第29話
「──とまあ、そんな感じの可哀想な子なんですよね、幅舞君は」
病室のベッドに横たわる私に尾間さんが呟く。
曰く貴重な人材らしいからそうそう簡単に手放せないとのこと。
バッティングセンターの店長に何やら札束を渡して口封じをしていたところを見ると、恐らくその通りなのだろう。佳たちにも同じくだ。
だが、私としては許せない気持ちがある。
正直友達に手を出されて腹わたが煮え帰っている。
さっきまでは。
彼女の身の上話を尾間さんに聞かされてその気持ちは失せてしまった。
「要は、私のせいって事じゃないですか」
「うん、そうなりますね。あなたが新記録を立てたから、彼女は苦しむんです。あなたが彼女の精神を砕いたんですよ?」
ああ、そうかい。
そんなにストレートに言われるとこっちも凹んでしまうじゃないか。
「まあ、私も彼女の身の上は知っていましたが、あそこまで狂うとは予想外でした。彼女のことですから悔しさをバネに頑張ると思っていましたが、期待ハズレでしたね」
淡々と冷酷に尾間さんは話した。
幅舞岬は、私の尊敬する先人だ。
そして、また大好きな人間。
しかしながら、彼女の過去というのはとても歪な物だった。
現代に蔓延する勝利至上主義を集めて固めたかの様な成り立ちだったのだ。
幼少期から勝利することだけを教えられて、その道だけを示され、それで正常な人格を形成できるだろうか。
否、出来るわけがない。
勝利以外の全てを否定され、いつしか自身ですらそれを信じ込むようになって、何を頼れば良いのだろうか。
推測になるが、きっと彼女の心は孤独だったのだろう。
勝利という酷く脆い、運に左右されがちな不安定要素に、生きる道を信じて・・・・・・。
私のような、ただ明日生きていれば良いという幼少期とはかけ離れたものだ。
正直、共感する事はできない。
だが、私も一概に彼女を非難することは出来ない。
なにせ、私も彼女にとっての加害者なのだから。
彼女の自我形成に直接は関わっていないものの、彼女を苦しめる要因になった事には変わりない。
私のせいなのだ。
クソ。
知ってしまったじゃないか。
知らなければ楽しく配信ができていた。
笑って栄光に浸れた。
だが、水を差された気分だ。
全くもって不愉快極まりない。
なにせ私のせいなのだ。
私が一人の人間を精神が崩壊するまで苦しめたのだ。
こんなにも気持ち悪いのは久々である。
「期待ハズレなのは別に結構ですが、はあ・・・・・・私にとっては記録を樹立したせいで彼女の気持ちが痛いほど分かるのが嫌ですね」
そう、痛いほど分かるのだ彼女の気持ちが。
記録を樹立し、皆に賞賛され、世間に注目されんとしている。
だが、一度この快感が過ぎれば直ぐに恐怖に切り替わる事だろう。
現に今も体がすくんでしまいそうになっている。
勝者にとっての呪いだろう。
勝った者に課せられる、敗者からの呪縛である。
私が最強と名乗るのはおこがましいことだろう。
だが、最強の心情を察することができてしまった。
全く、最悪の気分だ。
「まあ、そうですね。配信者なんてそんなものですよ。だから自殺率が高くなるわけですしね。僕としてもダンジョン配信者の自殺率は悩みの種ですよ、はあ」
配信業という新たな職種が誕生して以来、配信業界の熱狂に伴い配信者の自殺率は年々高まっている。
なにせ、常に視聴者の好意と悪意に晒され続けるのだ。
例え悪意あるコメントを見ずとも、好意のコメントによるプレッシャーは精神を蝕む。
私はまだそうなってはいないが、きっと避けられない事象だろう。
そして、ねむれむ、幅舞岬はそれが彼女自身の考えによりより大きなプレッシャーとなっていたのは言うまでもない。
「やっぱり、上手くいかないものなんですね。世界って」
溜め息が漏れる。
自分が勝てば誰かが負ける。
でも、勝たねば生きてゆけない。
勝者はたった一人だけのこの世界で、どうやって人は生きてゆけば良いのだろうか。
まあ、そういったところは哲学者が考える分野なのだろう。
私みたいなバカには分からない事である。
「で、尾間さんは彼女をどうするんですか?」
「そうですね・・・・・・それは僕にも分からないです。彼女は何を選択するんでしょうかね」
やっぱそうだよな。
他人の考えることなんて分からない。
何を選択しようが私の知ったこっちゃじゃない。
だから、私たちにはどうしようもないだろうな。
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最近暗めですが、どうかブラバしないで欲しい(切実)
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