第45話  堪えきれぬ怒り


 いきなり現れた男は、忌々しげに俺を指差して糾弾する。


 少し長めの黒髪。

 すらっとした長身で端正な顔立ちだが、まだかなり若く見える。

 恐らく二十代前半だろう。

 黒いスーツを着ていてるが、服の上からでも鍛え上げられた肉体を想像できる。


 顔を見てもピンとこないから多分会ったのは今日が初めてだと思うんだが、なんでこんなにキレてんの?

 もしやこいつも彩夏と同じ遅刻絶対許さないマンか?


 学園長は突如もの申してきた男に、笑顔で応える。


笠原かさはら君だったね。それはどういう意味かな?」

「言葉通りです。自分には、こんな男が人類を救った『FIRST』メンバーだとは思えません! 何かの間違いでしょう!」


 親の仇のような瞳で俺を睨みつける男――笠原は、怒りに任せて声を荒らげる。

 学園長は笑みを崩さず、顔の前で指先を組んだ。


「今日の昼、火室さんが配信していた『新世代』との模擬戦の映像は見なかったのかい? それなりに反響があったようだが」

「無論、拝見しました。たしかに、この男がある程度の実力があることは認めましょう。しかし、だからといってそれは『FIRST』の方々と同列に語って良いものではない。『新世代』二人程度であれば、自分でも対処は可能です!」

「ははは、それはそうだろうとも。別に私はキミの実力を疑っている訳ではないよ。笠原

「なに? 特級だと?」


 思わず疑問が口をついて出た。

 話に割り込んでしまった俺に、笠原は眼光を強める。


「ああ。彼は笠原君といってね。去年、特級探索者になったばかりの新人だ。とはいえ、今はまだ二十二。特級探索者の中でもとりわけ若い。これからの日本のダンジョン攻略を背負う若手有望株の一人さ」

「へぇ、そりゃすげぇ。期待のルーキーってわけだ」


 それならこれほど肉体が仕上がってるのも理解できる。

 若々しいエネルギーも満載だ。

 俺とは三つしか歳が違わないってのに、放ってるオーラが正反対だぜ。


「なぜ学園長がこの男を贔屓しているのかは分かりませんが、待遇に関しては再考すべきかと! このような常識も倫理観も欠如した男に限定的とはいえ教鞭を執らせるなどもっての他です!」


 後ろで彩夏がうんうんと頷いている。

 おい、お前は一応かつて戦友でもあったんだから俺の味方をしろよ。


 笠原の熱弁は止まらない。


「それに、自分が何より許せないのは、この男が元『FIRST』などと分不相応な身分を騙っていることです! まだその情報が公にされていないとはいえ、なぜ学園長はこれほどの暴挙を容認しているのですか!!」


 笠原は執務机をダァン! と叩いた。

 相対する学園長は可笑しさを堪えるように口角を上げる。


「くくくっ。たしかに精神面における教師の資格を問うならば一考の余地はあるかもしれないな。平気でお金は無心するし、待ち合わせには遅刻してくるし、ノンデリカシーな発言など日常茶飯事だ。教師の風上にも置けない存在だろう」

「それが分かっているならばなぜ――」

「しかし、元『FIRST』を騙っている、というのは大きな間違いだ」


 学園長の断言に、空気が変わった。

 笠原は目を見開き、後ろで作業をしている迷宮省の職員も聞き耳を立てている。

 やっぱり他の奴も言わなかっただけで俺が『FIRST』メンバーだっていうのは信じてなかったのか。


「なにを、言って……」

「葛入君が元『FIRST』であるということは紛れもない事実だということさ。実際に『FIRST』メンバーだった私が保証するんだ。間違いない。それに、これほどのクズ男を『FIRST』の一員として扱っているというのに、他の『FIRST』メンバーが異議を唱えることもないだろう?」


 学園長は意味深に視線を這わせた。

 笠原は視線の先に目をやる。

 そこにいたのは、腕を組んで静聴している彩夏と、にこやかに表情を緩めるケヴィンだった。


「……性格に難は大アリだけど、その男が『FIRST』メンバーだったのは事実よ」

「そうだね! 僕もシュウと一緒のパーティーでダンジョン攻略してたよ!」


 二人の返答に、笠原は信じられないものを見るような表情で固まる。


「日本メンバーにおける『FIRST』最年少の火室特級、そして米国選抜の『FIRST』メンバーであるマクレガー特級。私に加え、この二人が証人になってくれている。これでもまだ、キミは葛入君が『FIRST』を騙っていると思うのかな?」

「し、しかし! 迷宮省が公表している『FIRST』メンバーの中にこの男の名前はありませんでした! それどころか、この男の存在を匂わせるような情報も皆無だった!」

「それは仕方なかったんだ。ダンジョン黎明期……その時代に終止符を打ち、人類に平和と勝利をもたらした『FIRST』という組織上、秘匿せねばならない情報も多い。葛入君の情報もその一つだ。何せ、昨日吉良川きらがわさんのダンジョン配信に偶然映りこまなければ、葛入君は今でも生死不明として処理されていたんだから」

「生死、不明……?」


 笠原が怪訝な表情を向けてくる。

 俺は、てへぺろ顔で答えた。


「はっはっは! まあ色々あって死にかけた結果、逃亡生活を続けてまして~!」

「な、なぜそのようなことを……」

「まあ、葛入君も事情があったんだろう。その件について深掘りする気はないが、これは今から行う話し合いにも通ずる部分もある」

「通ずる部分、というのは」

「『FIRST』、ひいては迷宮省がこれまでひた隠しにしていた最重要秘匿事項を開示するということだ」


 笠原は『秘匿事項の開示』という文言に一瞬だけ眉を動かしたが、依然として俺に敵意満載の視線で睨みをきかせていた。

 今は周りに人がいるから安心だが、もし二人きりだったら今にも飛びかかってきそうなほど不満を胸中で押し殺している。

 笠原の心中は学園長も察したのか、それを踏まえた上で平然とした口調で言った。


「一応忠告しておくが、キミでは葛入君には勝てないよ」

「なっ……!?」


 笠原の反応を待たず、学園長はおもむろに立ち上がる。

 パンッ、と手を叩いて、皆の注意を引き付けた。


「さて、葛入君にまつわる話はこれくらいでいいだろう。それでは本題に入ろうか。今回わざわざみなに集まってもらったのは他でもない。をしようと思ってね」


 学園長は仮面のような笑みを貼りつけ、丸眼鏡の奥で瞳を光らせた。




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