第6話:状況は悪化する

 一度に大量のものを運ぶのは得意ではないけれど、悪魔一人と少年二人ぐらいなら全く問題ない。

 身体の片側にフォカロルを引っ付け、小脇に金髪少年を抱え、召喚者である少年には適当にコートを摑んでもらって、飛んだ先——長野県で一番高さがありそうな建物は、とてもじゃないが安全な場所ではなかった。

 屋上の至るところに大小様々な穴が空いている。一部は抉られたように崩れ、鉄筋は剥き出し。おまけに、ちょっとだけ傾いている。

 比較的マシな部分を選んで降り立つと、眼下に広がる街並みを見下ろし——言葉を失った。


「うっわ……ボロボロじゃん」


 フォカロルの言葉通り。街はボロボロだった。

 住宅、商店、墓、神社、コンビニなどは等しく破壊され、瓦礫と化している。ガソリンスタンドがあった場所から上がった火の手は、近くのものを飲み込んで成長を続けている。比較的無事と言えそうな建物も、ガラスは一枚も残っていない。鉄骨だけが亡霊のように立ち尽くしているものもある。


「爆撃にでも遭ったみたいだな」

「おいおい、何かの間違いか? こんなに破壊力が高いなんて聞いてねえぞ」

「そうなの?」


 でもフォカロル、相手を知っているふうな口調だったよな。相性がどうのって。


「前に出現した時の報告では、変電所をぶっ壊して停電を起こしただけだった」


 それでも事故やら何やらで結構な被害が出たらしい。

 さもありなん。人間の生活は電気に頼り切ってる面が多分にある。急に信号が消えれば交通事故が起こるし、人工心肺が止まれば命に関わる。


「悪魔に縋る奴らとはいえ、如何にも『やべえ案件』をガキには任せない。こういうのは支部の人間——大人の担当。プロの領域だ。ガキが出張るのは小悪党。ハッカーとか強盗犯とか、精々殺人鬼ぐらいなんだよ」


 殺人鬼でも充分『やべえ案件』だと思うけれど……と思うが、口には出さない。

 代わりに「それじゃあ、プロを要請するか?」と訊く。


「いくら人手不足でも、この状況を見れば、そうも言ってられないだろう」

「難しいだろうな。オレらは、セイルが居たからすぐに飛んで来られた。けど、他の奴らは違う。悪魔も人間も瞬間移動は出来ない」

?」

「ああ。その辺のことは後でな」


 で、どうする? と、フォカロルが金髪少年に訊く。


「取り敢えずイポスに連絡して……戻って手隙のコンジュラーでも探すか? たぶん居ねえだろうけど」

「……そんな暇はねえ。手が空いてるコンジュラーを探している間に攻撃は進行する。ナガノだけの被害じゃなくなっちまう」

「だよなあ」

「おい、ケイト」


 金髪少年が、少年に話を振る。

 俺の腕から解放された彼とは異なり、少年はまだ俺のコートを摑んでいる。


「この悪魔——セイルっつったか。瞬間移動以外、何が出来るんだ?」

「……知らない」

「あ?」「え?」

「知らない。契約してないから」

「っ……、っ!?」

「あーやっぱり」


 変だと思ったんだよ、と苦笑するフォカロル。


「同行して見学しろだの、オレとの仲に免じて助力しろだの、可笑しなことばっか言ってたもんな。イポスのやつ」

「契約するかしないかのタイミングで、お前らが乱入したからね」と、口を挟んでやる。

「マジか。うわー、ごめんな? ケイト」

「……悪りい」

「……別にいい」


 全然よさそうじゃない顔をしながら、「それより」と俺に目を遣る少年。


「あんた、何が出来ん……ですか」

「ものを運んだり動かしたり。ぴゅーっと飛ばしたり、ぐいーんと引き寄せたり」

「ふざけてんのか?」


 首を左右に揺らしながら答えたら静かにキレられてしまった。心外だ、とても大真面目に答えているのに。

 フォカロルを見ろ。「そんな感じ」と頷いているぞ。


「ものを動かす以外は? フォカロルみたいに水や風を操って攻撃とか、出来ないの?」

「出来ないね」

「……っ……、使えない奴」

「聞こえてるぞ」

「聞こえるように言ったんだよ!」


 地団駄を踏む少年を、金髪少年が宥めている。

 子供のことは子供に任せるとして。さて、これから本当にどうしようか。次の行動を決めるべく、フォカロルと向き合った。刹那。

 ぴりっと、嫌な感覚。


(まずい)

