第7話 魔法師の残した記録

「マリーンは自身を魔法師と呼んで、魔導士とは区別していたようです。」

「それは、理由があるんですか?」


 俺とラングーンさんは魔法局長であるマリアさんの自宅を訪れ、応接ではなく私室に通された。

 そこには一冊の古ぼけた本が開かれており、本をはさんで席についている。

 その本はマーリン自身の備忘録のようなもので、対外的には公開していない13冊のうちの1冊だという。

 会話は主にラングーンさんとマリアさんの間で交わされており、俺は聞き手に徹している。

 マーリンの残した記録となれば、下手な反応は見せられないからだ。


「魔力には波長というものがあるそうで、その中に龍と同じ波長の魔力というものがあるそうです。」

「龍というのは何ですか?」

「我々とは違う世界に住んでいて、人間界に出現したのは数えるほどだと記録されています。身長は3m近くあり、見かけは人間に似ているものの、額から2本の角が生えていたそうです。」

「人間のような見た目で魔法を使う存在なんですね。」

「龍と同じ波長の魔力と、人間固有の魔力があったことから、最初の魔力は竜から授かったものだと考えられていたようです。」

「波長の違いなんて分かるんですか?」

「現代の魔導師で、その違いが分かる者はいませんでした。本来なら魔物の魔力と人間の魔力も違うはずで、魔法石は魔物の魔力だと思うのですが、誰にも違いが分かりません、」


 そうなのだ。

 魔力をちょっと練れば簡単に違いが分かるはずなのに、マーリン達には分からないらしかった。


「龍の魔力を持つ人たちは、その魔力をカギにして龍の世界にアクセスできるらしいんです。」

「どういう事なんですか?」

「これは、当時の研究者たちの仮説らしいんですが、魔力使って竜の世界で事象を改変して現実世界に反映する。これが魔法の正体だというんです。」

「ああ、俺には理解できないな。」

「私も龍の魔力はないみたいで、この感覚は理解できないんです。マーリンも同じだったみたいですね。」

「大魔導士マーリンも……。」

「この、龍の魔力を保有していて、龍の世界にアクセスできるのが魔導師で、明確に龍の世界を認識できないけど、魔力で似たような事象改変を起こしているのが魔法師。マーリンはそう位置づけていたんです。」

「じゃあ、今の時代にいるのは……。」

「魔導師ではなく、魔法師という事ですわ。」


 うん、ここまでの話は俺たちがマーリンに教えていた内容と一致する。


「ここからが今日の本題です。」

「俺はここまでで降参だよ。」


 ラングーンさんに視線を投げられたが、両手を広げて惚けておいた。


「この記録によれば、マーリンが指導を受けた魔導師の中でも、特に龍の魔力が強く、龍の世界での事象改変に優れたフリード・キングという魔導師がいたそうです。」

「それがリコの祖先だというんだな。」


 マリアさんは首肯し話を続けた。


「フリードは、重力を制御して空を飛んだり、光を灯したりと様々な魔法を使ったほかに、龍の世界に情報を書き込んだりすることもできたそうなんだ。」

「情報?」

「任意の記憶や知識みたいなものだったらしい。そして魔道具の開発にも長けており、光を発する魔道具も開発していた。」

「それが魔導照明だと……。」

「リコ君は魔導照明や魔導コンロを世に出したのが3才になる前で、誰の指導も受けずに必要な資材を調達して魔法式を構築した。」

「あっ!」

「魔道具に書かれた魔法式には、最初からプロテクトがかけられ、最初から完成品が世に出てきた。天才といえど、あり得ない事だと思うんですよね。」

「そういうことが……。」

「そして、マーリンがフリードから聞いたという言葉……最新の記憶を龍の世界に残しておき、自分の魔力を引き継いだ子孫がそれを呼び出せるようにしてやれば、今の研究をそのまま続けることが可能となる。」

