捨てられた聖女の復讐〜みんな大っ嫌い、だからすべて壊してあげる〜

やきいもほくほく

一章

第1話


「わたくしの話を聞いてくださいますか?」


「なんだい?」


「わたくし、もう良い子でいるのをやめるわ。だってね、わたくしが損をするでしょう?」


「……アシュリー」


「みんな大っ嫌い……だからわたくしがすべて壊してあげる」




* * *




サルバリー王国に、神に愛された不思議な力を持つ聖女と言われる少女がいた。

病や怪我の症状を抑え、魔獣から国を守る結界を張るために力を使う。

アシュリー・エルネット

明るいミルクティー色の髪に、ライトブルーの瞳。

幼い頃から、周囲に気を配り、誰にでも優しく、笑顔を絶やさないアシュリーは、国民たちに天使のようだと言われていた。


そしてこの国の王太子であるオースティン・ジノ・サルバリーの婚約者であった。

グレーの髪は長く伸ばしておりグリーンの瞳は垂れ目で泣きぼくろがあり可愛らしい顔立ちをしていたが、オースティンは生まれつき肺が弱く病を患っていた。

十歳まで生きられないだろう……そう言われていた。


しかしエルネット公爵に連れられて、王宮に遊びに来ていたアシュリーは、フラフラと部屋から抜け出して咳き込みながら懸命に歩こうとしているオースティンに出会う。

アシュリーはオースティンに駆け寄り、公爵が仕事をしている間、彼の話し相手になった。

そこで病の話を聞いたアシュリーは、あまりに可哀想なオースティンの現状に涙を流す。


そしてアシュリーがオースティンの手を握ると、淡い光が辺りを包み込み……なんとオースティンの症状が軽くなったように感じたのだ。

オースティンは驚いて、すぐにその足でアシュリーの手を握りながら国王と王妃の元に知らせに向かった。

アシュリーが六歳の時、聖女としての力がわかった最初のキッカケになる。


アシュリーは何度か病や怪我を患うものたちに同じようなことを行った。

アシュリーは一時的に病や痛みを抑えることができて、国を魔獣から守る結界を張れる聖女ではないかとの結論に至った。

サルバリー国王と王妃は大いに喜んだ。

魔獣の影響で騎士たちは疲弊して、辺境の村では被害が絶えなかったからだ。

アシュリーの聖女としての力は、まさに天からの贈り物だった。


王家はすぐに手続きを行い、アシュリーはオースティンの婚約者になった。

それからずっとオースティンのために力を使っていた。

数年後、オースティンは普通の生活が出来るまで病状が回復することになる。

サルバリー国王や王妃は喜んでアシュリーに深く感謝した。

アシュリーも自分の力が役に立つのならと喜んだ。

けれどその裏で、アシュリーの力を多用されることを恐れたエルネット公爵は次第にアシュリーが外に出ることを禁じていた。



その日から、アシュリーの世界は一気に狭まった。

朝早くから魔獣避けの結界を張るために城に向かい、終わればすぐにエルネット公爵邸へ。

行列を作る民たちの治療を続けて、夜は貴族たちの治療を行うようになる。

年相応に令嬢たちと遊ぶこともパーティーやお茶会に出ることも禁じられた幼いアシュリーは泣き暮れていた。

『誰も信じるな!』

『必要以上に外に出るな!』

何故、自分だけがこんなにも苦しまなければならないのかと己の力を恨んだこともあった。


しかし十歳になる頃にはどうにもできないこの状況に諦めるしかなかった。

それでも周囲の人が幸せならば、自分も幸せだとそう思うことで心の安寧を保っていた。

反抗もせずに両親のいうことを聞いて、皆のために力を使い続けた。

『ありがとう』

その一言ですべてが報われる……心が軽くなるような気がしたから。


けれどその内、温かかったはずの家族の関係は知らないうちに歪になっていった。

父のカルロスと母のキャロルの関係は時と共に悪化していった。

すべてアシュリーの力の使い道に関することだった。

父に言われるがままにアシュリーは毎日、エルネット公爵邸で治療を行っていたが、その後に何かの袋を貰ってほくそ笑んでいた。


母も同じことをしていた。

アシュリーの部屋には、知らない人がひっきりなしに訪れるようになり、同じように金属が擦れる音がする袋を貰っていた。

次第に城に向かう以外は、ずっと部屋に居続けなければならなくなった。

しかしいつも喧嘩ばかりしている両親が袋を得ると笑顔になる。

両親の仲は一瞬だけ良くなるのだ。


家族が幸せになってくれるならばと幼いアシュリーは力を使い続けた。

自分が良い子でさえいれば、家族は仲良く笑顔でいられると信じて疑わなかった。

しかしアシュリーの想いとは裏腹に両親の喧嘩が絶えなくなった。

与えられる自由も、権利も、どんどんなくなっていく。

まるで見えない鎖に繋がれているみたいだと思った。


アシュリーは苦しいのに苦しくないフリをしていた。

泣き出しそうな自分を押し込めて、笑顔を浮かべ続けた。

そうでなければ心が壊れてしまいそうだったからだ。


ついには庭にも出られず、自分の部屋から外を眺めていた。

唯一の外出は毎朝、魔獣を祓う結界を張る時だけ。

アシュリーはオースティンに会うのをとても楽しみにしていた。

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