第37話 可愛いのに
俺の前世をまったく信じない大人たちは、俺抜きで、俺についての話し合いを始めてしまう。
俺も真剣な顔をして頷いてみたりと、会議に参加している風を装ってみたのだが、早々に飽きた。魔力の量がどうのこうのとか小難しい話が続いている。俺は魔法に興味はあるが、それはかっこよく魔法を使いたいだけであって、専門書に書いてあるような小難しい議論には興味がない。
やることがなくて暇なので、ぼけっとオリビアの横顔を眺めていれば、視線を察知した彼女と目が合う。
「ところでテオ様。体調に異変はありませんか?」
ふと思い出したように質問されて、「抱っこは疲れた」と答えておく。
「いえ、そういうことではなくて。魔力不足とか」
「? 大丈夫」
魔力不足状態がどういうものなのか不明だが、抱っこ続きで疲れている以外は特になんともない。
降ろして、とエルドの袖を引けば、ようやく地面に降ろしてくれた。久しぶりの地上である。うんと伸びをしていたのだが、すかさずエルドが手を繋いできた。反射的にぶんぶん振りまわしておけば、ノリの良いエルドは対抗するように一緒に手を振ってくれた。
大人たちの話を聞きかじったところによると、魔力を使い過ぎると一時的に魔力不足状態に陥るらしい。だが、俺はめっちゃ元気である。それが、オリビアたちをますます悩ませている原因なのだ。
要するに、魔力の使い方をよくわかっていない子供などは、制御ができずに体内の魔力を一気に使い切ってしまうこともあるらしい。そういう時、大抵は魔力不足として高熱を出したりぶっ倒れたりするのだ。俺がそういう状態であれば、今回のことは単なる魔力の暴発ということで解決できると思っているらしい。
「本当になんともないですか?」
「ない」
しつこく俺の体調確認をしてくるオリビアは、面倒なことになったと言いたげである。魔力の暴発でなければ、一体なんなのかとでも言いたいのだろう。
俺に言われてもな。俺だって、よくわからないのだから。転生特典としての特殊スキルが一番可能性としては濃厚だと思うのだが、困ったことに大人たちは俺の転生話を真面目に取り合ってくれない。だから、議論がここで止まってしまう。
「エルド。ポメちゃん見に行こう」
ここに居てもつまらない。エルドを見上げれば、彼は困ったように眉尻を下げてしまう。
「ポメちゃん見たい」
行こうと手を引けば、エルドは助けを求めるように兄上へと視線を向けている。だが、オリビアや副団長との話し合いに夢中の兄上は、エルドのことなんて見ていなかった。
オリビアもこちらに注意を払っていない今がチャンスである。少々強引に腕を引いて、廊下に出る。「あー、ちょっと外行ってきます」と、エルドが弱々しく声をかけているが、誰も聞いていない。
そうして再び外に出た俺は、急いで騎士棟に足を向ける。
「急げ、エルド! ポメちゃんが逃げてしまう」
「テオ様と契約したのですから、逃げないと思いますけど」
首を捻りつつも、エルドはしっかり俺についてきてくれる。
「ポメちゃん!」
そうして騎士棟の広場に到着した俺は、ゆったりと寝そべっているポメちゃんを発見して駆け寄った。騒動の中心にいる割には、呑気に尻尾を振っている。
勢いで飛び乗ろうとしたのだが、邪魔が入った。
「危険ですよ、テオ様」
「団長、邪魔」
俺の前に立った団長は、俺をポメちゃんに近付けたくはないらしい。
団長は、赤髪が特徴的な人だ。名前はバージル。おそらく三十代くらいで、癖の強い騎士たちをまとめ上げているすごい人だ。がっしりとした躯体で、剣がよく似合う。
そんな長身が、七歳児の行手を阻んでいる。圧がすごい。すっかりやる気を削がれた俺は、「ポメちゃん触りたい」と、弱々しいアピールをすることしかできない。「いけません」と腕を組む団長相手には、ちょっぴり怖くて言い返せない。卑怯だと思う。
「ポメちゃん」
仕方がないので、ポメちゃんから少し離れた位置に座り込んで、ひたすらお名前を呼んでおく。俺の隣には、エルドがしゃがみ込んで一緒にライオンを眺めている。
俺のペットなのに。俺が触っちゃいけないなんておかしい。
「だんちょーさぁん」
ひらひらと手を振って、団長を呼んでみる。どうやら魔獣をどこかへ移動させるつもりらしい。騎士たちに指示を飛ばしていた団長は、くるりと俺を振り返った。
「なんでしょうか、テオ様」
「七歳児が地面に座って、ポメちゃんに触りたいって言ってる。これを見てなんとも思わないのか?」
こうなれば団長に罪悪感を抱かせてどうにかしようと思う。うるうると見上げるが、団長は「危ないのでお部屋にお戻りください」と冷たいことを言ってくる。
そうじゃない。俺が可哀想だから少しだけでも触らせてやろうとなるのが普通だろう。なにが部屋にお戻りくださいだ。
「エルド」
どうにかしてと袖を引っ張るが、エルドは「そんなこと言われましても」と、遠い目になる。
「団長にそういう手は通用しませんよ」
「オリビアにも通用しないよ。俺こんなに可愛いのにねぇ」
「え? あ、はい」
そうですね、テオ様は可愛らしいですね、と。面倒くさそうに呟くエルドには、やる気というものが足りなかった。
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