女の方へと差し出し、方角を伝える。『ジェスと一緒にいる方がたのしいから。』という言葉に甘え、かなりの時間を共に旅を続けているのだが……、まだ方角という知識が頭に入っていないようだ。まぁそれぐらいどうということではない。


彼女が居なければこれまで何度死んだか解らない、これぐらいの手間であればいくらでも引き受けよう。



「わかった! じゃあ出発!」





 ◇◆◇◆◇





「やはりピーは速いな。」


「でしょー!」



肌で風を感じながら、流れゆく風景を眺める。私自身は見たことがないのだが、過去には馬という騎乗用の家畜が存在していたらしい。その生き物に装着していたのであろう『鞍』という物体から、馬たちがどれほどのスピードで走っていたかというのを推測することができる。


確かに彼らはかなり速かったようだが……。ピーには叶わない。彼女の方がより速く動け、スタミナも長く持つ。バケモノが跋扈するこの時代に置いて何物にも代えがたい力だ。彼女の脚さえあれば、どんな敵からも逃げることができるし、戦うことも可能だろう。



(にしてもこれは……、道か。擦れて見えなくなっているが石が敷かれていた痕跡がある。)



一見、まったく何もない荒野のように見えるが、うっすらとピーの下には道路らしきものが見えている。今は道としての機能を半ば失ってしまっているようだが……。これをたどればどこかの町に繋がっているのだろう。


今では廃墟から見つけたコンパスと、ボロボロになってしまった地図片手に新しい町を探し回らなければならないのだが、過去は何も考えず道を通れば、都市にたどり着いたのだろうな。



(全く、本当に羨ましい時代だ。)



そんなことを考えていると、うっすらと何かしらの建築物の輪郭が見えて来た。単一色で、石材らしきものを積み上げた建築物だと推測できる。過去に『防壁』と呼ばれていた存在、バケモノたちから身を守るために作られたモノに違いない。まだはっきりとは見えないが、先ほどの町と比べると非常に頑丈そうに見える。



「ジェス、あれ?」


「あぁ、おそらくな。少し日も傾いてきたし、今日はあそこで宿をとらせてもらおう。」



私よりも何倍も目の良いピーのことだ。私よりも先にあの防壁らしきものを見つけていたに違いない。彼女は確かに記憶力に難があり、幼い性格ではあるが……。決して馬鹿ではない。今のように背に乗る私の変化から物事を推測し、アレで合っているかと問いかけてくれた。


過去に廻った町の中で『ダチョウという種族は壊滅的に頭が悪い阿呆』と書かれていたが……。アレは種族に対する無理解からの記入だったのだろうか?



(……まぁあの本からは“想い”を汲み取れなかった。真相は闇の中、というモノか。)



筆者本人が書いた本であれば幾分か“想い”を汲み取ることができたのであろう。しかし複製品、いわゆる一般的に販売されていた本からは読み取れる情報が極端に少ない。何も読み取れないこともしばしばだ。確かに本自体を読めば黄金のような情報を手に入れることが出来るのだが、劣化が激しく文字を読み取れない時の方が多い。


私の“力”はその物の所有者などが、物体に対して強い想いを抱いたときの情報を見れるもの。決して万能の“力”ではない。無理なものはどう足掻いても無理なのだ。


……まぁ、まだ旅は続く。いつか原本を見る機会があるかもしれない。今は景色を楽しむことにでも集中しよう。



「とまりまーす!」


「ッ!」



そんなことを考えていた瞬間。ピーが軽く飛び上がり、両足を地面に突き刺すことで急ブレーキをかける。その振動によって思考がキャンセルされ、反射的に振り落とされないよう彼女の首に強く抱き着く。


ガガガ、という地面が抉れるような音を出しながらゆっくりと速度は落ちていき、止まったのはちょうど町の防壁の前。すこし振り返ってみればその地面にはまるで大きな爪で抉られたかのような痕跡が二本残っていた。



「とうちゃく!、どう? ピッタリでしょ!」


「お、おみごと。」



軽く礼を言いながら、彼女の背から降りる。かなりの揺れだったのでまだ全身に振動が残っているような気がするが……、時間経過で治るだろう。軽く頭を振りながら、周囲を見渡す。



