ep.10 性悪すぎる上界トップ陣営

 神々が俯瞰する上界。その内の、多くの下界を巨大な指令モニター越し見通せる狭間。


 ミネルヴァはあのあと、今回の視察結果を共有するため、寝ている間の「夢」として狭間に帰還。下界探しに打ち込んでいる自分達「ひまわり組」の相方、イングリッドに報告したのであった。

 イングリッドは腕を組み、怪訝な表情を浮かべた。


「名前からして疑わしかったのに、よく見たらシロだった? …そんな事があるのか」

「えぇ。アニリンの件は本当に想定外だった。でも、代わりに別の収穫はあったわ」

「別の収穫?」

「サリバとイシュタの2人よ。彼女達がクリスタルチャームから仲間達を解放するときに使う『魂の息吹』が、私達が使う能力とほぼ同じ性質である事が分かったの。つまり、『神』と同等の強さを持っているということ。しかもそれだけじゃない」


 ミネルヴァのワンクッション敷いた発言に、イングリッドが「え?」と構える。

 その後の内容は、かなり衝撃的なものであった。




「あの2人のうちの『サリバ』という少女よ。

 彼女は自分の体を巨大化させる能力も有しているけど、あれ… よく見たら先代覇者のオーラと、全く同じものだった。気味が悪くなるくらいにね」


「先代、覇者って… まさか、ベックス!? 俺達の前の代の!?」


「えぇ。そのベックスと同じ、波動を感じられたの。でも、一方のイシュタには魂の息吹以外、何も感じられなかった」


「マジかよ」


「…ねぇ? なんでそんな大事な事を、すぐに教えてくれなかったの?」




 と、ひまわり組の耳に内心「ギクッ!」となるような声が響いた。


 2人が気まずそうな顔で振り向くと、そこにいたのは… 僕だ。僕は悲しくなった。


「セ、セリナ!? ちょ、ちょっと待て落ち着け! 別に、お前に先代神々の件を隠すつもりで話していたんじゃないんだよ。そんな悲しい顔をするな」

「そうよ。あなたに報告したい気持ちは山々だったけど、あっちでは今アニリンの件でそれどころじゃないでしょ? ちょっと、泣きそうな顔しないで」



 と、まるで親戚のおじさんおばさんみたいにたじろぐひまわり組。

 勿論、2人が僕に先代神々に関するネタバレをひた隠すつもりがないのは分かっているんだけど… その話を聞くたびに、僕は思い出してしまうんだ。なにせその先代覇者って、


「俺の、死んだお爺ちゃんと同じオーラを感じたんでしょ? 俺、サリバの身からそんなの全然感じなかったよ…? なのに、ミネルヴァだけがそれ感じられるなんてズルいよ!」

「そんな事を言われたって!」


 そう、僕は根っからのお爺ちゃん子だ。物心ついた頃から、お爺ちゃんと一緒に暮らしてきたから故の、情の深さが大きい。

 正確にはそれは先代覇者ベックス“本人”ではなく、ベックスと同じ遺伝情報をもった“異世界のアバター”がお爺ちゃんなんだけど、どうせなら僕もミネルヴァと同じ、お爺ちゃんのオーラを感じ取れるような体質で生まれたかった。なんて言ったらワガママかな?



「ほな、その2人に訊いてみたらええやんけ。『ベックスとフウラ知っとる?』って」



 と、ここでちょいハスキーボイスな関西弁の登場。カナルだ。

 先代魔王の1人にして、最初に解放された3きょうだい「CMY」の末っ子。どういうわけか、本来ならミネルヴァが使用するはずのモニター前の椅子で、彼女はくつろいでいた。


「訊いて分かるものなのか? もし、何も知らなかったら?」

 と、僕は冷や汗気味に質問する。

「知らんかったらそこまでやろ。聞かな分からんもん放置するより全然ええやん。それに」

「それに?」

「前世読み取るわ、過去を追体験するわ、今は幾らでも手ぇあるんちゃうんかい。リリーやジョン・カムリの力を借りるのもアリや」

「っ…!」


 しまった。ジョナサンの宿主入りはまだしも、リリーの前世読み取りはマズい。

 なにせその前世とやらが今、アガーレールの先住民たちからは読み取れなくて、僕達仲間に至っては「元きた世界」が前世扱い。つまり皆シ… ううん、縁起でもない事を言うのはやめよう。

 とにかく、そういう不具合バグが続いているせいでリリーは傷心しているのだ。もう既に知っているかもしれないけど、その事は、念のためカナルに言っておいた方がいいか…?


