裏19項 交差。

 メイ…。

 メイ……。


 あぁ、寝てしまった。

 さっきまで視界を覆っていたわたしの腕。


 まだ小さく細い。

 わたしは、わたしが誰だか分かる。


 ……。

 これは夢か。


 なぜ、今さらこんな夢を見るのだろう。

 思い出したくない記憶なのに。


 

 あれは、父上の最後の情けだったのだろう。


 

 生まれた地を遠く離れたこのどこかで。

 幼い日のわたしは、この狭い部屋に閉じ込められていた。


 食事は与えられるが、

 外には出してもらえない。


 誰かと話したり、外を見ることも許されない。


 建物の入口には常に見張がいる。

 子供のわたしにはどうすることもできなかった。


 

 母上。……お母さまに会いたいよ。

 


 頬を伝い、涙が落ちる。

 幼い日のわたしは、いまほど打たれ強くない。


 ここで死ぬまで過ごすのだろうか。


 わたしは生きているけれど

 死んでいるのも同然だ。

 

 

 そんなある日、均衡が崩れた。

 


 外が騒がしい。


 「なんだ。お前。俺様の街で何をしてる」


 「なんだこのガキ」


 「ガキ? はぁ? 卑しきお前らにごときに。なぜ俺様が見下されねばならん。おい。こいつら死刑だ。全員ころせ」


 しばらくして扉が開いた。


 身なりの良い初老の男性が隙間から覗く。

 「坊ちゃん。中に少女がおります。どうしますか」


 何かを蹴飛ばすような音がする、

 「おまえな。坊ちゃんって呼ぶなといったろう。俺様は馬鹿っぽいその呼び方がきらいなんだ」


 「じゃあ、なんて呼べば? あなた様は外で本名を呼ばれると怒るじゃないですか」


 「ええい。好きによべ。ただし、前回のようにルーくそ様とかやめろよ」


 「……クソにクソってつけて何が悪い……」


 「はぁ? お前、今なんか俺を愚弄することを言わなかったか? まじで殺すぞ」


 


 またガタガタ音がする。

 

 「この前、人探ししてるシスターがいただろ。中の子供は、『われ探し人みつけたり』的な感じでそいつにでも押しつけろ。あぁ、礼金受け取るのも忘れないようにな。……んじゃあいくぞ」


 わたしは扉の隙間に駆け寄る。

 そして、わたしの小さな王子様の背中を見送った。


 

 ほどなくして、わたしはシスターに保護された。



 ファーストネームも捨て、記憶も失い。

 全部を捨てて生きてきた。


 でも、その中で手に入れたわたしの思い出。

 今でもその輝きは褪せていない。



 

 メイ……。

 メイ。


 あ、お母さん!

 ごめん、起こされちゃったね。


 夢か。


 あっ。

 もうこんな時間。


 早くしないと。

 ルーク様に怒られちゃう。


 なにか借金について作戦会議を開かないといけないから、早く起こせと言われていたんだ。


 借金ってなんだろう。

 あの人、わたしのためにしかお金使ってないような。


 お詫びが必要になるかもしれない……!


 「お母さん! 封筒どこ? 白いの。あとペン」


 わたしは、ルーク様に買ってもらったばかりの真新しいメイド服の袖に腕を通す。


 そして、封筒をポケットに入れると教会の階段を駆け降りた。


 「ルーク様。ルーク様。もう朝ですよ。朝食をとったら帰りの支度をしましょう」

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