第20話えんがちょ①

 背後のエステラが短く悲鳴を上げるのが聞こえた。


 その悲鳴に頭をどつかれたかのように、今度はイワンがあからさまに狼狽えた。




「え――は、は――!? あ、あれ!? て、テメェ、今何をした――!?」

「斬った」




 あっけらかんと言った小生に、イワンの顔が弛緩した。




「こ、この状況でワケわかんねぇ冗談抜かすなサル! テメェの国の冗談アネクドートは笑えねぇんだよ! なんだって!? いっ、今なんて言った――!?」

「だから、斬った、と言っておるだろうが。全く、静電気で産毛が逆立って不快で敵わん――」




 小生はそこで、刀の鋒を地面に近づけた。


 ビリッ! と、小生に帯電した電気が青白い火花を発して地面へ逃げる。


 それを見たイワンが、よたよたと後ずさった。




「……オイ、冗談よせよ、まっ、魔法だぞ!? 電撃だぞ!? きっ――斬ったってなんだよ!? どういう意味だこの野郎!!」

「斬れるから斬ったまでのこと。あれだけ強く発光しておったし、小生の目にもよく見えた。それだけのものが何故に刀で斬れぬ道理がある?」

「な、にを――何を言ってんだ!? わッかるように説明しやがれ!!」




 ドスドスッ! とイワンは苛立って右足で地団駄を踏んだ。


 正しく悪童そのものの所作に、小生は顔をしかめた。




「今現に見せてやってそれでは、教えても無駄だ。貴公のような出来の悪い独活うどの大木につるかめ算を教えたところで理解出来ぬだろうが。小生、これでも無駄な努力は嫌いなのである」




 理屈は理解できなくても、悪罵は理解できるらしい。


 小生の悪罵に、とりあえず混乱している場合ではないと考えたらしいイワンが剣を振り上げた。




「こ、こ、この……! ワケわかんねぇ手品使いやがって! 小賢しい見世物はやめだ! 真っ黒焦げがダメなら真っ二つにしてやらァ!!」




 途端に、イワンの大剣が正視も辛いほどの閃光とともに雷撃を纏う。


 小生は刀を構え、大剣に向かって横薙ぎに振り抜いた。




 瞬間、再び、ピシッ――という音が発し、大剣が纏った雷撃が二つに絶ち割れて、消えた。



 

 今度こそ、イワンが声を上げることも出来ずに絶句し、己が構えた大剣を凝視して硬直した。




「見たであろう? 斬った、のである」




 小生が先回りすると、イワンが絶句したまま、剣と小生の顔を繰り返し見た。




「理解が追いつかん、という顔だな。やはりそれが貴公の思考の、貴公が操る魔術の、そして【エトノス】とかいう理論の限界なのだ」




 小生は刀を鞘に戻した。




「ならばひとつ、講釈をしてやろう。貴公がさっきからやたら本願ほんがん誇りしている【エトノス】とかいう理屈を、小生は今の今まで知らなかった。見たのも聞いたのも今が初めてである。だが、小生の国にも似た理屈がないわけではない」

「な、な――!? 東洋の未開国の癖に、そんなもんあるわけが――!」

「ある。小生の国では【えんがちょ】という」




 そう、えんがちょ――縁を千代に断ち切る技。


 つまり、この世の全てを構成する縁を断ち切る概念。


 小生は人差し指と中指の二本指を立てた。




「魔術とは何か。それは一言で言えば、熱のないところに火を生じさせる理屈。本来は逆、熱源があるからこそ火という現象が起こる。魔術とはそれを魔力を使って逆転させる技術――それは理解しているな?」

「な、何を言ってやがる! そんなもん魔剣士でなくても誰でも知ってて――!」

「知らぬから斬られるのだ。よいか。この世は全て原因があって結果がある」




 どうせ理解できぬだろうが、という気持ちで小生は説明を続ける。




「魔術とはつまり『現象』だ。結果の裏に原因があるだけで切れてはいない。だから解体できる、だから斬れる――色即是空しきそくぜくう空即是色くうそくぜしき、然るべき因縁を斬って現象を無に還す、それが【えんがちょ】だ」

