第25話 ギルバートside1


アシュリー・エルネットはオースティン・ジノ・サルバリーの婚約者だった。

しかし表舞台には滅多に出てくることはなかった。

ペイスリーブ王国とは違い、サルバリー王国は魔法を使う者がいない。

アシュリーを一目見た時から、彼女はペイスリーブ王国の人間ではないのかと思うくらい魔力を強く感じた。


ギルバートが体調不良を隠してパーティーに出席したことがあった。

大切なパーティーでペイスリーブ王国の王太子として失態は犯せない。

そう思っていたが、冷や汗が滲んでいく。



「大丈夫ですか?」


「……あなたは?」



ギルバートがにこやかに笑って誤魔化すように答えた。



「アシュリー・エルネットです。顔色が悪いですが……」



うまく取り繕っているつもりが見破られるなんて思いもしなかった。



「いえ、大丈夫ですよ」


「手を出してください」


「……!」



アシュリーは魔法の力を使い、ギルバートの熱を治してしまった。

小さな手から感じたことがないほどに温かい魔力を感じていた。

ミルクティー色の髪とライトブルーの優しい瞳、

彼女の可愛らしい笑みは今もはっきりと残っている。



「はい、よくなりましたよ」


「……アシュリー嬢、ありがとう」


「困った時はお互い様ですから」



お礼をというギルバートにアシュリーは首を横に振って天使のように笑った。

その時、アシュリーに心を奪われたのかもしれない。

しかしすぐにアシュリーがオースティンの婚約者だったことを知る。

それでも彼女が忘れられずに、ずっとアシュリーを想い続けていた。


他の令嬢など足元に及ばない。

そうしてアシュリーに思いを馳せるうちに、すっかりと拗れてしまったようだ。


しかしまた一年後、あるパーティーでオースティンの彼女に対する扱いを見て愕然としていた。

他のサルバリー王国の貴族たちも同様だ。

敵視されている……そんな感覚だった。


(もしかしてアシュリー嬢はサルバリー王国で肩身の狭い思いを?)


しかし隣国に住むギルバートにはそれすら確かめるすべはない。

その時からアシュリーのことが気になって仕方なかった。

もし彼女が苦しんでいるのだとしたら助けたいと強く思うようになる。


それから王立学園に通うようになると、アシュリー・エルネットの兄であるロイス・エルネットがサルバリー王国から留学してきた。

そのこと知った時には運命なのかと思ってしまった。

すぐにロイスと親しくなった。


彼の祖母はペイスリーブ王国出身で魔法が使えないことでサルバリー王国に嫁いだと聞いて首を捻る。

ギルバートが疑問に思い、前国王の祖父に問いかけると彼はアシュリーとロイスの祖母の秘密を知っていた。

彼女はアシュリーと同じ力を持っていたが、周囲にこの力がバレて利用されることを恐れたらしい。


当時の公爵は娘の意見を尊重してサルバリー王国に行くことを許可したと聞いて驚いていた。

それからの消息は不明だそうだが、公爵ならば何か知っているかもしれないと言った。


ロイスにそのことを話すと、彼は興味深そうに聞いていた。

そしてアシュリーの事情を話してくれたのだ。

アシュリーも同じ力を持っていたのだ。

それからアシュリーの扱いを聞いていくうちに怒りで頭がおかしくなりそうだった。

ロイスも、自分もアシュリーを守ろうとしたがこうして引き離されてしまったと語った。

アシュリーを守れないことを悔いており、アシュリー付き侍女のクララと連絡をとっているものの、アシュリーを取り巻く状況はよくなるどころか悪くなるばかりだそうだ。


そんなある日のことロイスがアシュリーからだという手紙を握っていた。

その手はなぜか震えている。

アシュリーはロイスを気遣い、自分を心配させないようにしていると言った。

彼の目にはじんわりと涙が滲んでいる。


(アシュリー嬢は自分がこんな状況にもかかわらず、人を思い遣れる女神のような女性だ)


アシュリーへの想いが募り続ける。

それと同時にどうして自分が彼女を救えないのかと無力さだけが襲う。

アシュリーはオースティンの婚約者だ。

無理矢理攫うことも、ギルバートが守ることもできない。


(もし僕が婚約者だったら絶対にアシュリー嬢を守ってあげられるのに……)


両親にはそろそろ婚約者をと言われていたが、ギルバートはそんな気にはなれなかった。

アシュリーを上回る女性が見つからないという単純な理由からだ。


ペイスリーブ王国で闇魔法を使うギルバートは他を圧倒する力を持っていた。

強大すぎる力は恐れを招く。

だからこそ失敗は絶対にできないし、他者に対して優しく完璧であろうとした。

魔獣を倒し、民を守るために力を振るうことに不満はない。

何もかもを闇で飲み込む恐ろしい力ゆえに無意識に人に触れるのを避けてきた。


普通ならば得体の知れない力に恐れを抱くがアシュリーはなんの躊躇いもなくギルバートに触れた。

それが自分にとって、どれだけ嬉しかったのだろうか。


(彼女は光だ。眩しいくらいに輝いている)


アシュリーはギルバートにとって正反対の存在だった。

だからこそ強く焦がれてしまうのかもしれない。


そんな時、ペイスリーブ王国の書庫から厳重に保管されていた禁書が盗まれたと報告があった。

その犯人を捕まえるためにギルバートは調査を行なっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る