第38話 麗しの雨

今日のディナーは、鮎のような魚の塩焼きと、

またも付近の野草を用いて彩られた粥。

それを彼らはペロリと平らげると、昼の襲撃について話し合っていた。


アマギ「アイリス、当初30だと推測したその感覚は、間違いなかったんだな?」


アマギがアイリスに、最初の疑問点を問いかける。


アイリス「ええ。本当にあの時は30体程度しか感じなかったの。なのに・・・」

シャルロッテ「・・・最終的に、私たちが倒したゴブリンの総計は、100体近かったと思います。もはや群れというより軍勢のそれです」


ブライト「ああ。ゴブリンの群れなんて多くとも50程度だ。あれだけの数集まっているとなると、もっと何かこう・・・作為的というか、人為的なものを感じるな」

アイリス「その数だけでも異様なのは確かね。彼らはどこから来たのかしら?」


彼女の感覚を、こうもあからさまに欺くゴブリン達。

もし初めに彼らを囲っていたのが30体で、その後短時間で数を増やしたのであれば、

彼女の気配察知の索敵範囲外・・・つまり2km以上遠方から駆けつけた事になる。


アマギ「俺達が戦いながら進んでいる時、結構な速度で移動していた。最初の襲撃で俺達を逃がし、逃げた先に更に大勢で待ち伏せる。彼らに、その程度の知恵は働くのか?」


アマギは、オーガが自身を待ち伏せし、挟撃した時を思い出す。

それと同様に、彼らが2km以上先の地点で、待ち伏せしていたとすれば・・・

最初の段階でアイリスが感知できなかった事も説明できる。


アイリス「・・・可能ではあるわ。ゴブリンは悪知恵が働くし。でも・・・」


アイリス「・・・少なくとも、私の経験上ありえない。まずあれだけの数が統率を取れている時点で、野生のゴブリンとは思えない。遠方で待ち伏せていたというのも、そんなに移動した感じはない」

シャルロッテ「はい。あの後上空から戦闘時の移動距離を検証しました。結果、アイリスさんの索敵半径は、最初の場所から最終的にたどり着いたあの狭い道の場所まで、全ての範囲を完全に収めていました」


ブライト「・・・前に迷宮を攻略した時は、壁に結界が貼られてたんだっけか?それと同じように魔力を通さない場所に隠れていたんじゃねぇか?」

ライラ「だとしたら尚更おかしくないですか?ゴブリンが結界を張るなんて」


シャルロッテ「・・・オーガのあの防御結界、明らかに野生の魔獣に収まるレベルではありません。統率の取れた集団、異常な強度の防御結界、そこに魔力を遮断する結界を使えるとなると・・・」


シャルロッテが情報を整理すると、アイリスはハッと何かに気づく。


アイリス「・・・軍隊、だったって事?」

ブライト「軍?レジスタンスの兵力だったって事か?」


シャルロッテは微妙そうに頷く。

現状最も可能性の高い回答だったが、それでも釈然としていない様子だった。


シャルロッテ「_しかしだとすれば、襲われた場所が変です。ここは前線からある程度の距離があります。前線の戦いをすりぬけて、わざわざこんな場所にいるなんて、一体・・・」


アマギは一連の会話を聞き、彼が現在持つ知識を元に思考する。


アマギ「(確かに、軍と言われれば納得できる点はいくつもある。しかし場所については、俺も違和感がある。ここはワルツからヴァンガードへ向けた旅の、まだ序盤だ。彼らが本当に軍隊であると仮定し、こんな位置まで進軍させているとしたら・・・その目的は一体なんだ?)」


アマギは更に思考を続ける。


アマギ「(・・・もしこの先にあるワルツ町への襲撃を企んでいたと仮定すれば、俺達がここを通らなければ街は危ない所だった。しかし・・・攻撃を目的とした動きだとすればやはり違和感がある。アイリスの気配察知より先に、彼らがこちらを認識して、こちらに察知される前にあの包囲陣形を組んだ事になる・・・)」


アマギの思考は、彼の扱う炎とは対照的に、氷水のように冷えていた。

そして彼はゴブリン達が、ここで何かを守っていたのでは?

という仮説に辿り着く。


アマギ「もしもあのゴブリン達が、ここを通過しようとする者を迎え撃つ目的で配置された、レジスタンス所属の部隊だとしたら。彼らが守っていた物は何だろう?」


彼の突然の発言に、一同は目を丸くして驚く。


アイリス「・・・そうだわ。何かを守っていたとしたなら、この場所にいたのも説明できる。その守っている対象が、この街道の先にあるって事だから、この先にあるものが・・・」

