ep.2 紅(くれない)のオペレーション、発足。

 暗黒城を攻略し、シアンを解放してから、どのくらい経過したのだろう?

 現実世界の基準だとほんの少しかもしれないが、この星は一日の流れが早い。だから、もう3ヶ月は経過しているものと思われた。


 一応アガーレール王国というか、この大陸には「四季」が存在する。

 日本ほど極端ではないものの、恐らく今がもっとも肌寒い時期である。遠景にあたる雷鳴の山脈に、うっすらと雪がかぶっているためだ。王宮近辺に雪は降らなそうだが。


「ぐすん… あっしの推しだったサキュバスちゃんたちがぁ」

 哀愁漂う季節、1人ほら穴の前で嘆いているのはドワーフ族の1人であるブーブ。

 普段はえら飲兵衛のんべぇで、最初に出会った頃はマリアが封印されていたクリスタルチャームを換金目的で持ち歩いていた爺さんである。


 しかし、今日のブーブは子供みたいに鼻水タラタラの大泣きだ。一体、何があったのやら。


「暗黒城から、あの吸血鬼のおさがいなくなったからだぁぁ~! その子の資金で、サキュバスちゃんたちのお店が存続していたことをけさ、あっしは知ってしまった! だから、お店はすぐ潰れてしまって、サキュバスちゃんたちも遠くへ移住する羽目に… うぅぅ。

 なぁ獣人さんや!? あっしはこれから、何を誇りに生きていけばいいんだぁぁ~!」


「やれやれ。曲がりなりにも、相手はアガーレールの敵政と癒着していた風俗界隈だぞ。いくら罪に問われない客の立場とはいえ、彼女達に心酔した様子を衆目に晒すのは流石に」


 と、ブーブの向かい側で足を組み、話し相手になっているのは獣人パトロールのマイキ。

 酔っ払い爺さんと、クールビューティーな警察官。その構図だけみると、まるでブーブが取り調べを受けているかのようだが、実際は別の用件で同席していた。


 ちなみに、マイキの耳には犬耳仕様のイヤーマフがかけられていて、その中に白いワイヤレスイヤホンがはめられている。


「それで、そのサキュバスたちが移住したのは大体、どの辺りだと訊いている?」


「それがぁぁ! 砂漠のオアシスなんて噂なもんだからあっし、一生会えなくなってしまったじゃないかぁ。砂漠なんて、あんな日差しの強い所へ行くなんて自殺行為だぁぁ!」


「はぁ」




 ――――――――――




 『どちらにせよ、彼女たちはブーブさん本人に別れの挨拶をしてこなかったのだろう? なら、所詮はその程度の付き合いだったと思って、潔く諦めた方が楽だぞ。

 ホラ。今夜はこれでも飲んで、嫌なことはぜんぶ忘れるんだ』


 『はっ…! それは、一年に10本ほどしか市場に出回らないとされる“幻の酒”!! い、いいのかい!? あっしの様な者が頂いても!?』



 ――すぐ気が変わった。分かりやすい爺さんだな。




 なんて、マイキとブーブの会話が、スチームパンクなデザインの母機スピーカーからノイズ交じりに流れてくる。マイキの最後の心の声も丸聞こえだ。


 それら音声を聞いていたのは、このアガーレール王国の女王であるアゲハ、母神ははがみ様と称されるヒナ、例の機械を発明したキャミとノア、そしてこの僕・芹名アキラの計5人。

 僕達は情報収集を兼ねて、王宮内の和室に集合しているのであった。


 その理由はアゲハ曰くこう。


「砂漠、か。ここからだと酷い砂嵐で私達が立ち入るのは難しく、かつオアシスがどの辺りにあるかも分からない、未知のエリアだよ。そこに、例の『ベルスカ』の関係者らしきサキュバスが潜伏していると」


 すると、その言葉をきいたキャミが腕を組みながら補足を入れた。


「あぁ。これまでカナル、シアンと先代魔王を解放してきたが、残るマゼンタの行方だけは今も分からずじまい。

 だからここは未開の地へいきなり足を踏み入れるより先に、敵陣の行動パターンを記録し、分析し、マゼンタ封印の可能性が高い地をマークしていった方が効率がいいと判断した。

 手当たり次第に探そうものなら、それこそ時間がかかる。表向きはマゼンタを探していると勘づかれないよう、“仮”の名称で、オペレーションを発足した理由の一つだ」


「あぁ。そこのホワイトボードに書かれているオペレーション名がそうだね。どちらも『マゼンタ』に関係する色の名称だったか」


 と、ノアも鼻でさす様に、和室の壁に立てかけられているホワイトボードへと目を向けた。

 和室にホワイトボードとは何とも不釣り合いな光景だが、だからこそ僕達からみれば非常にインパクトがあり、見て覚えやすいものなのだろう。その名も、


 オペレーション ――ベルベット・スカーレット――

(略して「ベルスカ」)


 である。キャミが考案した名前だ。

 ちなみにこの名前じたい、実は第一部の後半で既に登場している。


「先代魔王のチャームを所持していたのが、カナルは富沢伊右衛郎いえろう、シアンはチアノーゼ、という人名だった。いずれも、チャームの持ち主と同じ『色』に関係する名前だ。なら同じくマゼンタも、彼女と酷似した名前の幹部辺りが、所持している可能性が高いと考えるのが自然だろう」


「ん? でもそれについては、前にシアンが『マゼンタのチャームは組織幹部のアイテムとしてではなく、フェデュート全体の産業用として隠されている可能性が高い』って言ってなかったっけ?」


 と、僕が首をかしげながら質問した。キャミは至って冷静だ。


「その通り。それが俺達の探し求めている『真の分析対象』だ。その対象に、俺達が気づいている事を敵に知らしめないよう、単純なオペレーション名にしておいた。それに」


「それに?」


「『ベルベット』と『スカーレット』。同じマゼンタ系統でも、ぬの生地きじと、女性名という明確な違いがある。つまり現実問題、これらを2つ併せて『1つの氏名』になるとは考えられにくい。敵陣からは一見、俺達がそれら2つの異なる概念をさも探しているかのように見せかけ、情報を錯乱させていくのも、1つの手だ」


 なるほど。

 確かにいかにも「ぼく達マゼンタを探しています!」感満載の立ち振る舞いを見せていたら、勘の鋭い敵からは都度先手を打たれてしまい、余計にマゼンタ探しが困難になりそうである。それを防ぐための仮の名称だと、ね。


 それだけ、相手はマゼンタを軍事力のかなめとして、なんとしても隠し切るつもりだろうから… なんてシアンは示唆していたけど、その言葉、信じていいんだよな?



「そういえば今日、珍しくマニーくんを王宮で見かけないね。彼はどこへ行ったの?」


 と、ここでヒナがアゲハに質問した。

 次の調査エリアが砂漠で、その前に現地の砂嵐問題を解決させてから… といったところで、アガーレール近衛このえ兵の現在の様子である。アゲハが答えた。

「マニュエルなら今頃、暗黒城にいると思うよ」

「え、暗黒城? もう、あれから城の修繕はほぼ終わったはずだよね?」

「それが、シアンと少し話がしたいんだってさ。何かは帰ってからでも教えると」

 とのこと。


 もう、クリスタルチャーム越し悪用されていたあの頃とは違うし、今になって再びシアンと敵対するとは思えないから、ここは大人しく返事を待った方がいいか。

 なんて僕も納得の表情を浮かべていた、その頃――



 遠い空から、いつぞやに見たものと同じ、1つの“流れ星”が降ってきていた。


 それも、冠雪した雷鳴の山脈に向かって。


(つづく)

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