「……防壁にあまり大きな損傷は見えないな。崩れてはいるが、大型の生物が入り込める程ではない。ここが奴らの根城である可能性は低い、か。ピー。何が見える。」


「んーとね……。特になし! 多分大丈夫!」



おそらく町の入り口。門があったであろう場所に首を突っ込みながら、中を確認してくれる彼女。そんな相棒に軽く礼を言いながら、町の中に入っていく。もちろん戦闘に備えながら、だ。ピーはその肉体だけで事足りるが、私はそうではない。なんの助けにもならない可能性が高いが、腰に差している鉈を抜いておく。



(遠距離武器として弓もある。だがこれは大きいサイズの敵がいる時のもの。その痕跡がない以上、出す必要はないだろう。数もあまりないしな。)



バケモノたちのサイズはまちまちで、大きくなるほどその脅威度は上がる。しかし小型であっても人間一人殺すのは容易。大型が入り込んだ痕跡が残っていないが、小型の存在であればいくらでも内部に侵入できるだろう。ピーが戦えるからと言っても、数に囲まれれば苦戦は必須。その時は私も戦わねばならない。警戒しながら、足を進める。



「……息遣いらしきものは聞こえないな。人の痕跡もない。」


「ねー。」



崩壊し、崩れた家屋を眺めながら町の中央に向かっていく。運が良かったのか敵の襲撃を受けることはなかったが、この場所にも人の痕跡は残っていない。やはりこの町にも生き残った人類や、流れ着いた人類はいないようだ。



(……まぁ居たとしても、私たちにできることはないのだが。)



もし人類が居たとしても、その存在がこちらの物資を奪うために敵対して来る可能性がある。そうなればこちらは身を守るために戦わねばならないし、最悪殺すという選択肢を取らねばならない時もある。対して友好的だったとしても、こちらができることはほんのわずかだ。


そもそも多くの物資を現地調達で賄っている私たちに、交換に出せるものはほとんどない。旅の過程で手に入れた知識を渡すこともできるが……、私の持つ知識。“力”を通して手に入れたものは全て、“文明が残っていた時の知識”でしかない。例えば『あの店のパンはうまい』とか『月の初めはあの店がセールをしている』など。いわば文明が残っているからこそ利用できた知識がほとんど。役に立つ知識がないわけではないが、玉石混交だ。



(だが私にとっては、どんな石ころでも宝石に等しい。……傍から見れば、ただの狂人なのだろうな。)


「あ、ジェス。お花。」


「ん……、あぁ。きれいに咲いているな。」



思考を一旦やめ、声のする方を見るとピーが道方に咲いた花を指差し……、いや翼差ししている。外側が水色で、内側が白い小さな花。大きさは小指の爪ほど、それが十数個まとまって咲いているようだ。よくよく見てみれば、近くに陶器らしき破片が残っている。文明が崩壊した時期に割れてしまった植木鉢だろうか?


それにしては少し距離が離れているような気もするが……。もしかすると文明が残っている時代にも咲いていた花なのかもしれない。



「持っていくか?」


「うん! 押し花にしてー!」


「了解だ。」



人のような腕ではなく、ピーは鳥の翼を持っている。故にこういった小さいものをつまむのは私の仕事だ。一輪だけを拝借し、布でくるんだ後カバンから取り出した本に挟む。彼女はきれいなものが好きらしく、こうやって押し花にして残すこともあれば、私に絵をかかせ情報として残すように頼んでくることがある。


いつも世話になっているのだ、この程度どうということはない。



「よし。ピー、そろそろ寝床を確保すべきだろう。ある程度形が残っている家屋がいいが……。まずは町の中央に行くべきか。教会があるはずだ。」


「わかった!」



そう言いながら、二人で歩き始める。町の中央には、基本的に教会がある。


現存する暦がなく、私にもあまり理解できぬ感覚ではあるが……。文明が残っていたころ、人類は決まった“曜日”に教会に集まっていたらしい。そこで祈りの儀式を集団で行い日々の恵みを神に感謝しながら、集団としての生活を行っていたそうだ。多くの者が集まる故に、町の中央にあるのだろうと推察できる。


そして多くの人間が集まるせいか、その建物は頑丈に作られていることが多く、今でもその形をとどめている可能性が高い。まぁ例外もあるため一度見てからではないと決められないが、家屋の状態が良ければ今日の宿として使わせてもらう予定だ。



「キレイに残ってるかな~。ピーね? ガラスの見たいの!」


「ステンドグラスか。残っていればいいな。……っと、アレか。」


「あ! ピー見てくるね!」



少し歩くと、開けた場所に出る。見えてくるのは酒場らしき壊れた建物と、石造の残骸がいくつか。そしてきれいに残った教会が一つ。どうやら鐘自体は外されているようだが、鐘用の塔までついている裕福な町特有の教会だ。多くの資金と資材が投じられたことを理解できる。