「摑まれ!!」


 咄嗟に少年二人を抱き寄せ——飛ぶ。

 数キロ離れた瓦礫の山に降り、振り返る。先程まで俺達が居た建物は、上空から降り注ぐ何かによってした。

 うなじをピリピリとしたものが走る。


(まだ、だ)


 反射的に飛ぶ——飛ぶ——飛ぶ。方向を変えながら別の瓦礫の上に。工場に。駐車場に。大通りに——目に付く場所へ飛び移って行く。

 視界の隅に入った川の姿に幸運を見いだす。

 川に架かる鉄橋の中心辺りに降り立ち、

 数秒後——飛ぶ。

 浅瀬に飛び込んだと同時に、轟音。

 真っ二つに破壊される鉄橋。巻き込まれる車。ドカン、と溢れる炎。捲き上る大量の塵と煙。


「フォカロル!」

「任せろ!」


 川の水と石を巻き上げながら鉄橋があった場所を挟んで、二本の巨大な竜巻が出来上がる。

 竜巻は、のたうつ大蛇のようにぐねぐねと動いた後、何もかも——鉄橋や車の残骸も炎も塵も文字通り全て——を飲み込み、川の底に沈んだ。

 残ったのは、静寂。

 川の中央に墓の如く出来上がった灰色の山。

 それを避けるように流れる清流。


「よし、しゅーりょー!」

「お疲れ様でしたー」

「『よし』、じゃない!」

「何てことするんだ!」


 ハイタッチで喜んだら少年二人に怒られてしまった。

 何てこと……普通に危険を排除しただけなんだが?

 金髪少年が硬い声でフォカロルを呼ぶ。握られた両の手は震えている。フォカロルを睨む目は、親の仇でも見るように鋭い。


「テメェは初めてじゃないんだ。

、今回は仕方なくね? 正当防衛だよ。せーとーぼーえー」

「正当防衛でもやり過ぎだ!」

「んもぉー、じゃあどうすりゃあ良かったんだよ……」

「え、何。何が駄目だったの?」


 俺の疑問に答えたのは召喚者である少年。

 彼は眉を顰めて「ほぼ全部だけど」と言う。


「一番は、バルディエルを殺したこと」

「……何を言っているんだ? 少年、天使は殺すものだろう?」


 だってここは『天使を召喚して悪魔を殺すゲーム』の世界なのだから。逆もまたしかり、だろう?


「誰もそんなこと言ってない。……いや、時間がなくて説明してない僕らが悪いけど。とにかく、天使を殺して欲しくないんだ」

「何で?」

「あいつらは——人間だから」


 


 かたり。

 と、さほど遠くない場所で音がなる。硬いもの同士が擦れる音。ぶつかる音。それらは次第に数を増し、大きくなっていく。

 ころころと、小さい破片が上から下へ落ちる。清流に波紋が出来る。破片は次第に大きくなる。俺達の耳に届く音と比例するように。

 ころころ。からから。がらがら。がしゃがしゃ。

 灰色の山が崩れていく。清流はたちまち濁る。川の流れが遮られる。


「ぅ、ぅうぅうぅうぅ」


 風の唸りのような声が空気を揺らす。青白い手が石を、金属を、木を、何かの部品を掻き分けて這い出てくる。


「なんで……どうしてぇ゛……」


 その声は男のものにも、女のものにも聞こえる。


「どうして……どうしてあたらないの……どうして……ころしたいのに……しろいのも……くろいのも……ちゃいろも……きんいろも……みんなみんな、ぐちゃぐちゃにしたいのにぃ……」


 腕が伸び、肩が出て、が出てくる。


「どうじでえ……!」

「なあ、教えてくれ」


 少年を背に庇いながら、俺は誰ともなしに問う。


「あれの、どこが人間だ?」


 ぐっしょりと濡れた長い黒髪が、ずるりと落ちて、濁り切った水に広がる。

 赤が川下へ流れる。

 血走った眼が俺らを捉える。

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