1-2 治癒魔術と旧医学

1 一ヶ月

 レインを取り巻く環境が著しく変化したアスカの一件からはや一ヶ月が過ぎた。


 一ヶ月。

 それだけの長いようで短い時間は、あらゆる事を良くも悪くも進展させるには十分な時間と言っても良い。


 まずこの一ヶ月でいくつかの査定を兼ねた依頼を受けたわけだが、その結果最終的にSランクの冒険者パーティへと返り咲く事ができた。

 これに関してはアスカの力が相当に大きい。


 元々自分達よりも遥かに格上だとは思っていたが、レインの強化薬を飲ませた状態で戦いの場に出せばまさに鬼神の如き暴れっぷりだ。


「へ、下手に手ぇ出したら邪魔になりそうっすね……」


「アヤでそれなら俺はもっとだよ……」


「いやいやレインさんは元々サポートポジションじゃないっすか。それは別に悲観する事じゃねえっすよ」


 実践でのアスカは、危険なオーバードーズを行ってまで手に入れたレインの域に用法用量を守ったうえで到達しており、いかに自分達の間に冒険者としての格の違いがあるのかを思い知らされる。


「こっちはボクがやります! アヤさんはレインさんを守ってください! あ、そっちに一匹行きました!」


「……労力が違いすぎて申し訳ない……っすね!」


 そう言いながらも迫りくる魔物の頭部にしっかりと矢を打ち抜き絶命させるアヤ。


 アスカの影に隠れて目立たないが、やはりアヤも充分に凄いのだ。


「……俺の出る幕ねえなぁ」


 一応ナイフを構えてはいるが、今回もそれを使う事はなく。

 今日も女の子二人に守られるだけで事が終わる。


「こういう場面でレインさんの出る幕を作らないのが私達のポジションの役目っすからね」


「いやまあそれはそうなんだけどさ」


 ……もっともアヤの言う通り薬剤師はサポートポジションで、その仕事はしっかりと熟しているので本来はなんの問題もないはずだが。


 ……ジーン達と一緒に動いていた時とは違い、信頼できる人間でだけ構成されたこのパーティの中ではもっと役に立ちたいと思ってしまうのは当然の事だろう。


 ……冒険者パーティとしては滅茶苦茶上手く各々のポジションが機能している現状ではあるが、その辺りだけはモヤモヤが残る。

 残るからこそ。




「俺、ちょっと鍛えようかな」


 その日の夜、ようやく一ヶ月前の約束を果たす目論見もありアヤと二人で夕食を食べに行っていた際にそんな話を切り出した。


 そう一ヶ月立って……ようやく来れた。


 これが二つ目の進展。

 一ヶ月もあれば親しい知人が亡くなった事による精神的な傷もある程度は癒える。

 しこりは残りながらも、それでも普通の生活を送る事は出来るようになる。

 もっとも必ずしもそうなるとは言えずケースバイケースではあるだろうが、少なくとも今回の場合はそれができるようになった。


 そうして訪れたあまり高くは無いが少し洒落た飲食店で切り出したそんな話題にアヤは言う。


「その考え良くないっすよ。レインさんは自分の仕事ちゃんとやってるんすから」


「とはいえ労力の差が凄くねぇ? なんか俺働いてねえみたいだ。報酬みんなで折半なのに」


「なーに言ってんすか、準備とかはレインさんが一番大変なんすから。それに私達が戦えてる理由の一端は紛れもなくレインさんの薬の力っす。だから今の状態でいい感じにバランス取れてるんすよ」


 そこまで言ってアヤは何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべ、そして呟く。


「私とアスカちゃん、バランス取れてるっすかね……」


「取れてるんじゃねえかな。まあ確かにアスカはすげえけど、そもそも前衛と後衛で求められてる事違うわけだし、考えたって仕方がねえ事だと思うけど」


「じゃあレインさんも考えても仕方がない事で悩んでるっすよ」


「……うまいこと誘導されたな」


「え、ん? あ、ああそうっすね。すごいっしょ」


 ドヤァといい感じのドヤ顔を浮かべるアヤ。

 ……間違いなく偶然パズルのピースが嵌ったように話の落とし所を見つけたようにしか思えないが、狙ってやったという事にしておこう。


 そしてうまい着地点に到達したアヤは、そのまま話を広げる。


「そんな訳なんで、お互い自分の求められてる事を全力でやって成長する。それが一番だと思うっすよ」


「俺でいうと薬剤師としての技能向上か」


「体鍛えたりするより絶対そっちの方が良いっすよ……それはレインさんにしかできない事なんすから」


「俺にしかできない事……か。まあそれもそうか。うん、そうだよな」


 ……そんな風に、一ヶ月も経てば食事の場の何気ない会話で解決するような悩みだって生まれては消えていく。


 だけど変わらない事もあって。


「……しっかし悪いな。本当はもっとぱーっといい店とか連れてきたかったんだけど」


「いやいや、此処滅茶苦茶美味しいし、そもそも一緒にご飯行くって誘いっすから。高いとこ連れてけーなんて言ってないっすよ」


「ま、それはそうなんだけど、マジで助かってたというか、先月のあの一件は気合い入れてお礼しないといけねえって思うくらい嬉しかったんだよ俺」


 とはいえ。


「無い袖は触れねえんだよな」


 一ヶ月たった今も景気はよろしく無い。

 診療所の経営はビジネスとしては破綻していると言わざるを得ない状況で、レインの……というよりはクロウリー家の収入はレインの冒険者としての報酬がメインとなるわけだが、そこから生活費と診療所の家賃に薬品の素材の購入費など諸々が差し引かれると、冒険者としてはかなりに上に属するAランクの報酬でもかなりカツカツだ。

 今現在Sランクとなって収入は上がっていく筈だが……それでも厳しいものは厳しい。


 故に言いたくは無いが普通に貧困である。


「とりあえず此処の会計は私が出すっすか? ほら私は生活費とアパートの家賃位しか必要経費の無い生活送ってるっすから」


「いやいやいや、俺が払う。此処は俺が払うって。これは俺からのお礼でもあるんだから」


 その位の甲斐性は見せたい。

 なんとしてでもそのくらいは。


「…………私は一緒にご飯食べられればそれで良いんすけどねぇ」


「え、なんて?」


「なんでもないっすよ。あ、じゃあ割り勘はどうっすか」


「…………いや俺が払うよ」


「一瞬迷ったっすね……」


 申し訳ないが貧困だもの。


 ……旧医療従事者が比較的裕福だったのは昔の話なのだから。

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