if 私の決意

『今は引くが、必ずまたここに来るからな!』バーナードはそう言って帰っていった。


ムンババ大使はバーナードが出て行くまでずっと一緒にいて下さった。


ミラは憔悴しきっている。


なんとか彼女をなだめ、私はバーナードから逃げるために王宮へ行くと告げた。

必ず手紙を書くからと言い、困ったことがあれば連絡する、ステラに任せれば私は大丈夫だと説得した。


それからムンババ大使と二人だけで話がしたいからと、彼女に席を外してもらった。






私は大使に、迷惑をかけたことを謝り、助かりましたとお礼を言った。


「ムンババ大使がいて下さったおかげで、彼も無茶をせずに、帰ってくれたのだと思います」


ムンババ様は頷いた。


「彼は自己愛が強いタイプだな」


昔のバーナードは違った。

もっと領主らしく、正義感に溢れ指導力や統率力に長けた、能力のある人だった。


「君がかなり困った様子だったのでここにいたが、彼をこのままにしていると危険だ」


バーナードの憤った姿を目の当たりにした。


「私は彼にとって元妻ではなく、敵になってしまったようです」


「逃げるのが一番だが……やっかいだな」


関わらないようにしたいが、彼が追ってくる。そして話は通じない。




私は正当な方法で離婚していない。それが今、自分自身の首を絞めている。

そしてお腹に彼の子供がいる。自分一人の体ではないから無茶はできない。


だからといって、関係のない皆を巻き込むわけにはいかない。


「ムンババ大使。先程のステラの話ですが、ステラから私の事を、どこまでお聞きになっていますか?」


「王太子妃からは、君が友人で、離婚してこの国に来ていると聞いた。自分は簡単に王宮から外に出られないから、ソフィアの様子を知らせて欲しいと頼まれた」


「そうですか」


お腹の子供の事はステラからという事だろう。


「面接の時、大使は確か『ご主人はどうしているか』とお尋ねになられました」


彼はフッと苦笑いした。


「すまないな。君にその質問をして、どう答えるかで、訳があるのかどうかを判断した。子供がいるが離婚している。そして私にそのことを正直に話さなかった。確か、この子の父親は外国にいると言っていたな」


「申し訳ありませんでした。正直に話せませんでした」


「つまり話せなかったという事は、理由があるという事だ」


私は黙ってしまう。全てを彼に話してしまっていいのだろうか。


考え込んでしまい、気まずい沈黙が続く。ムンババ様はその沈黙を埋めようとはしなかった。


時間が過ぎる。


「大丈夫だ。私は待っているから、ゆっくり考えて説明してほしい」


彼は急かさず、そう一声かけてくれた。


ムンババ大使は、感情に振り回されず、周りを思いやることができる大人な男性だ。



私は意を決し、話し始めた。


今までにあった事、問題や恥ずかしい話も包み隠さず伝えた。


彼はまっすぐ私を見て真剣に話を聞いた。


「……そうか」


彼は相槌を打った。




「ソフィア。君がとった行動は、その時の精一杯だったんだろう。それが間違っていたかどうかを考えるより、この先どうするかを決める事が先だな」


「はい」


「君は、先程バーナードの目の前で、侍女を祖国へ帰すと言った。わざとあの場で、言ったのではないかと思ったのだが……」


発する言葉の裏側にある本質を、彼は聞き分けていたようだ。


「今回私の居場所が特定された原因は、ミラです。彼女は私を大切に思ってくれています。けれど嘘がつけない。ですから敢えてバーナードの前でミラを国へ帰すと言いました」


「彼女が国へ帰れば、これから先の君の情報が外部に漏れないと考えたんだな」


今後ミラから情報が得られないと思えば、彼女は用済みになるだろう。ミラは彼女の実家へ帰そう。

今まで尽くしてくれた感謝は忘れない。

今後彼女が生活していくのに十分な謝礼を渡そう。


共に過ごしてきた侍女に首宣告をする酷い主人だろう。


けれどミラと一緒に行動するのはハイリスクだ。


「情報が漏れないようにする為と言いますか……」


正しくは情報を錯綜させるつもりだった。漏れても大丈夫な状況にする。





私は話を変えた。


「ムンババ大使が先ほど言われた、ステラが私を王宮に呼んでいるという話は事実ではないでしょう」


大使は、おやっ?という風に少し驚いた顔を見せる。


「すまない。あの場で彼を引き下がらせるいい手段が他に思いつかなかった」


やはりそうかと頷きムンババ大使の説明を待った。


「王宮だったら、彼は簡単に中には入れない。それに君は慈善事業で母子の為の施設を立ち上げたと聞いている。この国にも今後、必要になる良い施設だと思う。実際ステラ妃も母子施設の建設を考えていらっしゃる」


確かに慈善事業は王室の仕事の一つだ。でも、妊婦で平民で他国の国民だった私を、王宮に住まわせることは難しいだろう。


「ありがとうございます。けれど今、私はそのような大きな仕事ができる体ではありません。ステラが概要を知っているので、本当に必要ならば、彼女が慈善活動の一環としてすると思います」


「そう……なのだろうが。まぁ、そうだな」


「女性のための基金を立ち上げたり、マザーハウスに全面的に協力してくれていたのは、他でもないステラですから」


ムンババ様は眉間員しわを寄せ「王太子殿下がその考えに納得すればいいが」と呟いた。


王太子とステラの夫婦関係に、なにか含むところがありそうだと思った。

けれど王室の詳しい内情を外部に漏らすことはできないだろう。


「ステラにも手紙を書きます。落ち着いたら皆にも連絡します」


「落ち着いたら?」



「私は王宮へは行きません。この国を出ます」


彼は私の言葉にハッとする。


「それは、良い考えではない。まず、ステラ妃に相談すべきだ」


ムンババ大使は早まった行動をとるなと言いたげだった。


「ステラの……王太子妃のお立場を考えての事です」


彼は険しい表情だったが、しばらく考えている。


「王宮へ行くと言ったのは、ミラとバーナードにステラ様の傍にいると思わせるためか」


「はい。そうです」



「……だが、行く当てはあるのか?」


『行く当ては……ない』


けれど私は「あります」とムンババ大使に頷いた。




私はもう誰にも迷惑をかけず、私一人で行動しようと決意していた。



「大使。お世話になりました。本当にありがとうございました」


そして私は深く頭を下げた。




母親になるという事は強くなるという事だ。


私は必要最低限の荷物を鞄につめ、ステラから離婚を決意した時に貰った大事な宝石を握りしめる。


これがあれば何とか生きられるだろう。


そして思い切りよく立ち上がった。


私はお腹の子と一緒に絶対に幸せになってみせる。


ミラは嘘がつけない正直者だ。だからもし、国に帰って彼女が私の居場所を聞かれたら王宮だというだろう。

彼女が事実だと思っている事がフェイクなら、きっと相手は混乱する。


余計なことを深読みさせて相手を欺き、絶対バーナードから逃げ切ってみせる。



私は、完全に皆の前から消息を絶つ。




※改稿しました

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