第31話 素敵な時間を大切に
「なんかいるなぁ」
先生として、三人の指導を始めてから一か月が経過した。
とある日。
職員室の端に立つ俺が、窓を開けて縁に肘を掛けてつぶやいた。
誰かがフレデリカのことを見つめている。
その視線は巧妙に隠れているように感じる。
でもその視線がどこから来ているのかが分からない。
これはスキルではなく俺の直感である。
「視線があるんだよなぁ。ここんところ、ずっとある気がするんだよ。それもフレデリカにだけだ……もしや、王国の刺客なのか。でも、死の偽装までしたんだ。バレるわけないしな。でも、バレていたらまずいよな。フレデリカの命がやばいんだよな・・・一刻も早くこの違和感を取らないと」
頬杖をした俺の後ろに、先生が背後霊のように現れた。
先生が近づいて来る気配がなかった。
「ルル君! 君も気づきましたか」
「え。せ、先生もですか」
「ええ。最近になって私もです。変な視線を感じますね。上からですね」
「上? え、上からですか!?」
「はい。なんだか斜めに視線が入っているように感じますね」
俺は窓から身を乗り出した。
校舎や研究棟の屋上を見てみたが、そこには誰もいなかった。
「先生いないですよ」
「そうなんですよね」
先生の勘が外れているとは思えない。
だけど、これ以上の上となると空である。
人間の視線が空からあるなんてありえない。
「……ルル君。少し課外授業を入れてみますか?」
「課外授業?」
「ええ。グンナーの所に行きましょう。ルル君が連れて行ってください。あなたとグンナーは、師匠と弟子なので、誰にも怪しまれずに済むでしょう。それに、グンナーの所で原因を探ってみてください」
「師匠の所ですね。そうか。なら、あの人に手伝ってもらいますよ。ちょうどいいな。会っておきたいし」
俺は三人を連れてグンナーさんの所に明日の午後に行くことになった。
◇
翌日の午前の授業。
相も変わらずホンナー先生の授業は信じられないくらいに頭に直接入ってくる気がする。
言っていることの全てが脳に直接記憶として刻まれるようなイメージだ。
「ですから、ここの歴史はですね。アーゲント王はこういう形で国をですね。このような政策をとり・・・」
先生はこの子たちには歴史を重点的に教えている。
それは五年計画という事もあるが、やはり歴史を知っていなければ大王としては良くないだろうとのことである。
王は歴史から学びを得なければならない。
無駄な戦を避けて、正しき道を民に示すために。
彼女は王となる基礎を学ばないといけないのだ。
歴史の中にいる賢王と愚王を同時に学んでいくべきなのだ。
為になる先生の授業が終わると、先生が手を一つ叩いた。
「はい。この後の皆さんは、ルル先生と一緒に軍の施設の見学をしますよ。課外授業です」
「「は~い」」「む!」
フレデリカは先生のいう事は素直に聞くらしい。
返事が可愛らしかった。俺の時はつっけんどんなんだけど。
そして、相変わらずクルスは「む」しか言わない。
この子、大丈夫なの?
