第11話
いつもより早い時間に学校に着いた奏汰は、窓際の自席から外を眺めていた。
友達と話しながら歩いている生徒。
教師に呼び止められて、何やら注意を受けている生徒。
花壇に水をやっている生徒。
学校ってこんなにいろんな人がいるんだな、とそんな当たり前のことを今更ながら思った。
そして、この中にスバルもいるはずなのだちと。
同じ学校に通っているのだから、どこかですれ違っているかもしれない。いくら交遊関係が狭いと言っても、どこかで喋っている可能性だってあるかもしれなかった。
下に見える生徒たち、ひとりひとりに注目してみるが、途中で探すのをやめた。もし、この中からスバルを見つけられたとしても、本人が会いたいと思ってくれなければ意味がない。
会いたいと思ってもらえるように頑張ると宣言したものの、そのためのいい方法は何も見つかっていなかった。
ため息をつきながら、奏汰はもう一度何気なく校庭を見下ろす。
ふと、気になる生徒がひとり目に入った。
――あんなふうに、笑うやつだっけ。
わずかに心に引っかかった違和感も、予鈴の音でかき消された。
3度目の転送は、今までとは少し違った。
1度目と2度目が放課後の学校で起きたものだから、毎回そうなのだろうと思い込んでいたところもあったのかもしれない。
夜、家のリビングで吞気に夕飯を食べているときに、スマホからあの通知音が聞こえてきて心臓がびくりと跳ねた。聞き間違えじゃないかと、すぐにスマホを手に取って確かめる。
けれど、また勝手にゲームが起動していて、そこにはあの文言が示されていた。
【メインストーリー第3章をクリアしよう!】
ゲーム画面に出ているメッセージを目にして、奏汰は慌てた。もうすぐ転送が始まってしまう。身体が消えていくところを家族に見られたら、一体どんな混乱を招くのかわからない。
奏汰は食べかけの夕飯をぐわっとかき込んで、席を立った。
「ごちそうさま!」
「何、もう食べ終わったの?」
リビングの扉へと向かう奏汰に、母親が訝しげに声を投げかける。扉をでかけたところで、奏汰は母親を振り変えった。
「あ、俺これからテスト勉強するんだ。しばらく集中するから、部屋来ないでね!」
「はいはい、わかったよ」
なんだか怪しまれる気もするけれど、それ以上は何も言わず、流してくれた。
過去2回の転送で、ゲームと現実の世界に生まれる時間差はわずかなことがわかっている。それでも念のため不在中に部屋に入られないようにと考えたのだ。
今度こそリビングを出ると、なるべく急いで2階の自室へと上がった。
「危なかったぁ」
自室に滑り込むように入り、パタンと扉を閉めたところで足元から転送が始まった。
白い光に覆われていた視界が戻る頃には、灰色ばかりの屋内に立っていた。
ところどころ瓦礫が散らばっていて、エレベータ―ホールの前に記された「1」という数字を見つけて、どうやら廃ビルの中の1階にいるのだということがわかった。
今回は同じ場所に転送されなかったのだろうか。いつもならすでにいる鈴真や大雅の姿も、少し遅れてやってくるスバルの姿も見当たらない。
もしかしたら、今日はひとりきりなんじゃないだろうか。そんな不安が胸を襲う。
けれど、1階のフロアを歩き回っているうちに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おーい、リュウ、こっちこっち!」
振り返ると、大雅とスバルがこちらに向かってきている。
「よかった、誰もいないんじゃないかと思った」
奏汰がほっと胸を撫で下ろしながら言うと、スバルが答える。
「俺たちもさっきそこで会ったんだよ。今回は同じ場所に転送されなかったみたいだね」
「あとは、ミヤだけか。近くにいるといいんだけど」
大雅が言ったちょうどそのとき、後ろから鈴真の声が聞こえた。
「あ、やっと見つけた」
その声に、小さな違和感を覚える。
振り返って、奏汰は目を見開いた。驚いたのは奏汰だけでなく、スバルと大雅も同じだったようで、ハッと息を呑む気配が伝わってきた。
