6 隠し事 上

 アヤとシエスタの故郷、『クーライト村』への移動は、運び屋達が運営している定期便の馬車を利用する。

 当然速さだけで言えば先月利用したマチスの竜に乗せてもらう方が速いのだが、あれはコストが掛かり過ぎる。

 あの時は元同業者のよしみなのかかなら安くしてくれたみたいだが、それでも気軽には使えない。


 その点王都から地方都市や村などを繋ぐ定期便は国から助成金が出ている半国営事業のようなもので料金はかなり抑えられている。


 決して税金の安い国では無く、懐が厳しい手前文句を言いたくなる時も度々あるが、それでも然るべきところに使われてはいるのだと、いざサービスを受ける側になれば理解できる。


 以前は旧医学にも多額の税金が投入されていたらしい。

 医療大国だったそうだ。今は見る影もないが。


 ……否、今もそれは変わらない。

 賢者の育成に多額の税金が投入されているのだから。変わらず医療に力は入れている。

 ただ古いものから新しいものに切り替わっただけ。


 ……まあとにかく、長距離移動の交通費を抑えるなら馬車に限る。


 そんな訳で運び屋の事業所へ乗車手続きを行いにきた訳だが、そこで世話になった人物と八合わせた。


「マチスさん、お久しぶりです。あの時はほんとお世話になりました」


「いや構わねえよ。俺は俺の仕事をしただけだ」


 少し申し訳ないが今回は選択肢から外させてもらった竜をかる運び屋。

 元理学療法士の運び屋、マチスである。


「マチスさんっていうと、もしかしてこの人がボクの一件の時の……」


「ああ。俺とアヤを薬宝の森に運んでくれた人だ」


「えっと、ありがとうございました! おかげで助かりました!」


「いやいやさっきも言ったけど、俺は俺の仕事をしただけだからな。俺がいなくても他の誰かとマッチングしてただろうし……ほんと特別な事は何もしてねえよ。本当に良いから礼なんて」


 確かに特別な事はしていないかもしれないが、普通に頼んだ仕事を普通にやってくれたおかげで命が救われているのだ。

 普通以上に……特別な程の感謝を向けることは決しておかしな事ではないと思う。

 そしてマチスはアスカに言う。


「……ってボクの一件って事は、アンタがヘルデッドスネークに噛まれて色々あったって子か」


「はい。お陰様で生きてます」


「そうか……ほんと良かったな」


 心の底から安堵するようにそう言ったマチスは、小さく笑みを浮かべる。

 ……なんとなく、この人もかつては自分の患者にそういう表情を向けてきたのではないかと、そう思う。


 そしてそんな表情を浮かべた後、マチスは言う。


「で、今日はどうした。薬剤師のお前にその時同行してた子、で助けられた子に更に女の子が一人……そういうメンツでどこかに行くと……青春してんなぁ」


「ああ、そういうのじゃないし、そっちは俺の妹です」


 だからマチスが想定したような関係でもないし……後はマチスが想定しているであろう明るい旅でもない。


「それに……まあちょっとした旅行みたいな感じでもあるとは思いますけど、青春だとか、そういう言葉で片付けられるような旅じゃないですね」


「……そうか」


 マチスもいい大人だ。

 それがあまり踏み込まい方が良い話だと察したのか、そこで追求は止める。


 それでもこのくらいは良いと判断したのか、レインに問いかけてきた。


「ちなみに行き先は?」


「クーライトです」


「これまた随分な田舎だな。行くのは初めてか?」


「ええ。だから土地勘もないですし、地元の人間に着いてきてもらう感じになってます」


 そう言ってアヤに視線を向ける。


「地元って……ああ、悪いな田舎とか言って」


「いや良いっすよ。実際とんでもなくえげつない程のありえない田舎なんで」


「いやそこまでは言ってねえよ」


 そんなツッコミを返したマチスは……何かに気付いたような反応を見せた後、言うべきかどうか迷うようにアヤに視線を向けながら間を空けて……結果的に何も言わずにこちらに視線を向けた。


「まあ楽しい旅じゃ無いのかもしれねえけど、良い旅を」


「は、はい」


 そう答えながら考える。

 ……先程マチスは何を言おうとしたのだろうか。

 考えてみれば薬宝の森からの帰り道、レインはずっと気を失っていたわけで、そこでは自分の知らない会話があった筈だ。

 その時絡みの事だろうか。


 ……もっともあえて口にしなかったという事は、人前で言うような話ではないかもしれないわけで。

 実際そんな空気感を感じた。


 だとすれば無理に掘り下げる必要もないだろう。

 自分よりも人生経験の豊富な大人が話さない選択をしたのだ。

 それはきっと悪い選択ではないだろうし、もしそれが話されるべき事なら、必要な時にアヤが話してくれるだろう。

 最低限、そのくらいの信頼は獲得している筈だから。

 

「じゃあまた何かあったらよろしくお願いします」


「おう」


 それに明るく送り出してくれた空気を壊したくはないから。


 とにかく、これで出発だ。

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