「まさか……。」


 ふう、と俺はため息をついた。


「マーリンも余計なものを残してくれたものですね。」

「証拠はないのですから、否定してくださっても良いのですよ。」

「マーリンが魔法を一般に定着させたのは事実だからね。一応、彼の功績は評価しているんですよ。」

「恐れ入ります。」

「それで、僕にどうしろと?」

「私は、この記録が正しいのかどうか知りたかっただけですから、もう満足しています。」

「そこで満足しちゃったら、次のステップへは進めないですよ。」

「でも、私には龍の世界に触れることはできませんから。」

「できないわけじゃないんだけどね。」

「えっ?」

「まあ、悪用されると困るから教えないけど。」


「……可能性があるのなら、考えてみます。」

「そうそう。向上心が大切だからね。」

「それで、お呼びするときはリコ様?それともフリード様?」

「リコでいいですよ。フリードは間違いなく死んだんですから。」

「では、リコ様はこの先どうなさるんですか?」

「まあ、次期宰相と魔法局長の顔を立てて、王都と町を結ぶ定時便を作ろうと思ってる。」

「ホントか!」 「まあ!」

「できれば、魔法局から操縦士を出して、非常時に対応できるように軍からも一人乗ってくれるといいかな。」

「容易いことだ。」 「はい。」


「定時便を実現するために、乗降場所の選定と、荷を積み込む手配。そういったことを検討するチームを立ち上げたいな。」

「はい。」 「おう。」

「王都を中心に、東西南北の4方向を巡回させる。効率よく回せば、一日2巡回せるけど、余裕をもって一巡でもいいかなと思っている。」

「はい。」

「そうだ、検討チームには、商業ギルドのライムさんも入れてくださいね。」

「当然だ。」


 定時便プロジェクトは、国の物流を根底から変える影響力の大きなものだ。

 これに伴い、ラングーンさんには兼務で宰相補佐官の肩書がつき、定時便プロジェクトのリーダーに任命された。

 サブリーダーに魔法局長のマリアさんと総務局長のジバリさんが任命されている。

 そして俺には相談役という肩書が付き、地位としては大臣以下で局長以上とされた。

 まあ、そんなもの要らないけどね。


 第一回会議はすぐに開催された。

 それだけ、早い運用開始を望まれているのだ。


「この会議に商業ギルドのスタッフは必要ないと思いますけど。」

「なぜですか?」

「商業ギルドは産業局の下部組織ですから、決定した内容を通知すれば済むじゃないですか。意見を聞くことはありませんよ。」


 そういわれてライムさんは下を向いてしまった。


「商業ギルドは独立した組織だと聞いています。それに、彼女は僕が頼んで来てもらったんです。」

「お前みてえなガキに聞いてねえんだよ。大体、何でガキが会議に入ってるんだよ。」


 うん、確かにガキだよな……見た目的に。


「産業局のタイラー君だったか、俺がリーダーに指名されているんだが、実質的な責任者はそこのガキ……リコ君になるんだ。」

「タイラー君、もう帰っていいから。産業局抜きで決めるし、邪魔だから退席してね。」

「な、何を!」

「産業局には、一切の介入を禁止するので、帰って局長に伝えてくださいね。」

「ば、馬鹿な……。産業局抜きで決められるはずが……。」


 その男が出て行って少しすると産業局長が青い顔で駆け込んできた。


「も、申し訳ございません。他の者に人選を任せてしまった私の落ち度です。どうかこの者と変更をお願いします。」

「あーっ、一つ確認したいのですが。」

「はい。何でしょう?」

「産業局はギルドを統括管理しているのですか?」

「とんでもございません。ギルドのお手伝いや、ギルド間の連携をサポートさせていただくことはありますが、管理などという立場ではございません。」


 俺は納得してメンバーの交代を認めた。

 ちなみにタイラー君は法務局長の次男だとか、後で知った。



【あとがき】

 身バレしてしまったリコ。まあ、動きやすくなったんですかね。

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