おそらく作りも良く倒壊する危険も少ないだろう、今日の寝床はあそこで決まりだろうか。


そんなことを考えながら、ピーを見送る。


元気よく走って行った彼女は頭でドアを開け……。固まった。



「どうした。」


「あ、あ、あ! あれ! ジェス見て!」


「ん? ……おぉ。」



言われた通りにドアの隙間から内部を覗き込んでみると……、教会の椅子に誰かが座っているのが見える。あの骨格と、頭部に乗せられた物体を見るに『シスター』と呼ばれていた者たちが纏う服を着た女性だろう。生きている人間を見るのは何年ぶりだろうか。とにかく友好的な関係を紡げるように努めなければ。



「失礼する! 私はジェス! こちらは私の友のピー! 旅をしているのだが、中に入ってもいいだろうか!」



彼女に聞こえるように、声を出す。……しかしながら反応は帰ってこない。ただずっと前を向いており、おそらくその視線は教会の中央に置かれた神の像に向けられているのだろう。声が聞こえないほどに集中して祈っているのだろうか。珍しいな。



「……ピー。入らせてもらおう。おそらく近づかなければ聞こえない。」


「わかった! 他の人久しぶり!」


「そうだな。」



彼女の笑みを横目に眺めながら、内部へと入る。一般的な教会と同じように、中央の奥には神の像が置かれ、そこから入り口までの左右には信者たちが座る椅子が並べられている。像の後ろにある装飾を見る限り、ピーが好むステンドグラスもあるようだ。少し傾き始めた日の光が内部へと流れ込み、鮮やかな色を生み出している。


……それにしても、本当に神職なのだろうか。


既に私たちは自力で衣服を作り出す能力を失っている。“思い出”を頼りに似たようなものを作ることはできるが、それでも文明が残っていたころの技術を再現することは難しく、そもそも材料すら今手に入らないことも多い。


故に私も、これまで会って来た者たちも、過去の人類が着ていたであろう服を拝借し、様々な物で補修しながら使用している。あのシスター服を着る女性もそうなのかと思ったのだが……。もしかすれば生き残った存在なのかもしれない。


そんなことを考えながら、彼女へと足を進める。未だ反応はない。



「すまない、聞こえているだろうか?」


「こんにちはー!」



かなり近づいたのだが、未だ反応はなし。大きなピーの声すら聞こえていないようだ。


二人で顔を見つめ合いながら、ほんの少しだけ嫌な予感を感じてしまう。



(……まさか。)



恐る恐る彼女の方へと近づく。……未だ反応は、なし。


真後ろに立つ。……同様に、何もない。そして、聞こえるはずの音も。


覚悟しながら、その肩を触ると……。固い。そしてひどく、冷たい。



「そう、か。」



どうやら、ぬか喜びしてしまったようだ。


少し覚悟しながら彼女の顔を覗き込んでみると、不自然なほどに真っ白になった彼女の体がそこに。どこからどう見ても、すでに死んでしまっている。ピーの方へと振り返り、首を横に振る。ほんの少し前まではにこやかな表情を浮かべていたそれが、一気にしょんぼりとしたものに変わってしまう。



「どうやらすでに死んでしまっているようだ。」


「そっか……。どこかに埋めてあげる?」


「そうだな、そうした方がいいだろう。」



いつ彼女が旅立ってしまったのかはわからない。だが肉体がきれいに残っていることからそう時間は経っていないのだろう。顔を見る限り比較的若い部類の“人間”。おそらく文明崩壊後に生まれた世代だろう。最後の場所をここに選んだということは……。こんな世界でも彼女は、信仰を失わなかったのだろうか。


そんなことを考えながら、彼女を持ち上げようとすると……。



「ん? どしたのジェス。」


「……重い、いやそれよりも“固い”。」



彼女の背と足をさせながら持ち上げようとしたのだが、まったくもって動かない。まるで石のように、固まっている。人の体は死んだとしても、肉の塊だ。ここまで固くなることなどありえないハズなのだが……。


ほんの少しの疑念と、恐怖を抱きながら。彼女の頬を触る。



「石、いやこれは……。宝石か?」



初めてやって来たこの町で、私は宝石と化した人間と出会った。



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