第29話 英雄と無職の始まり 5
ゴブリンの集団は、俺に気づいても、アルマさんを襲うことを続けていた。
その余裕の態度が、俺の怒りの火に油を注いだ。
俺はスキルでゴブリンの引き寄せを開始する。
「
俺の声は洞窟内を駆け巡る。
だから目の前にいる奴らにだけしか、このスキルの効果はないのだが、それでも俺は怒りに任せて全力で叫んだ。
十三体のゴブリンが一斉にこちらを見て、俺を敵視した。
一対十三の数の違いがあるからか、敵は余裕の笑みで近づいて来る。
「自信がある奴から、かかってこい!」
脇差を抜いた俺は、全ての力を抜いて仁王立ちに構える。
今のこの構えを『無』と呼ぶらしい。
ルナさん曰く、敵からカウンターを取りにいくには、一番反応がいい状態にすることが大切であると口酸っぱく言われて、嫌という程に体に叩きこまれた。
彼女の大切なパンケーキの代わりに、俺は技を教えてもらったんだ。
師匠が絶対に奢ってくれないのに教えてくれたのだ!!!
なんて! 可哀そうな人なんだ!!!!
と余計な事を思った俺は、右手に脇差を持ったまま立ち止まった。
そこに一気に
右に左に上に下にと、俺の視界いっぱいに映るゴブリンたちは、俺に臆することなく挑んでくる。
それらを・・・・俺は全て斬る。
「花は咲けども、実りはしない。桜花流 枝垂桜」
と同時にスキル『片手剣』を発動した。
軽戦士の初期スキル『片手剣』
片手武器に対する能力上昇。扱いもスムーズになる。
俺は、雄叫び《ウォークライ》で上げた戦闘能力をさらに強化した。
その上で、枝垂桜を発動。
ルナさんのカウンター技である。
乱れ桜は移動型の連続攻撃、枝垂桜はカウンターの連続攻撃である。
「ぎゃ」「ばひゃ」「どぐ」
奇声を発して近づくゴブリンたちを、俺は瞬時に斬りつける。
奴らの両手両足だけを斬って落としていった。
仰向けに倒れるゴブリン十三体は呻き声をあげていた。
でもまだ呼吸はしている。
俺はこいつらをわざと生かした。
「俺はお前らに地獄を見せると言ったんだ。まだ生きてもらわなければならん」
そう吐き捨てるように言ってアルマさんに駆け寄った。
「アルマさん! 大丈夫ですか」
「・・あ、あなたは・・ルルロアさんの声?」
「ええ。大丈夫です。今、目隠しを取ります。あとマジックボックスから俺の上着を取り出すので、着てください。こいつらのせいで服が」
「ああ・・・ううう」
アルマさんは、攫われた恐怖を思い出して、目からポロポロと涙が出てきていた。
これは仕方ない。
一般の人には、ゴブリンなど怖かろう。
それに目を隠されて襲われたんだ。
怖さは倍増だったかもしれない。
「ひぃえ。ゴ、ゴブリンが・・・」
目を開けることが出来た彼女は、仰向けに倒れるゴブリンの姿に驚いた。
「ええ。俺が全部倒しました」
「こ、殺してない・・なぜ」
「これから地獄を見せるので、わざと生かしてます。あと少し、ここで待ってもらってもいいですか」
「…は、はい」
俺は脇で死んでいる人たちを廃棄用のマジックボックスに収納した。
俺は、実際に出来るかどうかわからないけど試しにやってみたのである。
死んだ人を持ち帰ることは軍でもほとんどできなかったことだ。
あのモンスターウエーブの時は、モンスターのせいで戦場がぐちゃぐちゃにされてしまい、誰が誰だかわからないし、そもそも遺体の損傷が激しくて、連れて帰っても無駄であった。
でも今回の死体の損傷程度であれば、行方不明者を探している人が分かってくれるはずだと思った。
この人たちの魂が安らかに眠ってるはず。
または帰ってくると信じている。
と思っている人たちの為にも、俺は遺体だけでも持ち帰ろうと思ったんだ。
「それでは、アルマさん。俺は今から暴れるので、そばにいてもらえますか。あなたを守りながら、戦いますから。信じてもらえますかね?」
「は、はい?」
「俺は、ここにいる全てのゴブリンをあの状態にします。そして・・・こうです」
俺はマジックボックスから四角の小さな箱を取り出した。
上部に導火線がついている俺の最強の隠し武器、地形破壊に使う爆弾である。
「・・そ、それは、なんですか?」
「小型爆弾です」
「ば、爆弾!?!?」
