1-1 僕が救世主? こんなに世界は平和なのに(3)
父親特製のお茶漬けで、お腹も少し膨れた典史は、2階にある自分の部屋――厳密には自分の部屋だったところへと戻った。
現在は東京の会社に勤務しており、一人暮らしだ。
そんな彼が市内の公立高校を卒業するまで使っていた部屋には、小学生時代から使っている勉強机や小さな衣装タンスがそのまま置かれていた。机の脇の白壁には、かつて活躍していた女性アイドルグループの、少し色の薄くなったポスターが貼られている。
典史が高校を卒業してから10年近くも経つというのに、たまに帰省する彼のために、彼の両親は部屋をそのままにしてあった。たまに母親が掃除をするなど綺麗にはしてくれてはいるものの、普段使っていない部屋には多少のかび臭さが漂う。
そんな彼が、食後の昼寝とばかりにベッドの上のやや湿った感のある布団の上にダイブした、そのとき。
彼の部屋のドアがトントン叩かれる音がした。
「ちょっと、入っていいかな」
「……父さん? 別にいいけど」
キィという音とともにドアが開き、テカテカ光る頭とともに知良の顔が、にょっきりとそこに現れた。
「よう、久しぶり」
「ついさっきまで、一緒にいたじゃん……どうしたのさ、父さん」
「実はさ、ちょっとお前に伝えておくことがあってな」
「伝えておく……? 僕に?」
「ああ、そうだ」
新年初日の目出度さには不釣り合いな゛
「何だよ、気持ち悪いな……にやにやして。一応言っとくけど、北海道に戻って来る気はないからな」
「……それはそれで残念だけど、言いたいのは、そんなことじゃない」
一度言葉を切った知良が、更に゛にやけた顔゛で典史の顔を覗き込んで言った。
「……
「らんちゃん……? だ、誰だよ、それ」
思いもよらなかった、父親からの攻撃――いや、
一瞬、
斉藤家の、はす向かいの一軒家に「
「そ、その蘭ちゃんが、どうしたんだよ」
彼の口調に、動揺が滲み出ていた。
胸のドキドキをなんとか抑え込んだ典史が、必死に何気ないフリをする。
「だからさ……最近、その欄羅さんちが、海外赴任とかで長らく留守だったお宅に戻って来た、って話さ。この前、ウチにも挨拶に来られたんだ」
「へえ……」
「あ、でも何かしらの事情があって、帰ってきたのは娘の蘭ちゃんだけみたい。ご両親はアメリカのナントカっていう州にいるんだって」
「ふうん……」
表情の変化を読み取るようにじっと息子の顔を観察しながら話す和良だったが、何かを既に読み取ったのだろう。満足げに再び盛大な『にやり顔』をすると、椅子から腰を上げ、すっくと立ち上がった。
「ま、
「余計なお世話だよ、父さん。それに――」
「それに――なんだ?」
「何でもない。とにかく用件が終わったんなら、出てってくれ」
「はいはい。じゃあ、ちゃんと伝えたからな」
和良はそう言って、そそくさと部屋から出て行った。
それを見届けた典史が、唇を噛みしめる。
(それに――若ハゲなんてどうせモテないし、今の僕に女の子なんて関係ないじゃん)
さきほど喉の先まで出かかった言葉を、呑み込んだ典史。ベッドにがばっとうつ伏せに倒れ込んだ。
「どうせ、僕なんて……」
枕に顔を埋め、髪の薄くなった頭部に手を伸ばす、その途中――。
何かが、彼の手先に引っかかった。
(ん……?)
手に引っかかったものを掴んでみる。がさがさという、音がした。小さな紙切れ、らしい。
顔を上げて視線を向けると、案の定それは、丁寧に二つ折りにされた紙であった。
そのとき感じた、不思議な既視感。
再びベッドの上で胡坐をかいた典史が、震える手で紙を広げてみる。
「こ、これは……」
それはまさに、今朝の夢で見た紙、そのものだった。
神様と名乗る怪しき人物が「続きはwebじゃ!」と叫んで無理矢理に手渡された、あの紙である。そこには確かに、続きの話の参照先らしき、ネットアドレスが記されていた。
「け……今朝の夢は、夢ではなかったということか?」
両手の震えが増々、酷くなる。
それを暫くの間止めることができなかった、典史だった。
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