第32話【始祖の剣聖】②
一応、この学園は午後四時で全ての講義が終わり、後は学生の自由時間となる。
その自由時間は鍛錬に当てるつもりでいたのだが、そんな気にすらなれない。
結局、小生は男子寮の自室にも戻らず、当て所なく校内を彷徨いて、結局人気のない校舎の屋上に来ていた。
なんだか、立っているのもバカバカしくなった。
小生は膝を抱えて座り込み、物凄く広い校舎をぼんやりと眺めていた。
木も、草も、人も、聞こえてくる言葉も、そして空の色さえ違う、異国の地。
思えば遠くに来たものだ。
それも、全ては【剣聖】となるため――それは半分は真実で、もう半分、小生の小生ではない部分の目的は、そうではなかった。
【始祖の剣聖】、マリヤ・バレンタイン。
我が姉弟子にして、我が師の、つまり小生の前世の家族であった人。
小生でさえその全てを思い出しておらぬ師の技を、全て受け継いだ娘。
今、世界の武の頂点に立つ【剣聖】になるのは、小生の夢。
そして、立派に成長し、平らかなる世をその手で創り出したマリヤに会うのは、前世の自分の夢である。
一体どうして、マリヤは歴史の影に消えてしまったのか。
消えたと言うならば、彼女はその後、どのように生きたのだろうか。
小生が悶々と考えていた、その時である。
「クヨウ、こんなところにいたの」
小生が振り返ると、エステラが心配そうな表情で立っていた。
ああ、と小生がぼんやりと応じると、エステラが顔を一層曇らせた。
「なんだか、物凄く落ち込んでるじゃない……。午前中のことと言い、本当にどうしたの?」
「あ、あぁ、そんなふうに見えるかな?」
「そう見えない角度があるなら教えてよ」
「心配させておるなら謝る。だが小生は別に落ち込んでは……」
言い終わらぬうちに、エステラは小生の隣に歩み寄ってきて、小生と同じように膝を抱えて座り込んだ。
小生が横を見ると、多少ムッとした表情とともに、エステラが片手で制服のスカートの裾をずり下げた。
「なによ、そんな堂々と見ないでよね」
「みっ――見てないッ!」
「そうそう、それがいつも通りのクヨウの声。やっぱり落ち込んでるんじゃない」
はっ、と驚いてしまうと、エステラの視線が真剣なものになる。
「あなた、知ってるんでしょ?」
「な、何がだ?」
「【始祖の剣聖】のこと。どういうわけか全くわからないけど、そうじゃなきゃあんな反応しないでしょ」
「だ、だから、彼女は三百年前のとうの昔に死んだ人間であってだな――」
「それでも」
エステラが鋭い目で小生を睨みつけた。
「それでも、でしょ? それでも知ってる。彼女を、個人的に。――あの反応、あなたの落ち込み方から見て、そうとしか考えられない。違う?」
断言する口調だった。
小生はなんとごまかそうか迷って――結局、ハァ、と観念するため息を吐いた。
「
「りんね……何? もう一度言って」
「輪廻転生だ。小生の国では、死んだ人間は必ず生まれ変わるものだと信じられておる」
小生は長々と説明を始めた。
「人間にだけではない。
今今全ては理解できない、という表情でエステラは小生の言葉を聞いている。
小生はもう一度ため息を吐いた。
「そしてなおかつ、小生の記憶には、前世、別の人間として生きていた記憶があるのだと言ったら――あなたは笑うか」
そう言うと、エステラの目が驚愕に見開かれた。
その一言でおおよその事態を把握したらしいエステラは腰を浮かせた。
「ま、まさか――そんなことが……!?」
「普通は有り得ん。死んで肉体が滅ぶということは、記憶を司る脳まで滅ぶということ。だから記憶の持ち越しなど出来るはずもない。だが、小生には、何故なのかその記憶がある」
「そ、そのときに、【始祖の剣聖】に――!?」
「そうだ。まだ全てを思い出せておらぬが、小生は前世、少々名の知られた剣客であったようだ」
小生は視線をうつむけた。
「小生の国はこの間まで、実に三百年の間、国を
ふっ、と小生は笑い、エステラを見つめた。
そう、マリヤは美しい少女であった。
まるで人形が命を得て動いているかのように。
「少女の両親は争いの絶えない祖国を密かに脱出し、大八洲に流れ着いた。その両親も異教徒を迫害する時の権力者によって殺害された。前世の小生はその少女を秘密裏に匿い、育てた。前世の小生が見出した技を伝えることまで――」
「そ、それが、マリヤ・バレンタインだっていうの!?」
「ああ、同姓同名の別人でないのなら――そうなるのかも知れぬな」
小生は自嘲の笑い声を漏らした。
エステラは真っ青な顔で話の続きを待っている。
「それから間もなく小生の国は鎖された。そうなる前、小生は持ちうる限りの
