第15話 哀傷の懺悔
⁂15
本来なら、それは神々しい光景であったのだろう──
しかし、清らかに
教会内に冷気さえ覚える
その
人間とも獣とも無い
──そして、その亡霊と怪物が対峙する中央には、
お互いにもう会話は無い。
二人もまた──対峙していたのだ。
獣を喰らい尽くさんとするような、
雨が地に落ち──
やがては
最後には海に
──ごく自然と
先に
ローザの左腕に巻かれた
まるでローザの意思で操られているかのように、ぐねぐねと動く生き物と化し──前後左右に
ローザの
【パープル】達が攻めて来ると同時に、灰玄の後方に待機していた青鱗の怪物達も、一度でも
それはまるで、
「
灰玄の言葉に対し、ローザが眉を
「だから暴血鬼じゃねえ【パープル】だっつってんだろ! おいオメーら、マグソ蛇女と変異生物のモンスターどもを骨も残さず喰らい尽くせ! 今日はフルコースの食い放題だ、遠慮はいらねえ──ハイに踊ってドープに暴れろ!」
灰玄とローザ。
二人の
その光景はまるで──
──
──皮をひき
──
──骨を
それらはまさに──
荒れ狂う二足歩行の
──飢えしモノは、
教会内は真っ赤な血潮に染められし海となり、腐れ果てた
だが、お互いに一歩も引かない戦況は、次第にローザ側が有利となって行った。
力では灰玄に従う青鱗の怪物が上回っていたが──ローザが引き連れた【パープル】の軍勢は、永遠に続くとも思える数で、血潮の海に崩れ堕ちても尚──教会の扉から無数に突き進み
血に
「面白れえ──やっぱ面白れえよ戦場ってやつはよお! さあもっとだオメーら! 踊れ踊れ踊れ踊れ、最高にドープなパーティーだぜ!」
「いくら束になって来ようが、アンタは勝てないわよ。
その言葉は決して負け惜しみでも無ければ、時間稼ぎでも無かった──
なぜなら、言葉の
その動きは
しかしローザも
「────ッ! 『レッド・ボックス』!」
瞬間──ローザの体は半透明の赤い壁に包まれ、灰玄の掌打からその身を守った。
「危ねえ危ねえ。オメーとは間合いを取って闘わねえとな……! 同じ
そしてローザは、灰玄から距離を取るように後方に翔んだ。
だがローザは自らの体を使ってはいない──
その腕に巻かれた鎖が、刃で出来た両手両足のようになり、無数に散開していた刃は絡み合い──まるで
「なるほど。犬とも言え畜生とも言え、少しは学習能力があるみたいね──ならばっ!」
言うなり──灰玄は攻撃の
当然、ローザも絡ませた太い刃を無数の薄く平たい刃に戻し灰玄を狙う。
だが──その刃の切っ先は
否。刃の長さは十分に足りていた──速度でさえ常人の動体視力では追えない早さである。
しかし灰玄の神速に、それら全ては
灰玄の掌打が触れた瞬間、余りの早さに
触れられた腹部は、その箇所だけ最初から切り込みが入っていたと思わんばかりに、大きなトンネルのような穴が空いた。
貫通され肉塊となった腹部の肉は、床に落ちる前に灰となり、物体としての面影さえ残さずに空を
腹部に大きな穴を空けられた【パープル】は、どしゃりと床に倒れこみ──陸に打ち上げられた魚のように、弓なりに体を
その一連の
美しさすら感じる程の動きで、灰玄は汗一つ
その様子は、逆に【パープル】達が、夜の
ローザは、そんな灰玄を見て
「やっぱオメーもアタイと同じで、戦場の中でしか生きられねえ。その証拠に今のオメーの面は──最高にドープだぜ!」
その挑発に灰玄は
「一緒にするんじゃないわよ、この
だがローザは嗤いながら、
「違わねえさ。オメーは
ローザとの会話の中でも、歩みを止めること無く灰玄は【パープル】達を
──だが、先のローザの言に苛立ちを感じたのか──
