ep.14 遂に「文字解読」に目覚めた第一王子

 一方、その頃。


 ――よし、これでOK。マニーくんが帰ってきたら、博物館前へもっていこうっと。

 と、ヒナが王宮内で1人コクリと頷いていた。


 彼女の目の前には、テーブルの上に置かれた本くらいの大きさの石板が、風呂敷で包まれている。いつでも博物館へ持ち運べるよう、準備していたのだろう。

 そこへ、


 ガチャ。

「あら!? どうしたの? これから、ちょうど博物館へ行く所だったよ?」

 と、突然の来訪である。


 門が開いた先、ヒナが知っている顔だからか少し嬉しそうな表情を見せた。

 この王宮へ自由に出入りする事ができ、かつ改装途中の博物館への立ち入りが許可されている、数少ないメンバーといえば…


「シアンが上界に寄ってくれたお陰で、予定より早く抜ける事が出来た。待たせたな」


 そう、礼治だ。

 今回、第三部が始まって漸くの登場。


 彼の手には数枚の書類が握られている事から、自身が所属する文化芸術ギルド関連の報告書をこちらへ提出しにきたようである。

 すると、目の前にある風呂敷がすぐ視界に映った。


「それは?」


「博物館に寄贈する石板。結構前に、私が海の底で拾った宝箱に入っていたんだけど、全体を何故かセメントで塗りたくられていたこれが、遂に綺麗になったんだよ」


「ほう。化石採掘の如く、専門家にブラシで掃除してもらったのか」


「そういうこと。慎重を要したから、やっと姿を現してくれた感じだね」


 そうヒナが説明した序で、礼治は書類を渡してからその風呂敷を広げ、早速石板に刻まれている文字を眺めた。

 寄贈品は礼治が運ぶ担当なので、今ここで眺める分には問題ない。が、



「これは… 象形文字か?」


 一筆書きのような、だけど一部は下へニョロニョロ進んでいるものもあったり、点や丸がついていたりと、未だ誰も解読できていないその謎の文字。

 それとは別に、分かりやすく鳥の象形文字が1つ刻まれていた。まるで古代エジプトで見かけるようなそれを、礼治は指さす。



 この時。

 礼治の瞳が、いつぞやの石碑を眺めた時のように、揺らぎ始めた。


 そして、その象形文字の真上に刻まれているニョロニョロ文字へと指を移動させ、こう呟いたのだ。



「グリ、フォ、ン… だな」


「へ?」



 ヒナの聞き間違いだろうか。

 今、礼治が確かにグリフォンの名を発した。言われてみれば、その象形文字の生き物は体つきからして、グリフォンによく似ている。


 礼治のたどたどしい音読は、続いた。


「あ、ぶ、ない、く… な、ったら… こう、や、え、に、げろ… グリフォン、たち、が… みん、なを、まもって、くれる…」


「え… 礼治さん、読めるの!?」


 ヒナが目を大きくした。礼治の指が、ほんの少しだけ震えていた。

 寒い時期なのに、米神から汗を滲ませている。そして彼は呟いた。



「どうも既視感があった。遠い昔に、学んだのを思い出した… これ、『速記』だ」




 まさかの!

 ヒナは驚きのあまり、両手で自身の口元を塞ぐ。


 思えば地下博物館の清掃員を始めた頃から、礼治は何度も謎の文字を凝視ぎょうししていた。

 その理由が「どこかで見た様な…」という疑問からだったとは。で、今になって思い出したと。一体、どれだけ長いこと速記に触れていなかったんだこの男は?


 …て、なんでそんなマイナーな符号がこの異世界にあるんだよ!?

