三章

第27話 オースティンside1


──サルバリー王国の王宮にて



こんなにも心穏やかで幸せな日々が訪れるとは思わずに毎日、オースティンは上機嫌で過ごしていた。

ユイナとの関係も概ね順調である。

今日は執事と共に王宮の中を案内していた。

彼女は何を見ても新鮮なのか嬉しそうにしている。

そんな時、壁に古い肖像画が飾られていることに気づく。



「……なんだ、これは!」


「こちらはアシュリー様とオースティン殿下の肖像画ですが」



後ろに控えていた執事が淡々と答えた。



「今すぐに外せっ!」




元婚約者アシュリー・エルネットは肖像画の中で幸せそうに笑みを浮かべながらこちらを見ている。

最近、思い出しもしなかった名前、アシュリーの名を数ヶ月振りに聞いたのだった。



「アシュリー様って、あの時に泣いていた方ですよね?」


「……ああ」



ユイナの言葉に歯切れの悪い返事を返す。

父と母にユイナと婚約することでアシュリーとエルネット公爵家との縁が切れると伝えられた。

その時、どれだけ嬉しかっただろう。

王家への敬意を忘れて、搾取する邪魔なエルネット公爵家。

そして善人の振りをして厚かましくも笑顔で城に通うアシュリー。


どんなに冷たくしてもアシュリーは必ず魔獣から守る結界を張りに王宮にやってくる。

その内、気遣うことすら面倒になったため、アシュリーがいてもほとんど空気のように扱っていた。

健気なふりをして内心ではこちらを見下しているのだ。

あの被害者面を見ていると苛々した。


(……心の中では自分の力がなくてはいけないと、俺のことを馬鹿にしているに違いないっ!)


アシュリーが王宮に来るたびに、自分の弱さと無力さを突きつけられているような気がした。

アシュリーに救われる度に自分の無力さを感じずにはいられない。


(あれは善人の皮を被った悪魔だ……!)


アシュリーが何をしていても悪に見えて仕方なかった。

あの憐れみの篭った視線にどうしようもなく腹が立つのだ。

ユイナと婚約してすぐに、アシュリーがペイスリーブ王国に行き、王太子のギルバートと結婚したと聞いた時には当てつけのように感じていた。

その相手が自分よりも優れていて完璧だと言われていることも気に入らない。


ギルバートは黒髪と赤い目を持った悪魔のような容姿。

話も合わないし、こちらを見下すような態度も鼻につく。

それで国で一番強い魔法を使うというのだから気に入らない。

顔を合わす度に『もっと婚約者を大切にした方がいい』『後悔することになる』と、ギルバートは婚約者がいないくせにうるさいったらない。

アシュリーをまるで大切な姫のように扱うギルバート。

それにアシュリーと婚約破棄した途端に、結婚したというのも腹立たしい。


オースティンもアシュリーが偽物の聖女ではないことくらいわかっている。

でなければ魔獣から国を守る結界を十年も張り続けることなどできはしない。

しかし国民の怒りを抑えるためには必要なことだった。

アシュリーとエルネット公爵家にすべてを押しつけるためには彼女を犠牲にするしかない。

本当は予備に取っておきたいが、アシュリーにはエルネット公爵家の影が永遠に付き纏う。

父と母は何よりもエルネット公爵家を切り離したいと願っていた。



(ギルバートもどうせアシュリーの能力目当てで結婚したんだろう!?あの女には結局それだけしか能がないんだ)


アシュリーを思い出して苛立っている横で、ユイナはうっとりとした瞳で肖像画を見ていた。



「アシュリー様、とっても綺麗……」



オースティンの隣で幸せそうに微笑むアシュリーの姿。

思い出すのは、いつも困ったような笑みを浮かべながらこちらの顔色を窺っていたアシュリーの姿。

聖女と呼ばれており白やアイボリーの服を好んでいたアシュリーは、淡い色の口紅をつけて微笑んでいる。

そんなアシュリーの姿を改めて見ると彼女は本当に美しかった。

エルネット公爵家から全く出てこない引きこもり。

治療の時と最低限のパーティーや式典にしか顔を出すこともない。

王宮で結界を張る以外にオースティンに会いに来ることもしなかった。


(本当に俺のことを愛しているならば、あれくらいのことで去ってはいかないだろう!?縋り付いて媚びていれば愛妾くらいにはしてやったのに……)


ユイナに心変わりしただけで、泣きながら去っていったアシュリー。

どんなに冷たい態度を取っても王宮に通い続けていたアシュリーだったが、あの日を境にピタリと姿を現さなくなった。

愛を育む姿を見て、悔しく思ったのだろう。

絶対的な地位が揺らいだことを受け入れられずに絶望したに違いない。


しかし、あっさりと帰ってしまったのは予想外だった。

もっと王太子の婚約者の座に執着を見せるかと思いきや、アシュリーは涙こそ流していたものの、他に何も言うことはなかった。


(まぁ、あの女はただ笑っているだけで特に何も言うこともないだろうが……)


満面の笑みを浮かべ機嫌が良さそうな父と母に話を聞けば、アシュリーに「お前に用はない」「役に立たない」とオースティンと同じようなことを言ったようだ。

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