そこに立っていたのは、ゲーム内のキャラの見た目をしたツインテールのミヤではなく、学校で会ったあの鈴真だった。服だけは奏汰たちと同じゲーム内のものだが、姿形は紛れもなく本人だ。
「どうしたんだよ、ミヤ。その格好」
大雅に指摘されると、鈴真は動揺を隠すかのように、あえて何でもないことかのような口ぶりで話す。
「ああ、これ? スキン変更で、外見が変えられるでしょ? いろいろ試しているうちに、初期設定にすると、自分の身体になるって気づいたんだ。まあ、もう隠す必要もなくなったし、これでいいかなって」
それから鈴真はスバルに向き直った。
「スバルにはまだ言ってなかったよね。スバルと同じ学校に通う三宅鈴真っていうんだ」
何と返していいか迷っている様子にスバルに、鈴真は付け足す。
「あ、スバルは別に名乗らなくていいからね。トラとリュウには伝えたし、せっかくだからスバルにも知ってもらいたいなっていう、ただそれだけだから」
「……ありがとう」
鈴真の気遣いに、スバルはただそう答えた。
「まあ、いつか気が向いたら、スバルのことも教えてよ」
その言葉に、スバルは静かに頷いた。
すると、大雅が「よし」と意気込んだ。
「じゃあ、俺も変えよっかな。『スキン変更、初期設定』」
大雅がそう唱えると、足元から転送のときと同じ白い線が駆け上った。頭まで白い線が行き届くと、服装は同じまま外見は現実世界での大雅に変わっている。
「リュウはどうする?」
大雅に聞かれ、奏汰は少しだけ迷った。
「俺はもう少しこのままでいようかな」
今ここで自分まで見た目を変えたら、スバルにプレッシャーになるかもしれない。それに、できるなら、スバルがいつか本当の姿を教えてくれたときに同じタイミングで変えたい。そう考え、自分の姿になるのはまだ取っておくことにした。
「まあ、どっちでもいいしね」
ミヤが軽い感じで言う。それに頷きつつも、大雅からは別の本音が零れた。
「でも、スバルもリアルで会えるようになったら、4人で一緒に遊べるぜ。なあ、リュウ?」
「そうだね、そんな日が来たらいいなとは思うけど」
「この前、パンケーキ食いに行ったんだもんなぁ?」
よほど楽しかったのか、大雅がにこにことした顔で鈴真に投げかける。
「はいはい、そうだね」
鈴真に軽く受け流されてしまい、「ちぇ」と大雅が拗ねる。すべて相手にしていたらキリがないと、鈴真はそれも聞かなかったことにして、おもに奏汰とスバルに向けて言う。
「いつまでもこうしていても仕方ないし、そろそろ始めよっか。ビルの探索」
こうして、4人でまず1階のフロアを調べることにした。
昔、オフィスビルだった建物という設定して作られたのだろうか。入口の前には、かなり荒れ果ててはいるが、受付だっただろう空間の名残りがある。さらに、その近くの壁には文字は掠れていて読めないものの、各階に何の会社が入っているのかを示す看板のようなものがあった。そして、それを見る限り、このビルは10階建て、そして屋上があるようだ。
廃ビルなので窓枠のみが残っているような状態だったけれど、そこには見えない壁が存在した。どこからも外へは出られそうにない。
広いフロア内を分担して捜索していき、ひと通り終わったところで、エレベーターホールの前で合流した。
「外へは出られそうにないね」
鈴真の言葉に、スバルも頷く。
「こっちも同じだった」
「そうなると、上に行けってことだよね。エレベーターは使えないみたいだし、そうなると……」
奏汰は言いながら、少し先に見える階段の踊り場に目を向ける。
「自力で上るしかないね」
鈴真が奏汰の言葉を引き継いだ。
「セオリー通りにいけば、ボスモンスターは屋上ってところか? とりあえず、上の階行ってみようぜ」
大雅が銃口を上に突き上げながら言う。
4人は階段を上り、2階のフロアへと向かった。
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