 僕もソコ指摘されるまで「あれ? 速記ってそういうのだったっけ」ってくらい、全然気づかなかったぞ。



「それ、本当か…!?」


 その時、ここ王宮へ入る前の門前で、聞き覚えのある男声が響いた。


 ヒナがハッとなって駆け寄ると、門前にいるのはキャミとマイキの2人。

 彼らも真剣な表情で石板へと歩み寄り、頭を抱える礼治の言葉を待った。


「…確証はないけど、当時覚えた方法で読み上げたら、うまくいった。たまたま、かもしれないけど」

「『速記』とは?」

 と、マイキ。ここはキャミが説明した。

「主に日本の国会で使われる、議員らの発言を即時書き記す簡略的な一筆書きの手法だ。用途がとても限定的で、モールス信号のような汎用性もないから、一般社会ではまず習う事がない」

「そうなのか。どうして、そんな文字を?」


 マイキが質問した先、次は依然として頭痛がするのだろう礼治が答える。


「…機密情報を取り扱う、公務の一環だったかと。すまない。本当にうろ覚えなんだ」

 とのこと。


 余談だが、礼治は元きた世界だと常夏の小さな島国の第一王子だ。

 国名を「荒樫アルクス」といって、かの戦国将軍の隠し子が薩摩藩に身を隠した世界線、その子孫の羽柴明治が大正時代に発見した無人島で、人を集めて建国したのが始まりとされているが…

 なんて君たち現実世界には関係のない話だけど、だからこそ礼治が前述した理由で速記を学んだという経緯には、少し納得できちゃうのである。


 キャミは悔しそうな表情を浮かべた。マイキが心配そうに目を向ける。


「言われるまで、俺もこいつが『速記』だと気づかなかった。どおりで、いくら言語学の資料を漁っても解読できなかったわけだ…!」

「この事は、皆に伝えるべきか?」

「あぁ。上界での資料集めは一からやり直しだ。ここへ来た理由も含め、今後の予定が大きく変わる可能性がある」

「そう、それ! そういえば2人とも、何しにここへ来たのかな? って」


 ヒナがそういって手をパチンと叩いた。

 見ると、マイキ達の耳には白いワイヤレスイヤホンがはめられている。


「さっき女王から重大な知らせが入った。イシュタの件でな」

「イシュタ?」

「クソ…! こんな時にノアはどこにいるんだ!?」

 と、キャミは大分苛ついている様子。すると、すぐにイヤホン越し声が響いてきた。


 ――あーごめんごめん! 今、ちょうど地下に潜っている所でさ。




 ――――――――――




 王宮の裏手に出入口があり、そこから奥へ進むと広がる幻想的な地下渓谷。

 先住の小人達、とくにドワーフ族が多く暮らすそのエリアでは今、数人の建築ドワーフたちとともに、ノアが色んな壁にシャッターのポーズを向けて歩いていた。


「この奥には、チーズ洞窟が広がっているね。中にはヒカリゴケがびっしり生えているから、近くの岩の割れ目から、湿った空気が流れ込んできている様だ。上は川が流れているから気を付けて」

「ほう。そこまで壁の向こうの様子が分かるとは、透視って便利ですなぁー♪」


 なんてドワーフ達も笑顔だが、そう今回は渓谷拡張のお手伝いである。

 結構前に、この渓谷はもう人がいっぱいだから掘削したいけど、地盤の緩み等心配でこれ以上は拡げられない的な話をしていた。それが、ノアの透視によって覆るかもしれないのだ。

 その間にも、ノアとキャミのテレパシーは交わされた。


 ――というわけなんだ。もう少ししたら上がるよ! イシュタの夢の中を、イヤホン越し見るための映像を流す機能を発明してほしいんだろ?


 ――話が早くて助かる。俺はその間に上界へ行って、速記の資料を集めていきたい。待てば礼治が1人で解読してくれると思うが、どれ程の時間がかかるか分からないからな。


 ――「時は金なり」、か。了解。



 そういって、ノアとキャミのテレパシーはここで終わった。

 引き続き、掘削しても大丈夫そうな場所を探る。見つかれば、ドワーフ達がシャベルやツルハシを使って、どんどん掘り進めていくのみであった。


 この渓谷拡張、ならびに新洞窟発見等が今後、何かしらの役に立つんだろうな。


(つづく)

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