──もしくは、ここで何も言わなければ、それを自分で認めてしまうと感じたのか──
──それとも、
灰玄は自分でも分からない無意識の内に、ローザに対し挑発するかのようにして、
「全く──口の減らない雌犬ね。それに、そのマグソ蛇女って言うのは止めなさい。どうやらアンタの飼い主は、随分と
灰玄の挑発は思った以上に効果があったのか、ローザは表情を
「うっせえんだよビッグマウスが! アタイをディスるのは勝手だが、アネゴだけはディスるんじゃねえぞマグソ蛇女!」
しかし、ローザの怒りはすぐに静まった──それはローザの中にある疑問の方が大きかった
戦闘中にローザは、敵の観察を欠かすことはしなかった。
そして、今のローザの敵は灰玄に他ならない──そんな灰玄を観察する中で、ローザの中の疑問に答えを導き出す手だては一切無かった。
冷静に灰玄との間合いを取り、ローザはその疑問を投げかける。
「一つだけ分からねえ。オメーの能力──そいつは【ピース能力】と似てるが、何か違えんだよ。下手なマジックショーにしちゃあ、度が過ぎる破壊力だ。そのワックな【ピース能力】モドキは──いったい何なんだ?」
「下手なマジックショーなら、アンタだって使ってんでしょうが。それにこれは【
ローザの問いかけに、灰玄は首を
「だから──その『ジュソシネン』とかっつう能力は、どっから手に入れたんだって訊いてんだよ」
「手に入れたんじゃなくて、体得したのよ。まあ【
「体得? 会得? 訳の分からねえこと言いやがって。どんな手段で手に入れた能力か知らねえが──生まれ持っての【ピース能力者】なんていねえんだよ。つうか、このまま話してても
灰玄の言葉の意が分からず、増々疑問が脳内で
ローザは両の掌を灰玄に向けて広げる。
「オメーはちょこまかと
ローザが叫ぶと同時に、半透明の
それは、
ローザは半透明の檻の形状を変え、巨大な壁にしたのだ。
その大きさは、教会の天上に届きそうな程で、横も左右に広がり教会の端まで伸びている。
そしてローザは、その壁を灰玄に向けて飛ばした。
灰玄が教会内で
「これでオメーは袋のネズミだ。まあ最後って訳じゃあねえが、オメーの能力──いや、オメーの【
「は? 前も言ったでしょ? アタシの国籍は日本人。それに何も隠してなんかいないわよ」
「ま〜た『ニホンジン』かよ。そんな【黒石名】なんてありゃしねえって言ってんだろ! 真面目に答えやがれマグソ蛇女!」
「だから日本人よ。アンタ頭おかしいんじゃないの?」
「おい、いい加減にしろよ。ここまで言って、まだ
二人の会話の最中も、ローザが掌から出現させた半透明の巨大な壁は、灰玄を教会内の端へと追い込んで行く。
ローザは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、余裕の構えで壁に追いつめられる灰玄を見ている。
だが、灰玄はローザの壁に押し潰されることは無かった──
灰玄は飛んだのだ──
それは垂直に
それは島全体を見渡せる程の高さにまで達し、もはや飛ぶと言う次元を超えて──
灰玄の跳躍は、
「ったく! ふざけた奴だとは思ってたが──空に逃げるなんて反則だろ! 降りて来いマグソ蛇女!」
ローザの怒声は上空には届かない。
だが声の変わりに、灰玄は
今まで汗一つ掻くことが無かった
沖縄本島と比べて、
島を
だが、そんな大軍勢を視たにも関わらず、灰玄は動揺するでも恐怖するでも無く、ただ
「よお、マグソ蛇女。空のお散歩はどうだった? 最高にクールでドープな景色だったろ」
「全く……、これも
「何言ってんのか分からねえが、この島全体は【パープル】で包囲してんだよ。つまりもうアタイの縄張り──フッドって訳だ! オメーはもう、どこにも逃げられねえ!」