「え、エンガチョ、だと――!?」

「左様。結果だけを見つめ、結果のみを誇り、この因縁の概念を全く蔑ろにしている貴公ら西洋人の術など、断ち切ることなどいとも容易いことよ――」




 因果律――この世の全てを貫く法のひとつ。


 その関係性、因縁を断ち切って無に還せば、魔法など意味を為さない。


 小生の祖国なら、大八洲の人間なら、誰でも知っている理屈である。




「だから大八洲では【エトノス】のような小難しい魔術理論など発達するわけがない。意味を為さぬからな。複雑化すればするほど因縁は増えて斬るのも容易くなる。確かに小生の祖国は小国ではあるが、貴公が言うような未開国ではないぞ」

「ばっ、馬鹿なことをゴチャゴチャ抜かしてんじゃねぇぞ、黄色いサルが! いくら俺の魔術が無効化できても、魔力ゼロのテメェが俺を倒すことなんて――!」




 その言葉が終わらぬうちに、小生は右手をイワンに向かって掲げた。




「《雷撃ライトニング》」




 途端に、ピリッ……という音と共に小生の右手に紫電が奔り――先程の雷撃の牢獄に倍する雷撃がイワンに向かって迸った。


 イワンの絶叫すら掻き消す轟音が、裏庭を、魔剣学院の校舎そのものを揺らす。




「せっかく講釈してやっておるのにその地点に戻るな――次は本気で雷を落とすぞ」




 プスプス……と、真っ黒焦げになったイワンが口から黒煙を吐き、白目を剥いて仰向けに倒れる。


 おや、だいぶ加減してやったというのに、致命傷にならなかったのが不思議なレベルと見える。


 まぁいい、これで地面にひっくり返るのは四回目、あと一回だ。




「魔力量だと? エーテルとの交感能力だと? これだけ周りに潤沢にあるものを、何故己の中に取り込む必要がある?」

「カ……カ……!! な、なん、だど……!?」

「斬れるということは、紡ぎ直すことも出来るということ――ただその場でエーテルを操作し、因縁を拵えて『ある』ことにすればよい。故に魔法とは『ある』が、同時に『ない』もの……その程度のことすらわからぬか」




 ぎょっ、と音がしそうな勢いで、背後のエステラが仰天したのがわかる。




「そ、そんな――! くっ、クヨウ、あなたそんな事ができるの!? エーテルを取り込まないで魔法を発動させるなんて……!」

「何も。これしきのことは我が国では当然の技である。いやしかし、やはり魔術は好かん、剣で斬り結ぶ高揚も何もない。……これでも威力は加減はしておるつもりなのだが」

「た、大気中のエテーテルを直接操作して魔法を発動するなんて無茶苦茶じゃない! そ、それじゃあ、あなたの魔力量は……!」




 無限。


 実際にそうなるのかどうかは知らないが、彼らの理屈ではそうなるのであろう。




「魔力量など測っても意味がない、とはそういう意味だ。大八洲の武士とは、この気を操ることに特化した人々――その気のあるなしを機械や道具で図れるはずもない。測れぬからこその魔力なのだ」




 小生は一歩、ひっくり返ったままのイワンに歩み寄った。




「元々自然法則に適わぬ道理、だからこそ魔力、魔の力……。元より魔道に属するものを科学的な理屈で測ってどうする。それでなにがわかるというのだ。まして人間如きが計測できる程度のものを誇ることなど――愚かの極みなり」




 小生は黒焦げのイワンに向かって身体を開いて構えた。




「さぁ、講義は終わりだ。悪いがその大剣、一刀両断、と行かせてもらう。流石に貴公のような外道はエステラの隣に置いておくわけにはゆかぬからな――」




 小生が刀の柄を握った、その瞬間。


 ぐるん、と目玉を回転させ、正気を取り戻したらしいイワンが――倒れたまま咆哮した。




「クソッ……ナメやがってナメやがってナメやがってェ!! もう我慢ならねぇ、この校舎ごとふっ飛ばしてやらァ!!」






「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。



【VS】

もしよければこちらの連載作品もよろしく。ラブコメです。


『魔族に優しいギャル聖女 ~聖女として異世界召喚された白ギャルJK、ちょっと魔王である俺にも優しすぎると思うんです~』

https://kakuyomu.jp/works/16818093073583844433

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