「ところでカナル。話変わるけどそこ、そろそろ交代してくれない? 元は私の席で、本来の仕事に戻るために狭間へ来たのだから、下界か地獄に戻ってほしいの」


 と、ミネルヴァが腕を組んだ。上界の神の1人がそう言うのなら仕方がない。

 が、カナルは途端に頬を膨らませ突っ伏したのだ。ここへきてワガママモード発動か。


「ふん! 嫌や」

「なんでよ?」

「せっかく板についてきたっちゅうに、中途半端で仕事切り上げとうないねん」

「とか言っておいて、本当はあれでしょ? 礼治が毎回、地獄の玉座を散らかしっ放しにするから、その掃除をさせられるのが嫌で逃げてるんでしょ?」

「なっ…!」



 カナルの顔が赤面交じりに慌てた。

 うん。図星だな。僕は内心呆れたものである。でもミネルヴァは引き下がらない。


「それなんだけど…」

 ズーン。


 と、今度はこの狭間の一角から非常に重い低音が聞こえてきた。

 僕達がそちらへ振り向くと、そこには地獄へと続く禍々まがまがしいトンネルが形成されていて、そこから礼治… ではなく、シアンが出てきたのである。

 カナルは「え?」と目を見開いた。


「シアン! 意外と早かったな。暗黒城での準備が忙しいのか?」

 と、イングリッド。シアンはポケットに手を突っ込んだラフな体勢で答える。

「まぁな。地獄は相変わらずだし、俺はすぐに城へ戻るよ。ミネルヴァも元の仕事につくみたいだし… カナル。交代だ」

「へ?」

「という事だそうよ。さて、そろそろいいかしら?」


 と、シアンに続き地獄へ移動するよう促すミネルヴァ。

 この展開はつまり、カナルが危惧していた「部屋を散らかしたままにする礼治と交代」ではなく、「兄と交代」だと解釈できる光景であった。カナルは不貞腐れた様に、赤面を掻きながら席を立ちあがった。


「な、なんや。ウチ、てっきり礼治や思うたやさかい、シアンやったんか。なら、もっと早よそれ教えてくれても良かったやろ! ひまわり組も意地悪なやっちゃ。

 せやったら、お望み通り玉座に戻ってやってもええわ。たく、なんやねん皆して」


 なんてツンデレモード全開で、その開いている地獄へのトンネルへと入っていくカナル。


 その瞬間、シアンが慣れた手つきで唱え、その異空間へのトンネルをパッと消した。

 これにてミネルヴァの席が無事戻ったところで、僕もそろそろアガーレールで目を覚まそうと思うので、ひまわり組とはここで一旦バイバイしたのであった。




 ――――――――――




「聞いたよ。シアン、近くあの暗黒城で事業を始めるとか、なんとか」

「まぁな。その進捗について、さっき地獄で交代待ちの礼治にも伝えてきたんだ」

「へぇ… て、まって? 交代待ちってなに? え、シアンがさっきまで玉座にいたんじゃないの!?」

「は? 俺、そんなこと一言もいってねぇだろ。礼治も今から博物館の仕事があるから、カナルに魔王職を交代させるってよ」

「えぇぇぇぇ~!?」


 なんと! このままだとカナル、危惧した通りゴミ屋敷の玉座にいさせられるではないか。

 つまり神々の策に見事嵌められたのだ。僕は開いた口が塞がらなかった。




 この後、玉座を中心に地獄一帯「よくも騙したなぁぁ!!」「おいコラ礼治、逃げるな!!」という怒声が響いてきたのは言うまでもない。


(つづく)

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