第9話:戦闘は狡猾に
「い゛っ——てえっ!!」
激痛が全身に走る。
一か八か。召喚陣の場所へ飛んで、見えない壁に激突した。結界の話は事実らしい。凄まじい衝撃で手の力が緩む。重力に従い地上(正確には半壊した寺の屋根)に落下する。
おむすびの如く傾斜を転がり、玉砂利の敷かれた地面に身体を打ち付ける。
「……マジで痛い。くそ、やらなきゃ良かった」
四つん這いになって頭を振り、意識にかかる靄を振り払う。
少し離れた場所で這い蹲るバルディエルを確認。
一緒に激突する羽目になった奴も、相当なダメージを受けたようだ。玉砂利を引っ掻き悶えている。
「いたい……ひどい……酷いよお……!」
「謝らないぞ。結界を張った死神擬きが悪い」
よいしょ、と立ち上がって埃を払う。あちこちに付いた黒や灰色を見、舌打ちを一つ。白い衣装は汚れが目立っていけない。帰ったらクリーニングに出さなくては。
「酷い……でも、正しい……あの人はいつも正しい……せんせえは正しい……」
ばきばきと不穏な音を鳴らしながら、曲がった腕を立てて上体を起こすバルディエル。
俺は奇妙なことに気付いた。
バルディエルの下半身が異様に小さく、細いのだ。
そういえば川に居た時も、こいつは決して立とうとしなかった。先程は全く気にしていなかった。けれど、今は違う。地面から一向に離れない下半身に注目する。
「人間は酷い……悪魔も、みんな酷い……」
(どうして立ち上がろうとしない。先の攻撃で潰れたか?)
「酷い、憎い……殺したい……!」
(いや、再生能力が上がっているんだ。潰れても治せばいい。なら、)
「——殺す!」
突如、バルディエルが空に跳ね上がる。
青白い腕を目一杯広げる。周囲に、輝く何かが数十——数百——数千と現れる。
宙に浮いたまま、バルディエルが腕を振り下ろす。煌めきが一斉に降り注ぐ——俺を目掛けて。
「またその攻撃か」
単調だなあ、と笑って難なく避ける。
先程フォカロルに告げた通り、バルディエルの動きは大方読めている。
こいつは得物を降らせることしか出来ない。その得物は確かに脅威だ。何製か知らないけれど、木も土も金属もコンクリートも破壊し尽くすことが出来る。街を爆撃したような惨状に作り替えられる。
でも、それだけだ。
俺のスピードには敵わない。動きを先読みしない。ブラフもかけない。
学びがない。
俺が居た場所が、めちゃくちゃになるだけ。
石畳が割れる。土が捲れ上がる。
手水舎が破壊される。石灯籠が砕ける。立派な門が崩れる。
傍らの樹木が爆発する。膨張し、裂ける。——その様子を見て、ぴんとくる。
(なるほど、電気か)
破壊力の高さに合点がいく。
要するに電気を用いた焼夷弾だ。ただ穴を開けるだけではない。燃やせる。爆発させられる。場合によっては感電させられる。
「でも応用出来ないなら、意味ないな!」
適当な瓦礫に触れて、放つ。瓦礫は真っ直ぐ、バルディエルへ向かって行く。難なく迎撃される。
けど、それは想定内。
バルディエルの身体に影が差す。
「ガッ、あああぁぁああぁぁあぁああ!!」
「いえーい、大成功」
轟音が止み、砂埃が晴れる。
参道に大量の岩が積み重なっている。さながら、ピラミッドのように。
何ということはない。瓦礫は目眩し。迎撃している間に岩と化した石灯籠をバルディエルの頭上に呼び寄せ、身体へ引き寄せてやったのだ。
単純だけど上手くいった。
素晴らしい出来栄えに思わず、にっこり。
「お前の敗因は、応用力の無さだけじゃない」
「あ゛、がぁ……ッ、が……」
「攻撃に集中し過ぎる余り、警戒を怠ったことだ。ものを呼び寄せる技は鉄橋の上で見たのだから、ちゃんと注意しておかないと」
頭だけを残し、綺麗に埋まったバルディエルが呻く。じわじわと、赤黒く変色していく地面。
その様を見下ろしながら言葉を続ける。
「でも、引き寄せる方は狡かったかな。俺は目印が付いた物体同士を寄せ合うことも出来るんだ。ここに飛ぶ前——お前の胴体に触れた時、目印を付けておいた。だから石灯籠は落下する以上の力を持って、お前に降り注いだってわけ」
「っ、ッ……ぃだぃ……いだいよぉ゛……」
「後出しジャンケンみたいになって、すまないな」
けれど、仕方がない。身命を賭しているのだ。
勝てば官軍、負ければ賊軍。初見殺しが何だ。
勝たなければ——生き残れなければ意味がない。
「やだァ……死にたくない……!」
「…………」
「しにたくないよお……!」
俺は無言でバルディエルの頭を踏む。しっかりと目印を付ける。
天辺にある岩を手元に呼び寄せる。
五十センチはあるだろうか。中々に大きな岩だ。かなりの重量だが、持てないことはない。何しろ俺は、悪魔なので。人間よりは腕力がある。
腕を伸ばし、岩をバルディエルの頭の真上へ持っていく。
「殺さないでえ……!」
お前が言うなよ。
ぱ、と岩から手を離す。重力に俺の能力を足す。
柔らかいものが押し潰される音。
血と脳髄が飛び散る。
「……あ、ブーツ汚れた」
肺の中を空っぽにする勢いで溜息を吐く。
あーあ。最悪だ。体液って落ち難いんだよな。クリーニング代、誰に請求しよう。ケイトかな。……いや、イポスさんだな。あの人が「同行して助力しろ」なんて言うから、こんなことになったんだ。最初の行動計画とも全然違うし。
よし、絶対請求するぞ。ついでに何か奢ってもらおう。腹が減った。
などと考える俺の耳に、小さな悲鳴が届く。
周囲を見回して驚いた。瓦礫に紛れて金属製のドアがある。それが、ほんの少しだけ開いている。
中から人間の気配がした。それも一人や二人ではない。それなりの人数だ。もしも生きている人間が居たら助けてあげてとケイトに言われた時は、生存者など居るわけがないと内心で失笑したけれど、まさか本当に居るとは。
ドアへ一歩近寄る。
「ひ!」
「来ないでっ」
ふむ……、声からして子供と女か。
ドアの隙間を、じっと見つめながら考える。
考えて考えて、結局、俺はケイト達のもとへ戻る方を選択した。
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