ウェンリィ・アダマスーⅣ

 コルトには強がったイルミナだったが、心根を正直に暴露すると、ウェンリィ相手にかなり緊張させられていた。


 相手の異常性も緊張の一因を担っているが、何よりも緊張を誘っているのは彼女が持っている刀だ。

 何処かの業物なのか曰く付きの代物なのか。刀に対して見る目があると言い難いイルミナでさえ、ウェンリィの持つ刀からは何か嫌な気配を感じてならない。


 得体が知れないだけあって気味が悪い。

 軍人としての直感でしかないが、あの刀はなるべく触れてはいけない気がする。

 戦いの中にずっと身を置いて来たが故に働く、直感。


(では二人共、中央へ)


 ウェンリィはまた大欠伸。まだ眠そうだ。

 緊張は無い。


 対して、イルミナは煙草を吸っていないとまともに対峙出来ないくらいに緊張している。

 理由は、やっぱり腰に差された刀。


 未だ鉄臭い血の臭いでもなく、夢遊病でも冴えの絶えない剣技でもなく、ウェンリィ・アダマスという、まだ詳細の知れない魔法使いの実力を察しているからでもなく、腰に差している刀に感じる違和感。


(審判は僕は務めます。相手を死に追いやる魔法術式、致命傷への攻撃は禁止。僕自身が戦闘続行不可と判断した時点で、試合終了とします。以上の禁止事項を除いた武器の使用は、認めましょう)

「それは助かります……私にはこれしかありませんから」


 ブラフか。ハッタリか。


 剣技に特化した魔法使いもいなくはないが、それしか出来ない訳はない。

 イルミナでさえ使える基礎の魔法は使えるはずだ。

 刀以外は使いたくないという意味合いでなら、言葉の通りに受け取れるが。


(では、両者マークされたポイントまで)


 対戦者位置まで下がる間、背を向ける。

 ライム・ライク相手にも当然に出来た事が、怖くて仕方ない。


(何なの、あの刀……)

(それを解き明かすのも戦闘の一環ですよ、お嬢様)

(テレパスで読心してくるな! ってか、あんたはあの刀の正体知ってるんじゃないの?!)

(これから手合わせするお嬢様にだけ、情報漏洩する訳には参りません。これは殺し合いではなく試合。ならば公平に、行なわさせて頂きます)

(わかった……)


 コルトも確かに、ウェンリィの使う刀の異常性は知っていた。

 過去の事件資料から彼女の刀の内容をある程度考察はしていたが、まだ真相に辿り着いてはいない。

 だから、この戦いで確かめる。

 否が応でもわかるはず。

 イルミナがそう易々と負けてしまわない限りは。


(では、試合開始――!)


 開始の合図と同時、ウェンリィは跳んだ。

 ただし前にではなく、後方にだ。壁際まで跳んだ彼女は態勢を深く、低く構えたかと思えば、双眸が覚醒。斬った鯉口から漏れ出た鋭い魔力が、室内を満たす。


「『我が領域は電光石火。刹那ののみ、雷霆が如き速度を与えん』――“ライトニング・ファースト”」


 一歩踏み込んだ瞬間、ウェンリィの姿が消える。

 次の瞬間にはイルミナが展開していた“ライフル”の銃身と抜刀された刀身とがぶつかり合い、魔力で編まれた“ライフル”の装甲が、竹のように易々と両断された。


 咄嗟に後ろへ跳んだイルミナへ、追撃のため翻った刀が迫る。

 刀の切っ先がイルミナの眼前を通過し、まだ銜えていた煙草を斬り飛ばした。


 刀が振り切られた瞬間に後ろに跳び、両手を突いてまた後ろへ。壁に足が付くとほぼ同時に蹴って肉迫し、回し蹴りを繰り出したが、また体勢を低くして躱された。

 後ろ回し蹴りで追撃するも躱され、下がった距離をまた詰められて繰り出された剣を躱さず、着地した足を軸として再度繰り出した後ろ回し蹴りでウェンリィの足を払って体勢を崩し、剣の軌道をズラした。


 立ち上がると同時に繰り出した掌底が下顎を打ち抜かんとするが、咄嗟に体を逸らして後ろに跳び上がる。

 頭上に抛った刀を口で銜えると、床に突いた両手で真上に跳び上がり、体を捻った反動で刀をまた頭上へと抛って、両足で着地した事で空になった手でまた掴み取った。


「へぇ。そんな曲芸も出来るんだ。凄いじゃん」

「お褒めに預かり、光栄です。あなたも素晴らしい体捌き。初撃の斬撃たちを躱されたのは、に来て初めてです」

「あんたの刀がただの刀だったら、多分避けられなかったわ」

「……と、言いますと?」

「それ、何かあるでしょ。初めて見た時から、何か変な違和感を感じて仕方ないのよ。まだ正体はわからないけど、とにかくそいつには斬られるどころか触れたくもないの」


 と言うと、初めてウェンリィは目をまん丸にして驚いた。

 コルトにも一瞥を配り、何か吹き込んだのかと視線と問うたが、彼が首を横に振るのだから猶更驚かされて、今度は嬉しそうにはにかんだ。

 イルミナは新しい煙草を取りながら、何笑ってるんだと睨む。


「はしたなくてごめんなさい。この刀の特異性に気付いたのは、この学校ではあなたが初めてだったから、嬉しくて……あぁ、ごめんなさい……ちょっと、興奮して来てしまいました……!」

「へぇ、そんな顔で笑うんだ。意外と可愛いじゃない」


 なんて強がってる場合じゃない。

 やっぱり、あの刀には何かある。

 そんな異質な刀を持って、子供みたいに無邪気に笑う彼女が。


 軍人時代にも、いなかった訳ではなかった。

 武器を手にして、強くなった気になっている勘違いする奴が。

 武器を持った事で、豹変した奴が。


 銃、剣、槍。

 自分の体には搭載されていない何かを得て、強くなった気になった奴程脆い。


 けど、彼女は違う。

 彼女は自身の刀の特異性を理解した上で、扱い方を理解した上で使っている。

 剣を持った人間が剣を使うのと、剣を知った人間が剣を使うのとでは大きな差がある。剣を知った人間の扱う剣は、それこそその人の手足の如く動くのだ。


 彼女が今使っている魔法は、速力強化の魔法のみ。まだ膂力等の強化はしていない。

 これ以上彼女に強化が入ると、例え無傷に終わるとしてもスタミナ切れで負ける。

 だが彼女の戦闘スタイルから言って、中、長距離戦は出来ない。そも、中、長距離戦が出来る場所じゃない。コルトはそれも見越して、工房地下を戦いの場に選んだのだろう。


 ならば、イルミナに出来る事は、ただ一つ。

 非常に癪だが、コルトの思惑に乗る事だけが、今の自分に出来る打開策だと、己に信じ込ませた。


「仕方ない……やってやるわよ、コルト・ノーワード!」

「次は、仕留めます」

「やれるものなら、やってみなさい! ――“アクセル”!!!」


 イルミナの四肢が黒く染まる。

 直後、イルミナの姿が、ウェンリィの覚醒した双眸の前から、消え失せた。 

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