「ええ。こいつで、この洞窟を木っ端みじんに破壊して、二度とゴブリンたちが住めないようにします。たぶん、ここで全滅させただけでは、おそらく外部からまたゴブリンみたいな奴がここを根城にするでしょう。だったら、ここを一生使えないようにします。もう二度と同じ事件を起こさせない! 今後の治安を守ります」
「・・・え、ええ????」
驚きすぎて顎が外れているアルマさん。
俺の話を信じてもらえてないみたいである。
俺の持つこの爆弾。
これもスキルである。
『
二つとも名称通りの効果である。
単純な分、器用さと腕力と背筋力が必須のスキルたちである。
「ついてきてください。アルマさん、おねがいします」
「は、はい。わかりました。こ、こちらこそお願いします」
「ええ。大丈夫。信じてください。何なら俺の左手を握ってもらっても大丈夫ですよ。それでも守りながら戦えますから」
「そ、それなら。お願いします」
頬が少し赤いアルマさんは俺の手を握ってくれた。
その行為で、彼女の不安を取り除こうとしたのだが、彼女の脈が心なしか速い。
余計に緊張させてしまったかもしれないと思った。
俺たちは洞窟内を回りながら、主要の箇所に到着すると、爆弾を設置。
爆弾の設置場所付近には、四肢を切り落としたゴブリンを設置。
俺はわざとゴブリンをそこに配置した。
◇
俺とアルマさんは二人で洞窟を出た。
「ルルロアさん。ど、どうするんですか」
「はい。これにて、この洞窟に火をつけた爆弾を遠投します。洞窟の壁にこれさえ当たれば、そこから一気に壁が崩れていきますからね。その衝撃で他の爆弾も連動していって、洞窟全体を完全破壊しますよ。では、衝撃が凄いので、耳を塞いでください」
「わ、わかりました」
俺は洞窟に体を向けて、遠投を発動させる。
「んじゃ。死にな。ゴブリンども。動けないその体で、自分と仲間が潰れていく様を最期の時まで見るんだな! ここより貴様らに地獄を見せる」
俺は、ゴブリンの最期を想像した。
動けない体。
迫る天井の壁。
次々と聞こえる仲間たちの悲鳴。
奴らが俺たちにやってきたことのお返しである。
やったことはやられる。
倍にして返されるのだという事を思い知れ。
「くらえ! 爆弾投擲だぁあああああああああああああ」
剛速球で投げた爆弾は洞窟の中ではじけ飛んだ。
轟く轟音は洞窟内部に反響して、入口付近に爆風と共に跳ね返って来た。
洞窟内にある音圧と風圧の中。
俺の耳はゴブリンの悲鳴を捉えていた。
「それが地獄・・・でも貴様らの罰としてはまだぬるいな。しかし、今の俺では、こんな技しか出来ないわ。残念だ」
無念である。
俺がもっと強ければ、もっといい手があったのかもしれないと俺は思って、彼女をおんぶして皆の元へと戻ったのである。
◇
「な、なんだ。エルの魔法か?」
ミヒャルは大きく揺れる地面に驚き、エルミナに聞いた。
「違います。私の魔法は、モンスターの肉体を消滅させても、地形に変化を起こすような衝撃のようなものはありません」
エルミナは、しっかりと答えた。
「じゃあ、なんだよ。これはすげえ揺れだ」
「・・・下だ。音がする。爆発したような音・・・」
イージスが聞き耳を立てて、原因を探る。
五感に優れる仙人は、下の振動の原因を聞き当てた。
「なんだって。何が起きたんだ。こいつはよ」
「下…というと、ルルでは? ルルは斜面を下りましたよ」
エルミナはルルロアの顔がすぐに浮かんだ。
このような大規模な事を起こすのはあの人しかいないと思っていた。
「そうか。ルルか。なんかしでかしたな。あいつ、怒ってたもんな」
「ええ。女性を攫ったのです。ルルなら当然に怒るでしょう」
「そうだな。あいつ優しいからな」
「・・・当然だ・・・ルルは優しい・・・おらが寝てても怒らない」
イージスは本気でこう思っていた。
「「・・・いやそれは・・・いつも怒ってるような・・・」」
ミヒャルとエルミナは、同じ感想が同じタイミングで出た。
◇
「くらえ! このでかぶ・・・つ・・・って、何だこれ」
レオンとオークキングが、ぶつかり合う寸前。
突如として足場が揺らいでしまう。
激しく揺れる地面に対応しようとレオンは動きを止めてバランスの立て直しを図った。
揺れに対応したレオンが、目の前のオークキングを見ると、そっちはきくバランスを崩しているのが分かった。
体が大きい分、踏ん張りがきかなかったようだ。
「こいつはチャンス! まあ、なんだ。どうせ、この地震もどきは、ルルの仕業だろ」
