捜索開始

 その後、神父にめっちゃ怒られた一行ではあったが、男の遺体を調べてわかったことが三つある。


 ひとつ目、顔の傷について──。


 獣が引っ掻いたものと思われていた複数の細かい傷。爪痕から推測するに、小型の動物か魔物の類いかもしれない。手や腕にも似たような傷はあるが、直接的な死因は不明のままだ。


 ふたつ目、所持品について──。


 財布や身元を証明する物はなにも無かった。服装はしっかりとしていたので、浮浪者ではないだろう。そんな彼が上着の内ポケットに忍ばせていたのは、ひとつのびた鍵だけだった。この鍵の使い道がわかれば、なにか真相が掴めるかもしれない。


 そして、最後の三つ目──。


 彼はカツラだった。




 太陽は高く昇り、時刻は昼になろうとしている。アシュリンたちは非戦闘員であるアリッサムを幌馬車に残し、ふたり一組となって男について聞き込みをしていた。

 していたのだが……。


「レベッカさん、それって何個目ですか?」

「んーと、九個目かな? って、言わせんなよ、恥ずかしい!」


 わざとらしく照れ笑いを浮かべてみせたレベッカの唇は、カスタードクリームや苺のソースでべったりと汚れていた。


 事件について情報収集をしていたドロシーとレベッカではあったのだが、その途中でシュークリームの隠れた名店の情報を入手。こうして店内の奥でくつろぎ、ちょっとしたティータイムを勝手に楽しんでいたのである。


「あーウマ。止まんねぇな、おい。モグモグモグ……」

「もうすぐお昼の時間なのに、甘い物ばかりよく入りますね」

「甘い物はなぁ、別腹なんだよ……モグモグモグ」


 シュークリームをひとつだけ食べ終えたドロシーは、ハーフマントに守られた身体をオーク材の背もたれにあずけ、店の外をゆったりと眺めながら温かいコーヒーを口に含む。

 と、それを一気に噴き出した。

 はりつけにされたハルが、漆黒のローブを身にまとう大勢の人物に担がれて店の前を通り過ぎていったからだ。


「なっ……ええっ!? ちょっ……ええっ!?」


 驚きのあまり、すぐとなりのレベッカが喉を詰まらせて苦しんでいることに気づかないドロシーは、そのまま立ち上がって会計を済まさずに店を飛び出た。


 眠気を誘うような暖かい日射しと晴れ渡る青空の下で、黒衣をまとった集団が大きなひとつの影となっている。

 彼らは口々になにやら呪詛のような不吉な言葉をつぶやきながら、真新しい木材に磔にしたハルを担いで大通りを練り歩く。街行く人々はそんな彼らに恐れおののき、顔を背けるのがやっとで、誰ひとりとしてハルを助けようとはしなかった。


「ちょっと待ってよ! 待ちなさいってば、あなたたち!」


 ドロシーはすぐに追いつけたが、ハルを捕らえている輩の数は、ざっと見たところ約ニ十人。助けだそうにも、自分ひとりだけでは返り討ちにあってしまうだろう。


「なんなのよ、こいつら!? わたしの声が聞こえてないの!? ハルさん、大丈夫ですか!?」

「…………ええ、なんとか」


 ハルの口もとは、見るも無惨にひどく血塗られていた。

 このような状況下だと、怪我を負わされたのか、いつものお家芸・・・なのか、皆目見当もつかない。ドロシーは唇を噛みしめる。


「いったいなにがあったんです!?」


 並び歩きながら、おそらくは瀕死のハルに訊ねる。


「どうやら……確信に迫り過ぎたみたいで……コホッ、コホッ! 捕まっちゃった……」

「どんだけ短時間で真相を掴めばここまで窮地におちいるんですか!? たしかさっき、本屋さんの前でマンガ(週刊少年誌)を立ち読みしてましたよね!? めっちゃ真剣な顔をしてたから、声をかけられなかったですよ!」

「ごめんなさい……どうしても続きが気になって……次からはちゃんと買ってきて読むから、そんなに怒らないで……」

「アーッ、もう! そこはハルさん個人の自由だから、謝らなくていいんですってば!」


 それよりも、行動をともにしていたはずの団長はどうしたのかとドロシーが問い質すまえに、後方から「食い逃げだー!」と、男性の怒鳴り声が聞こえた。

 思わず振り返れば、必死の形相でレベッカがこちらに向かって走ってくるではないか。


「待てぇい、オラッ! 食った分だけ、ちゃんと金払わんかーい!」


 その後ろを、鬼のような真っ赤な顔つきで泡立て器を持ったコックさんが追いかけている。目が本気マジだ。


「あ」


 そこで初めて、ドロシーは気がついた。

 レベッカを店に置いてきたこと、会計が未払いであること、そして、財布は自分が預かっていたことを。


「あのタコ親父め! 逃げるぞ、ドロッチ!」

「えっ? いや、ちょっと……今はダメですって……ひゃあっ!?」


 追い抜きざまにドロシーを右肩に担いだレベッカは、勢いを弱めることなく、むしろ加速してそのまま大通りを突っ走る。


「ハルさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 捕らわれたハルを助けるどころか置き去りにして、ふたりの姿は小さくなって消えていった。


「ドロシー……下着パンツが丸見えです……よ……ブハッ!」


 うなだれるハルの穏やかな寝顔に、真昼の陽光が神々しく降りそそいで真紅に照らした。


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