第5話 避けタンク


「避けタンクか、、、」


 『避けタンク』は読んで字のごとく相手の攻撃を避けるタンクである

 タンクは”ヘイト”というモンスターからの”敵意”を意図的に高めることでモンスターからの攻撃を引き付けることが仕事だ。

 ヘイトは攻撃や回復などの行動を起こすことでたまっていき、高いほどモンスターから狙われやすくなる。タンクはスキルを駆使してモンスターのヘイトを稼ぎ味方に攻撃が行かないようにする。―――ゲームではないため確実にというわけではないが。

 避けタンクも通常のタンクと同様に『ヘイト上昇』や『挑発プロボーク』などのスキルでモンスターのヘイトを集めて攻撃を自分に引き付ける点は一致している。違うのはタンクは盾を用いて防ぐのに対し、避けタンクは集めた攻撃を避けて、あわよくば反撃する。


 長所はタンクと違って攻撃する回数が多いのでヘイトを稼ぎやすいことと、防御ではなく回避なのでダメージの蓄積がないこと、なにより先に挙げたタンクが嫌煙される理由である「痛い」と「つまらない」がないことだ。

 一方短所は避けるのに失敗すると被害が大きいこと、モンスターの数が多いと通常のタンクよりつらいことだ。端的に言うと「難しい」。


 つまりヒナタが言っているのは「別につまらないタンクとかやらなくてもいいよ?(難易度高いけど)回避タンクとかやってもっと楽しくやろ?でもインハイは目指すんだから手を抜いたりはしないよね?」

ということである。



「何よその目、私だって適当に提案してるわけじゃないんだからね!」

「ほう、なら聞かせてもらおうではないか」


 僕とチアキの訝し気な視線にたじろいだヒナタが慌てて弁明する。


「避けタンクは普通のタンクより攻撃が多いでしょ?だから実質タンク0.5人、アタッカー0.5人分ってところなの」

「まあ言いたいことは分かるよ」

「私が魔法剣士をやるからアタッカー0.5人、メイジ0.5人分。パーティー全体で合わせればタンク0.5人、アタッカー2人、メイジ1.5人、ヒーラー1人ってところね!」


 とんでもなくバランスが悪くないか?

 あまりに自信満々に言うヒナタに対して何も言えずにいると、横でコハルさんが小さく手を挙げた。


「私はヒーラーとは言いましたが、それだけだと面白くないのでモンク殴るヒーラーをやろうと思います」

「、、、アタッカー2.5人、ヒーラー0.5人ね」

「自分がわがまま言うから拒めなくなってんじゃん!タンク0.5人にヒーラー0.5人になっちゃったじゃん!」


 攻撃的布陣にもほどがある。世界の上位パーティーでもモンクや避けタンクが入った攻撃的な布陣というのは見るが両方というのは聞いたことがないし、加えて魔法剣士とかいうロマン枠までいるとかふざけている。

 魔法剣士は『身体能力上昇』『剣術』『属性付与』『MP上昇』の4つが始めるうえで必ず必要になるためビルドの枠が厳しく、派手ではあるが戦闘が探索者の技術任せで非常に難しいジョブである。


「タンクもヒーラーも不十分なパーティーで探索できないでしょ!?ひとり怪我したら総崩れだよ?」

「タンクが失敗しなかったら総崩れしないでしょ」

「それ!やるの!僕!」


 他人事だと思って軽々しく抜かす。プロの世界ですらタンクが受けきれないことも多いのに、初心者の僕が避けタンクやって捌けるわけないでしょ。


「別に無理に避けタンクやれとは言ってないよ?シュンが良いなら普通にタンクやってもらっても」

「俺はメイジで魔法がぶっ放せるなら何でもいいぞ」

「、、、」


 それは何となく負けた気になるから嫌なのである。


「アタシは別にいいと思うけどなあ。攻撃重視になればなるほど攻略速度が上がるわけだし、タイムアタックとか有利になるじゃーん」


 最後の良心であったはずのサツキまでもが自分のステータスボードをいじくりながら投げやりに言う。ダンジョンで扱う武器である槍を使いなれた形状に調整しているらしい。使い慣れてるってナニ?


