ep.22 私は、貴方とは見てきた屍の数が違うのよ!?
地下は石造りのスロープを抜けた先、広く温かい空間が広がっていた。
壁や天井には、まばらに文字が刻まれている。
だがそれは、少し前に礼治の解読によって判明した速記符号ではなく、エジプトの象形文字やローマ字と思しきもの。もう少し時間があれば、僕でも簡単に解読できそうだ。
それにしてもこの辺りは地熱があるのだろう、温かい。いっそ、あの一軒家じゃなくてこっちで暮らした方が良いんじゃないかと思えるくらいである。なにせ、
「みて! これ… お湯だよ。加減もちょうどいい。入浴はここで良さそうだね~」
なんてマリアの言う通り、温泉まであるのだ。これにはアニリンも興味津々で、マリアと一緒に手を突っ込んでは暖を取る様子が見られた。
王都の地下渓谷にも一応温かい帯水層はあるけど、こっちはにごり湯の源泉かけ流し。確かに入浴するだけで色んな病気を治してくれそう。
「…」
と、ここで礼治がとある方向へと無言で見つめ続けた。
目線の先は、少し不気味なL字角。その奥には何があるんだろう…?
「何か、感じるものでも?」
「あぁ。暗い夜の中に放り出されたような、もの寂しげな感じがする。いってみよう」
そういって、僕達は恐る恐るそのL字角の奥へと進んでいった。
曲がってすぐ目の前には長い長い下り階段があり、下りていくにつれて嫌に鼻をつく臭いが襲いかかってくる。本能が嫌な予感を覚えた。
「うげっ…!」
僕は苦い顔をした。
階段を下りきった先、広い部屋へ出たのだが、予想通り気軽に出入りしていい所ではなかったのだ。
というか、こんなのがあるなんて知ったら温泉気分になれないって!
「なにこれ…」
「アニリン、見ちゃダメ!」
「おいおい、なんだよここ、気味が悪りぃな!」
と、マリアもジョンも怯えた表情で、アニリンの視界を手で遮る始末。
そう。そこは部屋一面が石レンガで囲まれた、白骨死体の山が積まれている場所なのだ。
中にはまだ骨と化していないものもあるため、腐臭は強烈で、そこからウジが湧いている。
しかもそれだけじゃない。光っているのだ。
それも、礼治が近づくたびに死体の山の中から、ほんのりと。
僕は叫んだ。
「えぇぇ!? ねぇ~嘘でしょう!? ま、まさかその中にチ、チャ、チャームが…」
「あぁ。その『まさか』だな。アキラ、取り出してくれ」
「はぁ!? ねぇ勘弁してよ~! 俺、その中手突っ込むのすっごい嫌なんだけど!」
「素手じゃなくて魔法で、だ」
と、礼治に白けた目でいわれ、僕は「あ、そうか」と安心… て、安心できねぇわ!
一応、遠隔魔法で取り出す事自体には同意だけど、ホント嫌だ洒落にならないって。
とにかく新たなチャームが手に入るのなら、ここはさっさと山の中から出してやらないとだ。僕は嫌々「にんにん」のポーズを取った。
死体の山の下から、魔法で発現したカサブランカを芽吹かせ、その力でチャームを押し出すという荒業である。すると、
にょきにょきにょき~
クリスタルチャームが、花の上に乗せられた状態で顔を出したのだ。少し汚れてるのが嫌だ。
感染症等の心配から、そのまま触るわけにはいかないので
「このままツルの波に乗せて転がし、水で洗える所まで持っていきます!」
といい、僕は戻りの階段からもなお魔法でチャームを移動させたのであった。
こうして皆、あの気味の悪い部屋を出て、温泉前まで戻ったところ。
手に入れたチャームをよく洗い、キレイになったので、礼治が静かに手を翳した。
どんどん発光が強まってきた、おなじみの展開。
しかし、あんな不吉な所にチャームが落ちていたなんて、封印されてもなお外の様子が“魅える”持ち主からすれば相当嫌だろうなぁ。ホント可哀想。
ドーン!!