異常事態であるのに、勇者レオンにはルルロアへの絶大な信頼があった。
全く今の現状に動じていない。
「だったらなあ。ここまでお膳立てしてもらったんだ。俺が倒さねば、いかんな。仕切り直していくぜ。デカブツ!!!」
レオンは揺れている地面を蹴って、大きく飛び跳ねた。
「くらえ。
三色に輝く剣が、オークキングの頭上に入ると、そのまま真っ二つに切り裂いた。
勇者レオンは、鋼のような防御力を誇っていたオークキングをいとも簡単に斬り伏せたのであった。
「よっしゃ。俺もCランク位は倒せるってことだな。ってはぁ~。疲れた」
レオンは、自分の実力に満足して剣を納めたのであった。
◇
こうして俺たちは、前人未到のクエストを達成した。
それはどういう事かというと。
本来。
俺たちのクエストはDランクの護衛任務だった。
Dランクの護衛任務のモンスターは通常Eランク相当の出現でなければならない。
なのに、今回の依頼はそのレベルのものじゃなく、Dランク帯のモンスターであった。
ならば今回の依頼は、本当はCランク相当の護衛任務となる。
しかし、ここで問題がある。
それは、今回の戦闘がモンスターパレードであったことだ。
モンスターパレードで出現するモンスターのそのランクがたとえEランクであっても、四級の冒険者だけで遭遇した場合、確実に死である。
それがモンスターパレードというエンカウントバトルである。
そして、今回出てきたモンスターのランクは、Dランク。
さらにその上で護衛任務である。
ということは、護衛任務のランクとしては、二つ難易度が上がってBランク相当の任務であったのだ。
そして、レオンが対峙したモンスターはCランク。
これの護衛任務なので、これまた任務ランクはBランク相当となる。
よって、俺たちはこの護衛任務を同時に二つ引き受けたのと同じ事になり、準一級冒険者以上の実力がある四級冒険者だとギルドの人々に評価されることになった。
だからギルドに帰った後の冒険者ギルドでは、お祭り騒ぎとなった。
褒め讃える職員を宥めるのにレオンは苦労していた。
ざまあみろ。
と思う反面、俺は誇らしげだった。
俺の大切な友人が、皆から賞賛されるのがとても嬉しかったんだ。
そして。
レオンたちはこの事で、ランクが一気に駆け上がって、二級冒険者となった。
初クエスト達成で二ランクアップは冒険者にとって初の出来事だった。
それほどの偉業である。
レオンたちが二階級もいきなり上がったのは、より早く上位の任務に就いてもらおうとするギルドのお偉さん方の思惑があった。
異例のスピード出世にはこのような意図があったのだ。
そして俺は、そのまま四級冒険者のままであった。
なぜなら、俺は任務中に戦わず、ただ指示を出していただけと認定され、それに皆がモンスターを倒す際には、その場におらず、実質メンバーから外れたことになっていたからだ。
冒険者ギルドから、俺だけが仲間外れとなった評価を受けたが。
俺はそれでも満足だった。
だって。
「ありがとうございます。ありがとうございます。あなた様のおかげで私の身体は無事でした。身を汚されなくて済みました。本当にありがとうございました」
アルマさんはやたらと早口でお礼を言っていた。
少し顔を赤らめているのだが、俺の元に急いで走って来たのかな?
なんて思ったりした。
「いえいえ。あれは護衛任務、あなたの無事も守らねばなりません。当たり前のことですからね。だから全くお気になさらずで。あなたがとにかく健康で無事でよかったですよ。あと、余談ですけど、あそこの山に行くときは、もう少し、良いランクの冒険者を付けることをお勧めします。会社に進言してくださいね。最低でも二級くらいはあった方がいいですよ!」
「わかりました。そのようにします。ほんとうに・・・ほんとうに・・・本当にありがとうございました」
「ええ。お元気で。アルマさん」
と俺はアルマさんの多大な感謝を受けたから、俺的には自分の階級などどうでもよかったのだ。
人の役に立てば別に四級とか二級とか、レオンたちとは立場が違うことなどは、どうでもいいことなのである。
依頼にはその人の願いがある。
だから別に、俺の出世とかは関係ない。
俺は、人の願いを叶える冒険者になりたいんだ。
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