ブライト「ああ。でも一体何を守ってるんだ?」

アマギ「そりゃあ、レジスタンスにとって大切な物だろう。それが何かはまだわからないが・・・俺は一応、見当がついている」


アマギの言葉を聞き、シャルロッテが何かを感じ取る。

そういう事、と今回の襲撃ではなく。もっと以前の事を思い出している様子だった。


ライラ「・・・すやぁ」


彼ら四人とは別に、ライラは既に眠っていた。

業火の魔法を全開で使用し、オーガの防御結界を未知の魔術で消滅させた彼女は、

どうやら見かけ以上に魔力を激しく消耗していたらしい。


魔法使いの中には、眠る、食べる、本を読むなど、

特定の行為で魔力の回復を早める者がいる。

彼女の場合はおそらく、眠る事で魔力を急速に回復できるのだろう。


アマギ「・・・眠っているな、起こさないように片付けよう」

シャルロッテ「・・・ふふ、いい寝顔ですね」

アイリス「ええ。今まであまり活躍できなくて拗ねてるみたいだったから。今回で役に立ったと実感したんでしょう」


ブライト「・・・?飯作るのだって大事な仕事だぞ?」

アイリス「そういう問題じゃないわ。気持ちの話よ」

ブライト「ふーん・・・」


彼らは静かに、食事の片付けを済ませると、ほぼ同時に眠りについた。



アイリス「ゆっくりおやすみ、皆」


そんな中、アイリスは一人起きていた。

寝たふりをして寝そべった後、自分一人で起き上がる。

彼女は眠らなかった。眠りを必要としていなかった。


アイリスを初めとするエルフには、

“不眠の加護”と呼ばれる、

睡眠不足によるさまざまな不調を打ち消す特殊な護りがあった。

街の宿屋では眠るものの、野営をする時は常にこうして皆の就寝を守っていた。


いつかの朝、アマギが早起きしようとして彼女が常に先に起きていたのは、

彼女が一睡もしておらず、夜通し周囲の警戒に勤めていたためだった。



場所はヴァンガード、夜更けの正午。

日付が変わろうとした頃に、要塞のような街へ向け、武装した一団が歩みを進める。


彼らはレジスタンスの主兵力、遠隔による指示に従い、自立行動する魔術人形。

人間の体格を上回る大きさの武装ゴーレム達である。


夜中の襲撃に、街が喧騒に包まれる。

またか、まだ来るのかと、街の住人と兵士たちは不満を零す。

十を悠に超える回数・・・休息を必要としないゴーレム達は、

完全な統率の元、要塞都市へと攻撃を繰り返していた。


その異常な頻度と回数に違和感を覚えたのは、

情報をキャッチしたアマギだけはない。

ヴァンガードの将校達もまた同様であった。


将校A「また攻めてきたな、あれはもはや間違いない。こちらに消耗戦をしかけているだけではなく、最終的に朽ち切る事を前提にしている」


将校B「ああ、こちらを攻め落とす意思は感じられない。もはやあのゴーレム軍団はその数を当初の10分の1まで減らしている。だが、これで終わりではないだろう」


将校C「何はともあれ、今度こそは討ち漏らせん。これ以上はこちらの兵が保たん」

将校A「この街は前線基地でもある。ここを落とされれば我々の生存圏は大幅に狭まる。連中もそれを狙っている」


彼らはそれぞれ直属の兵力に指令を飛ばす。

疲れた様子の兵士たちは、不平不満を漏らしながらも街を守るために出立した。



翌朝、ヴァンガードの戦闘とは無縁の山中。

アマギ達一向は道を征く。

彼らはひとまず、シャルロッテの目指す村を目的地に設定した。

物資の補充や回復など、人のいる場所ならできる事も多くなる。


ライラ「その村まではどのくらいなんでしょう?」

シャルロッテ「飛べば数分ですね・・・道なりに歩いても、多分今日中には着くと思います」

ブライト「お前さんの飛ぶ速度はよくわからんが、今日中に着くなら大丈夫か。また昨日みたいな事がなければな」

アイリス「今の所、周囲に敵の気配はないわ。感じ取れていない可能性もあるかもしれないけど・・・」


アイリスは自身の索敵が不十分だった昨日の戦いを受け、

少し自身無さそうに安全を伝える。


アマギ「俺の勘でも敵はいない。不吉な未来はしばらく無いと思うぞ」


アマギの予測は、限定的な予知能力である。

たとえ魔力を遮られたとしても、自らに迫る死の危険を見逃すことは無い。

彼が油断したとしても、予測は自動的にその未来を見せ、回避を促す。

彼の意思や意識の有無に関わらず、魔力が尽きない限り発動状態を保つのである。


隙の生じない警戒体勢を取れるものの、

常に発動するということは常に魔力を消費するという事でもある。

彼は元々魔素量がやや少なく、魔力の回復が遅い。

そんな彼の魔力回復速度は、

常時魔力を消費するスキルの影響で、更に遅くなっていた。


攻撃力、回避力、対応力・・・非常に優れた戦闘能力を持つアマギだったが、

その一方で継戦能力、即ちスタミナが、冒険者としてはまだ貧弱。

