ウィカナ・フライングダッチ―Ⅶ
アンドロメダ曰く、アルマ・シーザは普通の人間だったらしい。
が、今の彼から感じられるのは五年前に戦った魔王と同じ、悪魔族の魔力。五年前まで彼らと戦い続けていたコルトやアンドロメダが、間違えるはずもない。
だが、見た事もない症状だ。これもまた、何かしらの薬品の効能なのか――と、考えても仕方ない。
良くも悪くも、彼の標的は自分自身。
アルマ・シーザ無力化のため、コルトは魔力を練り始める。
地面に叩き伏せられたアルマは翼を広げて飛翔。
両腕の角を向けて突進して来るが、コルトは両脚に限定して“アクセル”を発現。
垂直に跳び上がって身を捻り、回転。見上げた顔面に回し蹴りを叩き込んで再び地面に叩き落とすと、地面を転げて行ったアルマを追い掛け、止まったアルマをまた蹴り上げた。
そこでずっと詠唱し続け、魔力を練っていたレイーシャが二人を囲う様に大型の魔力ドームを展開。
蹴られたアルマの体は障壁にぶつかり、停止。肉薄するコルトの踵落としが立ち上がろうとするアルマの腕をへし折り、激痛からアルマに叫ばせた。
周囲の生徒達は完全に引いており、一歩下がっていたが、これが五年前まで当たり前に繰り広げられていた悪魔との戦いだ。寧ろ手加減している分、まだ優しい方でさえある。
正直に言って、この程度で怯んでいる様では、今後魔法使いとしての成長は見込めない。
そう言った意味で見れば、序列圏外ながら戦いから目を逸らさず、アルマを逃がさんとしているイルミナ、ウェンリィ、レイーシャの三人は、魔法使いとして成長出来る伸びしろが見られた。
「コルト……コルト……コルト・ノォワァドォォォオオオ!!!」
両手に魔力を集中。詠唱も無しに魔力弾として解き放つ。
が、コルトが人差し指と中指とで一直線に魔力弾を斬るように描くと、遅れて生じた光が斬撃となって魔力弾を両断。コルトの左右を横切った魔力弾が、障壁にぶつかって爆ぜる。
「今のは……! まさか、コルトさんあなた! 自分自身の魔法を――!」
(発動に時間が掛かりますし、元の威力の十分の一もありません。それにです、ミス・アンドロメダ。まだ全てを取り戻した訳じゃない。まだ三つしか、再現出来ていないのです)
「……理事長。コルト様の魔法とは、まさか――」
「生徒会長。あなたも噂くらいは、聞いた事があるでしょう。若干十三歳で学園を卒業した若き天才、コルト・ノーワード。彼が独自に開発、生み出した十一の魔法。その総称――名を、“コスモス”」
翼を広げ、飛翔。
両手に乗せた魔力弾を、雨のように次々と撃ち出して来る。
が、コルトは全ての弾道を見切り、回避しながら魔力を練り、人差し指と中指の二本を基準として、光の通る道を描いた。
詠唱出来た当時は指先も必要なかったため、軌道さえ読ませなかった光の斬撃。
最大威力では山の標高さえ変えたという逸話さえ持つ魔法、“マーキュリー”。
百を超える魔力弾の雨を一刀両断。
次に繰り出される斬撃がアルマの翼を斬り落とし、アルマを地面に叩き付けた。
そして、天地が逆転。
地に伏せたアルマに対し、今度はコルトが上を取る。
自身の前に円を描くと円の中の至る箇所に魔力塊が現れ、散弾が如く放たれた。
これもまた、コルトが開発した魔法“コスモス”の一つ。
かつては魔王の軍勢およそ二万を単独で壊滅させた魔法。威力を落とされた今でも、人間相手ならば簡単に破壊出来る魔力塊の雨。“サターン”。
降り頻る魔力塊を叩き付けられるアルマの体に亀裂が生じ、亀裂から血が噴き出していく。
だが傷はすぐさま再生し、アルマは自らの魔力を更に解放するが、完全に力任せ。
復活した翼を広げて再度飛び掛かって繰り出す拳は全て躱され、逆にカウンターを顔面に受けると、魔力で強化された拳に“アクセル”での加速が加わった連打を全身に打ち付けられて、飛んで行った距離をまた殴り飛ばされた。
