俺、イカだけど異世界ゲームをクリアしたら宇宙へ。異種族たちの集まる宇宙で成り上がる!

カクヨムSF研@非公式

第1話 俺、海を漂ってます。

 俺、イカです。異世界の海で漂ってます。俺がまったりスローライフを手に入れたのは理由があります。いまからそれを話そうと思うけれど、目の前に海の高レベルモンスターが迫ってきています。これはやばい。


「知性化階梯1?」

「そうだ、ハドリアヌス。これはな、特権階級のものしか持ってない魔法のパスなんだよ」


 鏡のむこうの男が言った。


「佐伯、こんなものが役に立つのか?」

「少なくともアップリフト・オンラインのモンスターには会敵しないし、同じ知性化階梯をもつ者ではないかぎり、プレイヤーキルも起きない」


 イカは虚ろな目で言った。


「それは、すごいっすねー」

「おいおい、なんだその目は。俺を、佐伯君を信用しろよ」


 そうです。この知性化階梯、ほんとうに使えるの? って思うじゃん。いま海の超大型モンスターに出会ったんだけど、俺を無視して帰っていったんだよね。なるほど……使える。


 しかし佐伯は言った。


「アップリフト・オンラインで特権的なプレイをさせてやる代わりに俺の仕事を手伝え。いや知恵を貸せ、ハドリアヌス」


 知恵ってそんなに俺は頭が良くないぞ。だって俺、たんなる冒険者でジョブは賢者でもない。

 南の日の光が降り注いでいる。まぶしい。仕事……と思って夜になった。ずっと空を見上げていた。心のなかには何も映らない。煩わしい関係もどきどきするような日々もない。


 平和だ。至福――――


「――――って、佐伯から連絡こねぇ……!」


 ま、俺は海に漂ってるだけだし。恋とか友達とかもいない生活を満喫させてもらう。海は広いし、おおきいし、俺は流れのまま生きてゆこう。



 ▼佐伯様から連絡があります。



 連絡が来たのはそれから7日後だった。佐伯達は7日を一周期として扱うらしい。


「ハドリアヌス、いまわれわれは大宇宙時代を迎えている――――」


 大宇宙時代、人類が超光速航行ハイパードライブを自力で成したあとの時代である。大宇宙時代では一般の市民でも宇宙に旅行できる時代だと誰もが思った。しかし、宇宙を知れば知るほど、そんな甘い考えは捨てなければならなくなった。人類が初めて宇宙を超光速航行した翌日に銀河列強ギャラクティック・エンパイアの一部の帝国、ドミニシュ帝国の類属クライアント・レース、エゼルゲッタと接触ファースト・コンタクトがなされた。エゼルゲッタははじめは友好的な態度で人類をもてなした。「O・M・O・T・E・N・A・S・H・I」と器用に人類の言葉を手で表して人類に接してきた。エゼルゲッタはたちまち世界で人気を勝ち取り、エゼルゲッタ人形やエゼルゲッタ饅頭まんじゅうは飛ぶように売れ、エゼルゲッタ・フィーバーに世界が沸いた。

 実はエゼルゲッタは狡猾な知的生物であった。彼は人類との交渉のあいだに木星資源奪取作戦を決行。人類は木星圏に艦隊ポーンを一〇〇〇艦配置して、これを迎撃した。それから人類とドミニシュ帝国は血で血を洗う大戦争時代へと移行した。

 そうしてエゼルゲッタの首をとった人類であったが、ここから軍事的な技術は飛躍的な革新を遂げた。レーザーバルカンの量産、超光速航行の安定化、重力制御装置の開発、戦闘に特化した新人類への進化……。

 われわれの歴史は過去の写し絵と変わらなかったのだ。


「イカ、バカだから分かんない……」

「まぁ、これは地球の大卒レベルの知識だからな。本題はもっとシンプルだ」


 佐伯は画像ファイルを送って寄こした。その画像ファイルは三次元のまりのような形をしていた。


「ん?」

「これは人類の領土と銀河国境が接しているゼシーギ帝国領土の地図だ」


 イカは領土問題がそこで起こっているのではないかと素早く連想した。


「起こっているのはそうだな……」


 佐伯が口を濁した。


「はっきりと言え、佐伯。領土問題なんだな? そうだろう?」

「いや、微妙にちがうんだ。領土問題というほどの問題ではないけれど、この辺の地域の銀河国境は恒星との距離で決まってる。しかし、どうやらその恒星が近いうちに赤色巨星になる可能性を科学者たちが主張している。赤色巨星化に伴って人類側の領土が減るなんてことになれば、大問題だ」