灰玄はゆっくりと、
まるでローザの声が聞こえていないかのように──
まるで遠くを見つめ溜め息をつくように──
まるで自分自身に語りかけるように──
「すまない。アタシは結局……皆が残した大切な場所を守りきれなかった。許してくれ……本当に……すまない……」
灰玄は心の底から溢れる
「ああん? オメー何ボソボソ言ってんだ? 自分が死ぬ前に
ローザの挑発的な台詞は──灰玄には届かない──
もはや誰の声も、どんな音も届かなかった──
──そして、全ての
ゆっくりと──
ただゆっくりと──
深い眠りから解放するように──
深い闇の中から解放するように──
「信ずるものには甘き血を
疑うものには毒の血を
愚かなものには腐る血を
我は嵐の
逆らうものに死を浴びせ
逆らう
我は母なる
その言葉の奥には、何かを決意したような──重く哀しい響きがあった──
──と、同時に。
灰玄は渾身の力をこめて──床を殴りつけた。
その衝撃は地面のもっと深くにある海にまで届く程だった。
殴りつけた床は、天空から巨大な鉄球が落ちて来たかのような、深い穴を作り──その穴を作る為に飛び散った土は、平たい地面が、まるで怒れる火山の噴火のようになり、土砂が辺り一面に噴出した。
その衝撃に反応したのだろうか──地鳴りが
その地鳴りは異常に長く──
ローザはすぐに異変に気づき、血相を変えて教会の外に駆け出して行く。
「オメーまさか……!」
「ああ、その『まさか』だ。螺蛇羅よ──
教会の外に飛び出したローザの瞳に映った光景は、ローザの想像を遥かに超えるモノだった。
「マジ……かよ……! 笑えねえぜ。前に見た時は、“これの十分の一”にも満たない大きさだったが──ここまで成長していやがったなんて……!」
動揺の表情を隠しきれないローザは、その想像を遥かに超えたモノを静寂の空に視た。
島を丸呑みにしてしまいそうな──地獄の門の奥に沈む、暗く湿った
それとは真逆に、闇を串刺しにして喰い千切ったように、
異形に輝く翼と
眼光を直視すると
その瞳は──視界に入るもの全てを
それはまさに、
恐怖と言う名の言葉を、この世に形ある存在として体現化させた──
異形なる
静寂に沈む空は──その大蛇に導かれるのを待っていたかのように──
震える海原を持ち上げ──天から深海を落としたと思わんばかりの、大粒の
その雨粒は、もはや豪雨では無く──岩盤をも貫き
空を震わす雷光は──天と地に亀裂を入れるように
大地の底から稲妻が噴き出したかの如く、地鳴りは
灰玄が深海より
『螺蛇羅』は山さえ持ち上げてしまいそうな程の巨大な手で、無数の【パープル】達を掴み、柔らかい果実を手の中で絞るように軽く握り潰し──
──尾で叩きつければ、その衝撃で、隕石が落下して地面に大きなクレーターが出来たと思ってしまう程の、巨大な
『螺蛇羅』の咆哮は大気を震わせ、一瞬だがローザに恐怖さえ感じさせた。
そして、島全体を覆い尽くしていた無数とも思える【パープル】の軍勢は、荒れ狂う『螺蛇羅』の猛攻を
やがて次から次へと、原型が分からない程、無惨な肉片に姿を変えて──島全体に無数の血と肉片の雨を降らせた。
その量たるや、瀧のように降り注ぐ
この『螺蛇羅』なる異形の大蛇が現れたことにより、ローザが引き連れて来た【パープル】の大軍勢は一瞬にして壊滅状態となり──
優勢だったローザは瞬く間に劣勢となり──形勢は一変した。
だがその様子は──
戦場と
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