if ミラの手紙

見て下さいとミラが新しく買った赤ちゃん用のボンネットを私に持ってきた。

それは小さな帽子で、絹の生地に縁にレースのフリルがついていて刺繍が施されている。


「見ているだけで幸せな気分になるわね。でもまだ早いわ」


「いいんですよ。いつか必要になりますから!おそろいでスタイもあったんですけどやっぱり見た目より肌触りを重視した方がいいかと思って、それはちょっと考えようと思ったんです」


ミラは我が事のように赤ちゃんの誕生を楽しみにしている。

お腹だってまだ目立っていないのに、準備しとかなくてはといろいろ揃えだした。


「後からで間に合う物は今は買わない方がいいわ。まだ、男の子か女の子かも分かってないんだし」


「そうですよね……性別が分からないと無駄になってしまうかもしれませんものね。お洋服は後で買った方がいいですね」


編み物の手を休めてミラに笑いかけた。





「でも、バーナード様もマリリンさんが酷い女だって気が付くのが遅すぎましたよね」


ミラは赤ちゃんグッズをタンスに片付けながら、何気なくそう口にした。


「……えっ?」


今なんて言ったの?


「あっ!」


ミラはまずいと思ったのか急にくるりと背を向けた。


「ミラ?何故バーナードの事を知っているの?領地を出てこの国に来てから三カ月よ。バーナードの情報なんてどこで知ったの?」


ミラは顔をうつ向き加減にして、目だけ上へ向けて機嫌を伺うように私を見た。


「怒らないから正直に話して」


できるだけ優しく聞こえるようミラに問いかけた。


「あの……すみません。でもちゃんと偽名でやり取りしていますから。絶対にソフィア様の事は知られていません」


どういう事だとミラに訊ねる。



「邸のメイドの子と手紙を送りあっているんです。でも、私は偽名を使っています。彼女も信用できますし、絶対にバーナード様にはこちらの事は伝わりません。勿論ソフィア様の事は『お元気です』とだけしか書いてません。だから大丈夫です。私の名前だって書いてません偽名です!ミランダにしてます!」


ミラには両親もいるから手紙を出すことは許可していた。ただこちらの住所は書かないで欲しいと頼んだ。落ち着くまでは元気でいるという知らせ程度に留めておいてもらいたいと言っていた。


まさか邸のメイドと文通をしているなんて思ってなかった。


私は頭を抱えた。


いつかはバーナードと会う日がくるかもしれないと思っていたけど……




「確かに、邸がどうなっているか気になるわよね。領地や領民が今どうしているか心配なのはわかるわ。ミラは私を一人にせずこんな外国まで一緒に来てくれたんだもの。気持ちは分かる。でも、今はまだ居場所を知られるわけにはいかないの」


お腹にバーナードの子供がいることが分かれば、私は領地に連れ戻されるかもしれないし、司教を騙した罪で下手したら罪人だ。


「はい。すみませんソフィア様。けれどバーナード様がここまで来られるとは思いません。離婚は成立してますし、マリリンさんは出て行ったとしても、今更元に戻ろうなんて虫が良すぎます」


黙っている私に、今まで抑えていたのだろうバーナードに対する不満が、爆発したように次々と彼女の口から出てきた。


「旦那様はソフィア様を妻として扱ったことなんて一度もなかったじゃないですか。あんなに領地の為に尽くしていた妻に、大した礼もいわず、いつも第一にマリリン親子のことを考えて、奥様は二の次。妻に逃げられて当たり前なんです。後悔すればいいわ。一生一人で孤独に暮らせばいいのよ」


「ミラ、口を慎みなさい。彼は侯爵であり領主様よ。もう国にはいないと言えど人に対する敬意を忘れてはいけない。私は平民になってこの国で一から出直そうと決めた。もう二度と祖国の土は踏まないつもりで国を出たの。結果的にあなたを道連れにしてしまった事に責任を感じている。ミラは司教様に嘘をついていないし、犯罪者でもないわ。いつだって国に戻れるの。ご両親もいるし、友達だっているでしょう」


「お嬢様!私はお嬢様のお世話をする為についてきました!国に帰りたいなんて言いません!」


「ミラ、怒っている訳じゃないから。ちゃんと聞いて。私と共にいるという事は、両親や友人たちとの縁を切るという事になるの。一生ではないのよ、でも今は駄目なの」


ああ、彼女に負担を強いてしまった。

私は一人で国を出るべきだった。ミラを巻き込むべきじゃなかった。


「お嬢様は、ステラ王女の親友です。ステラ王女は妊娠は分からなかったことにして、離婚したのちに判明したと言えば司教を騙した事にはならないと言われましたわ。ですからソフィア様が犯罪者だなんて、そんな事ありません。妊娠は知らなかったんだからしょうがない事なんです」


そういう訳にもいかないでしょう。

知らなかったとしても事実が明るみになれば、バーナードがなんて言ってくるかわからない。子供の親権だって奪われてしまうかもしれない。


ミラの考えは甘いわ。


「どれくらい手紙のやり取りをしたの?」


「二回だけです。往復で二回です」


「見せてもらっていいかしら?」


「……あの……私は旦那様の悪口をいっぱい書いていて。でも、彼女も旦那様の悪口を書いています」


「いいわ。みんながバーナードに不満があったことは知っているから。赤ちゃんの事は誰にも行ってないのよね?それを誰かに知られたら、旦那様にこの子を奪われるかもしれないわ」


「神に誓って!誰にも行っていません!」


そう言うとミラは手紙を取りに自分の部屋へ走っていった。








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