第42話 首輪

 ケイリーは、言われたことはきっちりとやるタイプである。裏を返せば、言われたことしかやらないとも言う。


 ポメちゃんの首輪を用意してほしいと頼まれたケイリーは、早速手配してくれた。リードもある。


 革の首輪をポメちゃんに装着してみれば、やる気なしポメラニアンは、されるがままになっていた。そうして簡単にリードも装着できたのだが、そこからが大変だった。


「ポメちゃん! 歩いて!」


 ぐいぐいとリードを引っ張るのだが、ポメちゃんはこれっぽっちも動かない。床に寝そべったまま欠伸をしている。


「やる気なしポメラニアンめぇ!」


 全力で引っ張るのだが、ポメちゃんは涼しい顔である。引っ張られるあまり、顔がむにっとなっても気にしていない。なんて手強いのだ。


 ポメちゃんとお散歩したいとごねる俺に、オリビアは困った顔をするばかりで具体的な解決策は提案してくれない。彼女は、俺が平和に遊んでいればそれで満足なのだ。まったく危険性のない、よわよわポメラニアンのことを気に入っているようであった。


 ポメちゃんを俺の部屋に入れてから早くも数日が経過していたが、ポメちゃんは一歩たりとも俺の部屋から出てこない。強情にも程があると思う。


『人間に捕まったときはどうしようと思ったんだけど。これはこれで快適だね』

「俺は全然楽しくない」


 しまいには、そんなことを言って寝てしまう。ポメちゃんは、平和な寝床を入手できて満足しているらしい。


 そんなんだから、今日も今日とて俺はポメちゃんのリードを引っ張っていた。今のところ成果はない。体が無駄にでかいので、俺の力では部屋から引っ張り出せない。


 オリビアは、ポメちゃんのよわよわ具合に安堵して早々に見張りをやめてしまった。今は、いつも通り騎士団の訓練に参加しているはずである。


 部屋には、俺とポメちゃん。それにユナと、ケイリーがいた。


 ケイリーが、俺から頻繁に目を離していることに気がついたオリビアは、静かに怒っていた。俺から目を離すなと、再びケイリー相手に言い含めていた。「わかりました」と、にこやかに応じたケイリーは、果たしてどこまでわかっているのか謎である。


 そもそもケイリーは、俺の侍従である。俺に付き従うのが仕事のはずなのに、しょっちゅう目を離している。一体どこで何をしているのか。ケイリーに尋ねてみても、「仕事です」という素っ気ない答えが返ってくるのみ。


 たまに庭の花壇に水を撒いている姿を目撃するので、おそらくケイリーは、俺の面倒と屋敷の手入れを並行して行っているのだと思う。


 この屋敷には、他にも使用人がたくさんいるはずなのだが、それでも手が足りないのだろうか。それとも単に、ケイリーが俺の面倒を見たくないのだろうか。謎である。


「我儘言ってると、もうポメちゃんとは遊んであげないぞ」

『自分は別にそれでもいいけど』

「よくない! 俺と遊びたいって言って!」


 我儘ポメラニアンは、まったく動かない。仕方がないのでリードを手放す。諦めて、今日はユナと遊ぼうと思う。


 ふんふんと鼻息荒く廊下に出れば、ユナとケイリーもついてくる。どうやらケイリー、今日は俺の側に居るつもりらしい。まぁ、あれだけオリビアに言われればな。ケイリーも理解したのだろう。


 そうして兄上の部屋を訪ねた俺は、ポメちゃんをどうにかして、と頼んでみた。


「どうにかとは?」


 首を捻るフレッド兄上は、ポメちゃんのやる気のなさを聞いて「よかったじゃないか」と、的外れなコメントをする。


「何もよくないけど」

「そうか? テオはでっかいペットが欲しいと言っていたじゃないか」

「それはそうだけど」


 俺が欲しかったのは、一緒に遊んでくれる愉快なペットである。置き物みたいに一日中寝転んでいるつまらないペットが欲しかったわけではない。


「ポメちゃんに乗ってお散歩したい」

「あまり危ないことはするなよ」


 どうやったらお散歩できるのか訊きたかったのに、兄上は適当な注意をして話を終わらせようとしてくる。


「ところで、テオ。街への外出の件だが」

「街はどうでもいい。ポメちゃんを庭に出したい」


 前のめりに「ポメちゃんどうにかして」とお願いすれば、兄上は意外そうに目を瞬く。どうやら俺が街歩きに積極的ではないことが疑問らしい。確かに街にも行きたいが、今はそれよりもポメちゃんである。


 騎士団は、あのポメちゃんを街からこの屋敷まで運んできた。であれば、俺の部屋から動かないポメちゃんのことも、同じ方法で運び出すことが可能なのではないか。騎士団に頼んで、ポメちゃんを庭に出してほしいと再度お願いすれば、兄上は困ったように上を向いてしまう。


「うーん。そんなことで騎士団を動かすのはちょっと」


 兄上は、公爵家の長男である。そのためエヴァンズ公爵家騎士団のお偉いさんでもあるはずなのに、騎士団に対してちょっと弱気になってしまうところがある。多分だけど、体格の良い騎士たちを怒らせることが怖いのだろう。弱虫兄上め。


 ジトッと半眼になる俺に、兄上は「なんだ、その顔は」といちゃもんをつけてくる。俺がどんな顔をしようが、俺の勝手でしょうが。

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