体力的には他の冒険者に比べても優秀な方ではあるが、

一度消費した魔力がなかなか回復しないため、長時間の戦闘は不向きなのである。


シャルロッテ「私が上空を回遊しながら索敵しましょうか?」


彼女の飛行スキルは、飛ぼうとすればいつでも飛べる。

イメージするという形で集中力を奪う“魔法による飛行”とは異なり、

空中を飛びながら複雑な作業や判断を下せるのだ。

アイリスの”気配察知”やアマギの”予測”にこそ劣るものの、

高い索敵性能を実現する能力である。


アマギ「・・・いや、それには及ばない。魔力は温存した方がいいぞ」


シャルロッテの魔力量は、アマギより少し多い程度だろうか。

並より明確に優れるものの、妖精族の魔力量には及ばない。

同時に、魔素量は一般的なものだった。

魔力の回復は決して早いわけでは無いが、アマギのように遅いわけでもなかった。


シャルロッテ「大丈夫です。飛んでいる間も、魔力は十分な速度で回復しますから」


そう言うと彼女は、空高くへと飛び上がる。


ライラ「_わぁ!ほんとに飛んでる!」


アイリスは見慣れた様子だったが、

他の三人は初めて見る“飛行”の効果に目を奪われる。

白鳥のように優雅に空へ飛び立つと、あっという間に100m、200mと登って行く。

彼女はそのまま旋回しながらアマギ達の頭上に着いていた。


アマギ「・・・ちょっと羨ましいな」

アイリス「・・・言っとくけど、そう簡単には習得できないわよ。そもそも向き不向きもあるんだし」

ブライト「いやでも、わかるだろ?あんなふうに飛べたらきっと気持ちがいいぜ?」


そう話していると、彼女がゆっくりと降りてくる。


シャルロッテ「周囲に敵影はありません。それよりみなさん、大事なお知らせです」

アイリス「どうしたの?」

シャルロッテ「・・・雨です」

アマギ「うん?」


彼女がそう言うが早いか、雨音が山を超えてくる。

ポツリ、ポツリと降り出したかと思えば、

数分と経たずに辺り一体は土砂降りになった。


ブライト「あー!ずぶ濡れじゃねぇか!山の天気は変わりやすいって言ってもなぁ!?」

シャルロッテ「すみません!雨雲が向かってくるのでもしかしたらと思ってましたけど、もっと早く伝えるべきでした!」

アイリス「謝らなくていい!雨はあなたのせいじゃないでしょ!」

ライラ「と、とりあえず、近くに雨宿りできそうな場所は_!」


アイリスが走りながら魔術で地形を探査すると、近くに洞窟があるのを見つけた。

岩肌に開いた横穴から、裂け目のような穴蔵に逃げ込む。


アマギ「・・・獣の住み着いている様子はないな。雨水も入って来ない。風が吹き抜けているし毒ガスも大丈夫だろう。とりあえずここで雨宿りにしよう」

ライラ「ふー・・・びっくりしちゃいました、土砂降りですね」


ひとまず雨宿りできる場所を見つけ、濡れた体を温めるために火を起こす。


付近に乾燥した薪が無いので、

仕方なく掌に火を灯してアマギが焚き火代わりになり、

その傍らで適当に拾っておいた木材を乾かす。


アマギ「・・・俺の魔力、あんまり使いたくないんだけどなぁ」

アイリス「仕方がないでしょ。魔法で火種を起こすのは私にもできるけど、肝心の燃やすものがないもの。拾った木は濡れてるし・・・」

シャルロッテ「行軍用の礼装なら、薪がなくても火を灯せるのですが・・・すみません、現在用意がありません・・・」


そういう女性陣は濡れたコートやらフードやら、上着を脱いで水を絞る。

濡れて少し透けた服からは、肌の色が見えてやや・・・どころではない。


元々顔もスタイルも抜群に整った彼女達の場合、相当に扇情的だった。


アマギ「・・・・・(目のやり場に困っている)」


ブライト「・・・俺ちょっと洞窟の奥の方見てくるわ」

アマギ「ちょっ・・・」


焚き火役のアマギは、

唯一自分以外の男から取り残されると、ますます挙動不審になった。


アイリス「・・・?どうしたのアマギ、目が泳いでるわ」

シャルロッテ「分かります、やはり狭い洞窟では落ち着きませんよね。広い、空のような場所が一番です」

ライラ「・・・?」


ライラ「・・・!」


今の自分達が途轍も無い色気を放っている事に気付かない二人に対し、

むしろ一番幼く色気から遠いであろうライラが羞恥で頬を赤くする。

アマギは既に諦めて、彼女達が服の水分を絞り終わるまで顔を伏せていた。


アマギ「(俺の服の水は・・・後で火で飛ばすか・・・)」


ブライトもおそらく洞窟の奥で水を絞っているのだろう。

皆短時間にも関わらず、洞窟の地面に水溜りができるほどの雨を被った。

そして彼らをこの状況に追いやった雨は依然として、洞窟の外で降り続けていた。

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