クリスタルから、勢いよく光が放たれた。
この不思議な地下の天井ギリギリの高さを飛び、降りた先は英文字ブロックが幾つもはめられている壁画前。そこで、光のスライムが人型を成し、実体化したのは…
「よっと。はぁー、もう一生あのままかと思ったぁー」
ティファニー。小柄なピンク髪の女性。
小宇宙の鈍化を司る仲間の解放である。彼女は安堵のため息をついたのであった。
…。
「イエティの住処なの? ここ。イエティって、あの
「うん。さっき、あなたがうるさく叫んだあの腐乱死体がそれなの。あとは全部、富沢商会で処刑された遺体をイエティが食べて残った骨で… あ、富沢商会って知ってる?」
「知ってる! ということはティファ、もしかしてその… フェデュートって組織に、割と近い所でチャームごと捕まってた?」
おっと、初っ端からかなり重要な情報ではないか。
この様子だと、今日までこの世界で起きている人災について、アレコレ説明する手間が省けそうだ。ともかく、僕は真剣な上目遣いでティファニーへと質問した。
これには礼治たちも静かに見据える。
「私は、その富沢商会に雇われたダークエルフに、お守り感覚で握られていたのよ。
とにかく酷い現場だったわ。そこのヤクザみたいなボスの思い通りにいかなければ、雇われ達はどんどん殺されていってね。もちろん、私を握っていた彼も殺された」
ボス。富沢伊右衛郎のことか。ティファニーの説明は続く。
「で、殺された遺体は海路で長い長い遠回りをして、この地下に放り込まれたってわけ。ここに住まうイエティの『餌』としてね。暫くはそんなサイクルが繰り返されていたみたいなんだけど、ある日運び屋の一人が『運送費が底を尽きた』なんて呟いていた日を境に、遺体がピタリと来なくなっちゃって」
「…」
「最期はイエティも、あの部屋で餓死した。それからの変化は、まったく」
その時、アニリンが何かを思い出し、おもむろに自分の服のポケットを探り始めた。
マリアが「どうしたの?」ときくと、
「ない… ない! 僕がお守りにしてた、クリスタルを2つ入れた巾着が、ないんです」
という答えが。
そうか、奴隷時代からの記憶がないから、まだ自分はそれらをお守りとしてもっているのだと思ったんだろうな。
すると、ティファニーがアニリンの姿を見てハッとなり、ゆっくり近づきながらこうきく。
「あれ? …私、この子を集落で見かけた気が」
「「え!?」」
まさかの! 僕達は揃ってティファニーを見た。
彼女が周りを一瞥する様にこう続ける。
「当時持ち主だったダークエルフの仕事の一環で、集落がその… アレコレあった時に、彼によく似た子を見かけたのよ。確か、ツインテールのエルフの女の子と一緒だったわ」
「エルフの女の子?」
「…それって、ランのことかな?」
と、アニリンがぼんやりとした表情で呟く。その名前、どこかで聞いたような?
「ラン・クライオ。僕の幼馴染です。でもその子は、僕の家族が悪い奴らに襲われた時に捕まって、どこかへ連れ去られてしまって。確か『吸血鬼に改造する』とか、奴らがそんな酷い事を呟いているのを耳にして」
「…それ、チアノーゼのことじゃない!?」
それだ! 僕はマリアに指さしで同感を示した。
通りでおかしいと思った。アニリンがマゼンタの力を暴発し、チアノーゼがそれを見て恐れを成した。そう考えれば、マニーがあの暗黒城で謎に呟かれた件も納得が…
いや、まて。
僕達が知るチアノーゼは、少女の顔つきとはいえ、明らかに“大人”だった。
子供のアニリンが幼馴染と呼ぶには、少し無理のある対格差である。そんな偶然があるのか?
いや、それとも――
アニリン・ソルフェリーノ。君、本当は何歳なんだ?
(つづく)
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