小生はため息を吐いた。
「そう、小生が師と呼んでおる人は、前世の己なのである。小生はいまだ前世の己の全てを思い出してはおらぬ。だが、マリヤに関する記憶だけははっきりと思い出すことが出来るのだ。小生がこの学園に来たのは――マリヤがその後どうなったのかを知るためでもある」
小生の言葉に、エステラが少し何かを考え、そして口を開いた。
「けれど――別人、なのよね? 私たちが知ってる【始祖の剣聖】と、あなたの記憶の中の人は」
「そうだ。小生はあの黒髪の人を知らぬ。どうしてこうなったのかさっぱりわからぬ。同姓同名の別人であるのか、それとも誰かが彼女の名前を継いだのか……」
小生は項垂れた。
「全ては――小生の妄想なのか。前世の記憶などというものではなく、小生が勝手に創り出した、事実無根の歴史なのか」
小生は石が葺かれた屋上の一点を見つめた。
「それならば小生の記憶にあるあの乙女は一体誰なのか。
遂に白旗を上げても、エステラも何も言うことはなかった。
しばらく、お互いに無言になった後、ふっ、と小生は息を漏らして立ち上がった。
急に立ち上がった小生を、エステラが不思議そうに見上げた。
「……ふむ、らしくない」
「へ?」
「小生らしくない、と言ったのだ。小生、生来小難しい理屈を捏ねるのは好きではないのである」
小生は握り拳を握り締めた。
「思えば、こんな海の向こう、世界の果てのような場所まで来て、何故この程度で落ち込むのだ? マリヤが妄想であろうはずがない。一緒の寝床で寝て、一緒に風呂にまで入った人間が妄想だと? そんな事はいっかななんでもありえぬ」
「いっ――一緒にお風呂って――!?」
「あぁ、毎日入っていた。お互いに背中の流し合いまでしたのだ。これが小生の妄想であろうはずがない。やはり何かがあったのだ、三百年の間に――」
小生は腹の底からの声で宣言し、刀の柄に手をかけた。
エステラがぎょっとするのが雰囲気でわかったが、小生は構わず抜刀し、刀を正眼に構えた。
「ちょ、クヨウ……!?」
「おのれ面妖な……これが
「ちょちょ、何をやって……!?」
「おのれ小癪な! こんなことで小生の出鼻を挫けると思っておるのか! 誰だか知らんが慮外者めが!!」
小生は腹の底から声を張り上げた。
この程度でマリヤの実在や前世の記憶を疑ってしまった自分が恥ずかしかった。
だから――小生は「斬る」ことにしたのだ。
「この程度で小生とマリヤの絆が切れようはずもない! 三百年間も再会を心待ちにしておったのだぞ! この程度の揺さぶりで小生が諦めると思ったのか! その短慮、その浅はかさ――今ここで斬ってくれよう! エイヤーッ!!」
小生は目の前の虚空を斬った。
小生の中の迷いごと、もうマリヤに会えないのではないかという不安ごと、一刀両断に「斬った」。
静かに残心を残し、小生は刀を納めた。
「ふぅ、やはりなにか迷いが生じたときはこれに限る……やはり刀とはよいものだ」
「これに限る、じゃないでしょ! この学内では許可のない抜剣はご法度だって何回も言われてるでしょうが!!」
「ふむ、そうであったな。でも、あなたなら見逃してくれるであろう?」
「そりゃ、当然じゃない。……その、友達なんだもの」
エステラがなんだかもじもじとした表情でそう言い、小生は笑ってしまった。
エステラも、なんだか呆れたように笑ってしまった。
そう、たかだか肖像画が別人であったぐらいで、小生は何を落ち込んでいたのか。
マリヤは確実に存在していたし、マリヤはマリヤでしかなかった。
時間は、前世以上にたっぷりとある。
この学園、彼女が創設したと言われるこの学園で、何としてでも本物のマリヤを探す。
彼女が何を考え、何を感じ、何を為して、何を残したのか確かめる。
それが、彼女と自分の約束であるから――。
小生はそのとき、あらためてそう決意したのだった。
◆
前の話、途中で切れていたので増補の上再投稿しました。
前話からご確認ください。
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「いや面白いと思うよコレ」
そう思っていただけましたら、
何卒下の方の『★』でご供養ください。
よろしくお願いいたします。
【VS】
もしよければこちらの連載作品もよろしく。完結間近のラブコメです。
↓
『俺が暴漢から助けたロシアン美少女、どうやら俺の宿敵らしいです ~俺とエレーナさんの第二次日露戦争ラブコメ~』
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