追撃。
指を結んで一閃。
螺旋の光が斬撃として放たれ、アルマの体を抉り斬る。
そのまま一つ、二つと一閃。次々と繰り出される斬撃がアルマを斬り付け、吹き飛ばしていく。
更に追撃。
距離を取ってから円を描き、円の中の光景に幾つもの魔力塊を発現させ、散弾の如く解き放った。まだ回復し切っていない傷口に、魔力塊が炸裂。アルマの絶叫が、炸裂する魔力塊の雨に掻き消されていく。
光の斬撃と魔力塊の爆発との猛攻が、アルマを殺さんばかりの勢いで攻め立てる。
長年悪魔族と戦って来たからこその手加減。悪魔族の常軌を逸したタフさと回復力は、この場の誰より知っている。
だからこそ、殺すつもりで挑む。
ただでさえ魔法の精度が大幅に落ちているのだから、常に出来る限りの最高火力を叩き付けて押さえ込み、一切の反撃を許さなかった。
だが、アルマの魔力は更に荒ぶり、高まり、遂には二つの攻撃を魔力だけで跳ね除けて拡翼。
翼の骨格部位に見開いた大量の目玉から光線を放ち、コルトを攻め立てる。
“アクセル”をフル活用して躱すコルトは跳び上がり、アルマの背後へ、両翼の根っこを掴み取って引き千切って蹴り飛ばすと、再生前の背中に幾重にも重ねた“マーキュリー”を叩き付け、地面に突き落とした。
「これが、コルト・ノーワードの実力……」
実力は全盛期の十分の一。
しかして悪魔に変身したアルマ相手に圧倒的。
何度やられても再生し、復活するアルマを相手に、一方的に攻め立てている。
どれだけ攻撃されても躱し、防御し、一瞬で敵の意表を突いて反撃。
斬撃と衝撃の二つだけで悪魔を圧倒する様は、生徒達と大して変わらぬ年齢とは思えぬ戦闘経験値を想起させるが、どれだけの戦いを乗り越えて来たかは想像の域を出ない。
今繰り広げられているのもその一端であり、彼の力の十分の一である事を忘れてはならない事を考えると、やはり彼らは、コルト・ノーワードという魔法使いの真の実力を未だ知らず、知らぬままでいた方が幸せであった事は否めなかった。
知らぬままだったなら、絶望も挫折もしなかっただろうから。
「クソがクソがクソがぁぁぁっ!!! 俺は悪魔になったんだぞ! たった一人国に放れば、その国を亡ぼすと言われた種族だぞ! それが何でこんな、こんなぁぁぁっ!!!」
(甘く見られたものですね。僕が一体、何体の悪魔族を相手に戦って来たと思っているんですか。あなたの物差しでは、僕を計るには短過ぎる)
「んだとてめ、え……え……え――?」
周囲は、アルマの言動が止まった事を訝しむ。
イルミナもウェンリィもレイーシャも、何が起きたのか、コルトが何をしたのかわからなかった。何をしたのか理解出来たのは、アンドロメダただ一人。
魔力など使っていない。だから魔法ではない。ただの気迫だった。
だがコルトがアルマ一人に絞って放った気迫はアルマの言動を止め、大量の脂汗を掻かせ、脚を爆笑させていた。
アルマは悪魔へと進化した己の両目を疑った。
何せコルトの背後で虹色の虹彩を有した巨大な黒い影が、自分を静かに睨んでいるのだから。
恐怖。畏怖。
悪魔となった事で忘却していた感情が蘇り、アルマに絶叫させる。
今度の絶叫は悲痛なばかりに全体に響いた。
「お、おまえら何をしてる! 俺を助けろ!!!」
アルマが叫ぶと、普段からアルマの側にいた取り巻きの二人が魔力を放出。
アルマと同じ悪魔へと変わると、周囲の生徒らを吹き飛ばし、押し退け、コルトとアルマを閉じ込める結界を破壊するために走る。
が、両者の横からそれぞれイルミナとウェンリィが跳んで来て、顔面に足刀が、繰り出した腕に刀が刺さり、二体の悪魔を突き飛ばした。
「あたし達の事忘れてるとか、舐められたもんね」
「悪魔族に賭ける慈悲は無いので……悪しからず」
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