 しかし賛成3棄権1反対1というのは事実。


「ほら、シュンも結局普通のタンクはやりたくないんでしょ?なら一回試しにやってみようよ、一回だけでいいからさ!」

「、、、わかったよもー」


 かくして、ダンジョン狂どもの狂気と僕の「他の人は好き勝手やってるのに僕だけつらいタンクはやりたくない!」という器の小ささが災いして、タンク0.5人、アタッカー2.5人、メイジ1.5人、ヒーラー0.5人という奇怪なパーティー構成が完成したのである。



######



 ジョブが決まったところで各々ビルドと武器を準備する。

 避けタンクである僕はビルドを『身体能力上昇』『ヘイト上昇』『挑発』『シールドバッシュ』『アクセル』で設定し、武器は丸く小型の盾であるバックラーと刃渡り30センチ程度の短剣にした。

 ヒナタは見た目重視か長剣一本。サツキはなぜか使い慣れているという槍、長さがちょうどサツキの背丈ほどで穂先がシンプルな直槍だ。コハルさんはヒーラー用の杖としても、殴るための武器としても使える金杖。チアキも杖、かと思いきや登録用のオーブと同じように薄く光を放つ宝石が埋まったバンクルを設定していた。


「こうして見るといろんな種類の武器があるんだな」

「杖とバンクルは性能一緒だけどね」

「馬鹿め、バンクルは杖より持ち運びが楽になるのだ」


 バンクルは金属製でできたドーナツ型の魔法具であり、魔法を放つために必要な装備だ。魔法剣士が使うような『属性付与』には必要としないので、正直なぜ装備しなければ魔法が放てないのかわからないがダンジョンの法則ルールだから仕方がない。

 杖は咄嗟の場面で身を守ることに使えたり、人間のイメージとして魔法使い=杖が定着しているため、プロでもメイジは杖を使う人が多い。なんならとんがり帽子やローブを準備する人もいるぐらいである。


「逆にコハルのは持ち運び大変そうだよね、いくら身体能力上昇があるといっても」

「私こう見えて鍛えていますのでご心配なさらず」


 ヒナタがコハルさんのステータスボードを覗き込みながら言うと、コハルさんは腕を曲げて力こぶを作った。コハルさんの金属製の杖はモンク用の装備らしく―――魔法剣士や避けタンクにそういった武器はない―――無骨な六角柱の形をしている。頑丈で殴打に使えるが、反面重くヒール効率も少し下がるらしい。


「シュンの盾はやっぱり小さいね」

「そうだね。避けるのを重視して盾は最低限の攻撃を逸らせればいいらしいから」


 ちなみに盾なんて使ったことないので”逸らす”ができるとは言ってない。


 皆でステータスボードを見せ合ってスキルビルドと武器を確認する。

 それを終えると魔法陣の描かれた巨大な扉、1階層への入り口へ移動した。


「テレビではしょっちゅう見てたけど、実物をまじかで見たのは初めてだな」

「そうなの?アタシは社会見学で来た事あったけど」

「やっばー!興奮してきた!」


 ダンジョンへの本当の入り口「転移門」は僕たちの背丈の2倍を超える高さと、横に5人並んでも入れる幅がある大きな扉だった。僕たちが近づくと魔法陣が反応して発光し、静かに扉が開く。

 扉の向こうは闇。これは通過するための門ではなく、扉が開いたのはただの演出だ。一瞬視界が白一色に染まり、気付くと石畳が続く通路の途中に立っている。ダンジョン内に転移したのだ。

 服装は制服のまま。しかし各々の腕にはそれぞれが設定した装備がいつの間にか収まっている。


「きたね、ダンジョン」


 ヒナタが自らの長剣を眺めながら溢す。

 僕らのダンジョン探索が始まった。

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