ジョブは従者ではないけど、一応彼の役職としては従者だよね。
一生懸命授業を受けている三人の後ろから、俺は彼女らの普段の様子を観察していたのだ。
◇
午後。
俺は先生に言われたとおりに軍施設に連れて行こうと、三人を連れだして校舎を出た。
「よし、何か食ってから行くか」
「え? いいんですか。先生。買い食いなんて」
「そうです。ワタクシ、そんなはしたないことできません。庶民ではありませんわ」
「む! むむむ! む!!!」
「そうかそうか。クルスは食べるってよ。お前らは我慢するんだな」
俺はクルスの頭を撫でて、二人を挑発してみた。
クルスだけ前向きに「む」って言っているので、助かった。
「クルス。ず、ずるいぞ・・・じゃ、じゃあ、私も食べます」
「そうか。ジャックも食べるか。じゃあ、お嬢さんはどうすんの?」
「ワタクシ、お嬢さんではないです。フレデリカですわ・・・け、結構です」
嘘だな。
顔を背けても、目線はこっちにあるので、本当は食べたいのだと思う。
「そうか。でもフレデリカ。俺は寄って行くぞ。師匠がいる軍の施設は反対側にあるからな。途中で屋台通りにいけるんだよ。いいか。約束を忘れんなよ。お前らは、姓を名乗り上げるなよ。いいな!」
「はい」「む」
「ワタクシはキーサ―に誇りを・・・」
「わかってる。その誇りはとても大切なものだ。だけど、ここではダメだ。すぐにお前の素性が分かっちまうからな。我慢しろよ」
「・・・そ、そうですね・・・わかりましたわ」
悩みながらもフレデリカは大人しく引き下がった。
「ほんじゃ、屋台通りにレッツゴー!」
先生が俺にしてくれたように、俺もこの子らには明るく育って欲しい。
故郷を離れて辛いはずだからな。
「おお」「むっむむ」
二人はノリノリである。
◇
屋台通りにて。
「お兄さん。この串焼き美味しいよ。どうだい買っていくかい?」
「おお。美味そうっすね」
俺は店のおじさんから三人に顔を向ける。
「おい。お前ら食うか?」
クルスとジャックの二人は頷いた。
フレデリカはそっぽを向く。
多数決の原理で、買うことが確定。
俺は得意の取引の交渉へと移った。
「よし。おっちゃん。四つ頂戴。いくら?」
「一本。30Gだよ」
俺は面を食らった。
値段が、結構お高め設定であったのだ。
さすがは都市価格である。
帰ってくる道中、田舎にいたからやけに高く感じる。
四つ買えば、シエナの依頼料よりも高いぞ!!!
「四つだかんな。120Gか・・・おっちゃん、子供価格ってある?」
「え?」
「この子らには、他のも食べさせてあげたいんだよね。気前のいいおっちゃん」
嘘である。めっちゃ嘘である。
こいつらに他のを食べさせる気はない!
「んんんん・・・・・よし、子供は25!」
「いやいや、かなりの男前だよ。おっちゃん。19」
「おお。痛い所を・・・23」
「この子ら、お腹を空かせた子供だよ。おっちゃん・・・20!」
これも嘘である。
さっき昼食を食べたばかりである。
「しょ、しょうがねぇ。のった。20だ。四本で90でいいよ。兄ちゃん。商売人だね」
「いやいや。おっちゃんが気前のいい商売人なのさ」
「ははは。ほらどうぞ。嬢ちゃんと坊やたち」
気前の良いおっちゃんは子供たちを先にしてくれた。
「ありがとうございます」
ジャックは丁寧に挨拶して。
「む!」
クルスは豪快に片手で持った。
「あ、ありがとうですわ」
さっきまで要らないと言っていたのに、良い匂いに負けたフレデリカは、串焼きを遠慮がちにもらった。
「よし。おっちゃん。またね。買いに来るよ!」
「おう。兄ちゃん。また来てくれや」
俺も串焼きをもらってから、四人で近くのベンチに座った。
むしゃむしゃと美味しそうに食べるクルスは、ワンパク坊主である。
話さない分。
なんとなくイージスに似ている雰囲気があってなんだか目が離せない。
「うまいか?」
「む!」
どうやら美味しいらしい。
こっちを向いてから、すぐに串に向かって口を開けた。
がっついて食べるくらいで、串まで食べそうな勢いだった。
「ジャックはどうだ」
「美味しいです。香ばしくて、お肉も野菜も・・・甘いタレと合ってます・・・うんうん」
「そうか」
ジャックは食レポつきの感想だった。
凄く気に入ってくれたようだ。
「お、美味しいですわ」
フレデリカは、上品に食べて、感想を聞かずとも声が漏れた。
「そうか……フレデリカ」
「な、なんですの・・急に真面目な顔に・・・」
彼女には今の時間を楽しんでほしい。
「フレデリカ、この光景。この時間。大切にしな。いいか、子供の時の時間は思ったよりも短い。だから、今のこの時間は大切だ」
「え? それはどういう・・・意味・・」
「まあ、意味はいい。とにかく、お前を支えるのはここにいる二人だってことだ。な! 今を楽しむんだぞ」
「・・は、はぁ?」
フレデリカは首を傾げて、悩んで食べるのを止めてしまったが。
ドンドン食べる二人はフレデリカよりも先に串焼きを美味しそうに平らげたのだった。
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