第39話 関係ないこと
「猫。おまえは今日からライオンの子分な」
『意味がわからない』
「ポメちゃんの言うことは、ちゃんと聞けよ! ポメちゃんの方が強いんだからな! おまえなんてすぐにやられるんだからな!」
『本当にその名前でいくの? 可哀想』
「なにがだ!」
本日、いよいよポメちゃんが俺のところに戻ってくる。騎士団預かりとなったポメちゃんだが、どうやら体が大きい普通の魔獣らしく、毒を持っていたりというような危険性はないらしい。魔獣の中には、体のどこかに毒を持っているものもいる。
昨日、オリビアがすごく嫌そうな顔でポメちゃんをペットにしてもいいと告げてきた。もう少し楽しい顔で報告すればいいのに。
ポメちゃんを屋敷内に入れるにあたって、俺はオリビアといくつかの約束をさせられた。大体は、ポメちゃんが暴走しないようにしっかり見張っておくこととか、ポメちゃんと一緒に暴れ回って屋敷内をめちゃくちゃにしないこととか。納得のいくものだったのだが、その中にひとつだけ納得できないものがあった。
「勉強もしっかりするように」
「……はーい」
正直、ポメちゃんを飼うことと勉強は何の関係もないと思う。しかし、ここで勉強しないとごねてしまえばオリビアが「やっぱりダメ」と言い出しかねない。それは耐えられない。俺はポメちゃんと遊ぶのを、数日間にわたって我慢した。これ以上は待てない。
「勉強もする!」
やけくそ気味に返事をすれば「よろしい」という偉そうな返答があった。
そうして、バタバタと落ち着きなく室内を駆けまわっていた俺だが、扉が軽くノックされて、そちらを振り返った。
「オリビア!」
早く開けてと、扉横に突っ立っていた彼女に声をかければ、オリビアは早速扉を開けてくれる。わくわくとその場で飛び跳ねる俺に、「落ち着いてください」とオリビアの苦笑が向けられる。
「お待たせしましたぁ」
間延びした声と共に入室してきたのはエルドだ。その後ろに、お目当てのふわふわを発見して、俺は飛びついた。
「ポメちゃん!」
がうと小さく鳴くポメちゃんは、相変わらずふわふわだ。でっかいポメラニアンだ。
わしゃわしゃと体にしがみついて、撫でまわす。大人しくしているポメちゃんは、お利口さんだ。ユナよりお利口。
「ポメちゃん、かわいいぃ」
可愛いとひたすら呟いていれば、エルドが苦笑いしながら俺の両肩を掴んでくる。どうやらポメちゃんを俺の部屋に入れたいらしい。そうだな。いつまでも廊下に置いておくわけにはいかないな。
パッと離れて「どうぞ!」と、室内を示す。警戒するようにきょろきょろするポメちゃんは、やがてゆったりとした足取りで入室した。ライオンらしい堂々とした佇まいだ。かっこいい。
『ひぇ、本当にここに置くの?』
床で丸まってお昼寝していたユナが、慌てたように飛び起きている。ポメちゃんの大きさにビビったらしい。隣にユナを並べると、ユナがすごく小さく見えてしまう。さすがでっかい魔獣だ。
俺の足元にベッタリとくっついてくるユナは、ポメちゃんのことが怖いらしい。ユナは下級魔獣だからな。だが、ポメちゃんには俺のペットを襲うなと言い聞かせている。ポメちゃんは喋らないけど、がうがうと頷きながら鳴いていたので、たぶんきちんと理解してくれたはずだ。
「ちゃんと世話するんですよ」
「任せておけ!」
なぜか疑いの目を向けてくるオリビアは、腕を組んで俺のことを冷たい視線で見下ろしてくる。ポメちゃんを連れてきたエルドが、「あとはよろしく」と、オリビアに声をかけている。
そうしてエルドも退出して、部屋にはでっかいポメちゃんが残された。
嬉しくて仕方のない俺は、ポメちゃんに抱きついてから「今日からここがポメちゃんの部屋だぞ」と案内してやる。
壁際で仁王立ちするオリビアは、そんな俺とポメちゃんの一挙手一投足を逃すまいと鋭い視線で見張っている。オリビア的には、ポメちゃんを俺の側に置くことには反対なのだろう。だが、兄上が許可を出した以上、強く反対できない。
ポメちゃんが何か不審な動きをした場合、オリビアは即座に斬り捨てそうな気がする。彼女は、頭で考えるよりも先に体が動くタイプの物騒な人間だ。
「ポメちゃんのことは、俺が守ってやるからな」
うっかりでオリビアに斬られたらすごく可哀想。あいつは悪気なくそういうことをする。俺を守るためという言葉で、少々強引なことをしでかすのだ。
『ありがとう。だが自分の身は自分で守れるので、お構いなく』
突然聞こえてきた低い声に、ぱちぱちと目を瞬く。「え!」とオリビアが目を丸くしているから、幻聴ではないらしい。
「ポメちゃん。お喋りできたのか?」
『あぁ』
短く肯定するポメちゃんは、がうっと小さく吠えてみせた。
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