「赤色巨星ってなんだ?」

「恒星が膨らんでいくことだと思ってくれればいいよ。星は成長するからな。安定した恒星が終わりに向かっていくとそういう状態になる」

「ふーん、それでゼシーギ帝国側は何と言っているんだ?」

「事態を静観するってさ」

「それ、問題あるか?」

「あるよっ! 人類の資源の調達には広い宇宙が必要だし、領土を失うというのはまずい!」


 ハドリアヌスは考え始めた。領土……土地……恒星……。


「そうかぁ、うーん。ある村の境は移動している。その村の境を一年ごとに決めるにあたって村人たちはなにをしたと思う? 佐伯はわかるか?」


「ええっ? 話し合い? いや賄賂わいろか、村人のあいだでそういう黒い手段を使ったに違いない!」

「つまりすべては金で解決? つまらーん、これだからジャパンの役人は。つまらーん」

「それ、何の真似してるんだ?」


 佐伯はすこし怒ったような声で言った。


「じゃあ、ハドリアヌス。答えてくれ」


 佐伯は真剣な目でハドリアヌスを見た。情熱を感じられる目だ。


「答えはゲームだ」


 佐伯は「ゲーム?」と呟いた。


「そう、だからこうすれば――――」


 イカ、つまりハドリアヌスは簡単なアイデアを佐伯に伝えた。佐伯は半信半疑といった面持ちで帰っていった。

 異世界の夜が来た。星々を見上げながらハドリアヌスは一息ついた。つくりものの星空とはいえ、美しい。ハドリアヌスはいつの間にかうとうとと眠ってしまった。


 

 ▼佐伯様から連絡があります。



 ちょうど7日後のことだ。佐伯は明るい声で言った。


「ハドリアヌスのおかげで銀河国境を前よりすこしだけ広げることができたよ、ありがとう。それにゼシーギ帝国側との友好関係も深まった」


 ゼシーギ帝国領のビデオ・メッセージを佐伯と一緒に見た。ゼシーギ帝国の役人は口からピンク色の泡を吹きながら友好な姿勢を示した。


「そうか」

「なぁ、ハドリアヌス。欲しいものとかない? 簡単にデータセットを送るよ」

「じゃあ、ビーフジャーキーで」


 佐伯は話を続ける。


「まさか恒星を重力ロープで縛って宇宙艦隊で綱引きするなんて考えもしなかった」


 ハドリアヌスはすこし照れくさくなる。そういえば赤色巨星のはなしはどうなったのだろう。


「星は膨らんだのかい?」

「ああ、このあいだ綱引きのあとに見事に。それで綱引きの結果が半永久的な銀河国境と決まった。やったぜ」


 ハドリアヌスは届いたビーフジャーキーを食べながら麦酒を飲む。一仕事終えたあとの酒は美味い。佐伯がハドリアヌスをちらちら見ながらなにかをぼそぼそ言う。よく聞こえないので音量を上げた。


「……それに今回の件でお前の知性化階梯も上昇する可能性が出てる」


 上がるのか、知性化階梯。でも知性化階梯が上がることで今の生活が変わるのだったら反対するが……。


「なんだ、ハドリアヌス。浮かない顔をして」

「佐伯、初めに言っておくけど。俺はこの海で漂う生活を手放したくないんだ」

「アップリフト・オンラインは永遠だ。心配するな」


 なにかを掛け違えたような気がしたが、その感触も海の波にかき消されていく。


「ハドリアヌス、これからどうするんだ?」


 彼は答えない。じっと空ばかり見ている。


「あ、佐伯。やっぱり送ってきてもらいたいものがある」


 装備スロットにあるものが送られてきた。


「これでゲームもすこしばかり楽しくなるな」

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