第10話 新しい使用人


それから使用人たちの人数が一気に増えた。

旦那様が帰ってくる前の三倍だ。

新しく入ったメイド達は、マリリンさんがどんな人なのか知らない。


最近より一層、ミラの愚痴が増えた。


「新しい使用人には、マリリンさんのことを旦那様のお客様だと説明しているから、彼女に対する扱いも丁寧なのかもしれないわね。事情を知らない使用人も多いから」


なんとか使用人たちの不満を取り除いてあげたいけど、それはなかなか難しかった。


「新人の子はマリリンさんのことを、旦那様の大切な人だって言ってます。間違いじゃないですけど、いずれ出ていく人なんですから、そんなに大切に扱う必要とかないですよね。旦那様がちゃんと立場をわきまえるよう、マリリンさんに言ってくださればいいのに。何様のつもりなのかさっぱりわかりませんし」


私はこのままいけば、新旧の使用人たちの間に亀裂が入り分断すると思った。


できるだけ気にしないように、マリリンさんのことは見て見ぬふりをしていた。

けれど私だけの問題ではなくなってきている。


新しいメイド達はまだ教育が行き届いていない。

人数の差で、古くからいる者の意見が通らなくなっているような気がしていた。


そんなある日。


「慣れない屋敷の生活で、マリリンが使用人たちから冷たくされていると言っている。もう少し気遣いを持って彼女たちに接してくれないだろうか」


突然バーナードがソフィアにそう頼んできた。


新しい使用人たちは、マリリンさんをまるでバーナードの恋人のように扱っているのは知っている。

けれど三分の一は、昔からこの屋敷で働いてくれている使用人だ。


私が女主人で、戦時中ずっとここで領地の執務をこなし、皆と一緒に頑張っていたのを知っている。

マリリンさん達に冷たく当たるのは仕方がないだろう。最初の内はお客様扱いをしていたけれど、彼女の立場は居候だ。


旦那様がマリリンさん達に対する態度を変えない限り、それは続くだろう。

愛人として彼女をここに置くのなら、そうちゃんと言ってくれなければ、私もどうすればいいのか分からない。


私は意を決して旦那様に尋ねることにした。


「旦那様、マリリンさん達を今後どうされるおつもりでしょうか?旦那様が彼女を大切に思っていらっしゃることは存じています。第二夫人としてここに迎えるおつもりですか?それならば、私にまず、相談されるのが筋かと思います」


バーナードは驚いて目を丸くした。


「まさか、そんなはずがあるか!マリリンはスコットの恋人だ。私は彼女を第二婦人にするなど考えたこともない」


なら、いったい彼女に対する扱いは何なんだろう。


「では、いつまで面倒をみられるおつもりでいらっしゃいますか?」


旦那様は無言で、思案している。


「ソフィア。赤子を抱えた女性が仕事を探せるはずがないだろう。この戦後の混乱の中、沢山の者が職を求めて苦労している。産まれたばかりの子供を抱えた女性が一人で生きて行けるはずがない」


知っている。分かっているわそんなこと。私は頷き、話の先を促した。


「頼る者がいない人々を助ける方法として、孤児院や教会、慈恵院への援助をしている。だが、全ての者を助けることはできない。マリリンには私がいる。誰かが手を差し伸べられるのなら、そうしてやるべきだと私は考えている。彼女はスコットの恋人だった」


親友の大切な人だったから助ける。それは理にかなっているだろう。けれど限度がある。助ける方法は彼女達の全ての面倒を見ることではない。

マリリンさんが今後一人でも生きて行けるように、道を作ってあげるのが必要な助けだと思う。


「そうですね。戦争で親を亡くした孤児や、夫を亡くした妻たちがどうやって生きて行くか。そういう者たちに生きるべき場所を提供するのが国の務めですし領主としての仕事だと思います」


夫を亡くした妻や、幼子を抱えた母子。戦争孤児たち。怪我や病気で働けない者たち。世の中にはそういう人たちが沢山いる。


問題はマリリンさんだけの話ではないと私は考えた。

孤児や障害を負った者たちへの援助金は国から出る。夫が戦死した妻へ対しても遺族年金が与えられる。

だけど未婚の女性で子供を持った者に対してはその制度がない。


ないのなら作らなければならない。


「もう少し、待ってくれないか。スコットの両親が、アーロンと会いたいと言ってきているんだ。その日が決まれば、彼女たちはスコットの両親の元へ行くかもしれない」


「そう……なんですね」


「ああ。マリリンの体調が整い、彼女が外出できるようになればすぐにでもスコットの両親と会わせようと思っている」


「そうですか。分かりました」


納得はしていなかったが、そう言うしかなかった。


ここは旦那様の邸で、バーナードが主人なんだから。


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