第32話 夜に弾む演舞曲
夜のワルツのとある店、ギルド影響下の宿の部屋。
そこではライラとアイリスが一つの部屋で話していた。
“ブレイズ・アルコン”結成後、この街に留まっていた彼女達は、
既に何度もこうして言葉を交わし、互いの理解を深めていた。
ライラ「_でも、私は冒険者ではないのに、二人部屋を二つ使わせてくれるなんて。太っ腹なんですね、ここの人は」
アイリス「冒険者の連れだから、実質的に見習いだしね。私はこう見えて顔が広いから。上級ともなると、宿に入るだけで鍵を運んできてくれたりもするわ」
ライラ「そういえば、アイリスさんってエルフなんですよね?」
アイリス「そう。どうしたの?珍しいわけでもないでしょう」
ライラ「ううん。ただ、エルフって凄く長生きだって聞きます」
アイリス「・・・エルフにも一応分類はあってね、寿命別に四グループに分けられるわ。一番寿命の短い種でも百年くらい若い姿のまま過ごし、人間の倍以上の寿命を持つの」
ライラ「アイリスさんは、おいくつなんですか?」
固まるアイリス。ライラの質問に動きが、そして口が止まる。
彼女はどうやら、エルフが長命である事を誇りに思いつつも、
自身が周りの人間に比べて歳を取っているという事を気にしているらしい。
ライラ「・・・ああ!えっと、ごめんなさい!?気にしてるとは思わなくて」
気にしている事を見抜かれ、更に表情が引き攣るアイリス。
彼女は追い込まれると思考が破綻するタイプだった。
アイリス「いいえ気にしてなんていませんとも!歳を取ったからなんだ!老いたわけでも行き遅れたわけでもないわよ!」
ライラ「そ、そうなんですか・・・?」
アイリス「ええ!まだ、せいぜい・・・80よ」
嘘を吐いた。彼女の本当の年齢は180歳である。
ライラ「80?」
アイリス「(・・・本当はその倍以上あるけど・・・)」
ライラは好奇の眼差しを向ける。
悪気は全く無いものの、彼女にとってはコンプレックスと、
嘘を吐いた罪悪感を掻き立てられ、いてもたってもいられなかった。
アイリス「ほ、ほら!もう夜だから!今日は早めに風呂に入って寝ましょう!」
たまらず話を逸らし、ライラを立たせて風呂場へ向かう。
エルフが歳を気にするのは、人間社会に適合できている証拠であった。
そしてそんな彼女のためというわけでは無いが、
この宿屋の風呂場の看板には、回復と若返りの効果があると書かれていた。
アマギ「・・・そういえば、あのライラに似た風貌の女の人の事ばかり気にしてたけど、彼女のデータも名簿に無かったな」
アマギは露天風呂に浸かりながら、大蛇を瞬殺した少女を思い出す。
彼女は名乗らず飛び去ったが、その顔はアマギの脳裏に焼き付いていた。
アマギ「今の俺がバジリスクに襲われたとして、あの娘のように倒せるだろうか」
そう思いアマギは、
彼女の超音速ミサイルのような速度で飛び去っていく姿を思い出し、
アマギ「・・・うーん、無理」
そう結論した。上には上がいる、自分なんてまだまだだろう。
彼は一人湯船の中で星空を見上げる。
アマギ「(そうだな・・・疑問を晴らすだけじゃ無かった。せめてあの娘に会って、ちゃんとお礼を言おう)」
もう一つの旅の目的を胸に抱きながら、彼は風呂を上がろうと思い_
ライラ「あーまーぎーさーん」
そしてその瞬間。隣の女湯から、壁越しにライラの声が聞こえた。
アマギ「・・・ライラ?」
ライラ「はいー、あいりすさんがさきにあがったのでー、ひとりですこしさびしいですー」
アマギ「・・・?」
そういうライラの声は、いつもより随分と緩んでいた。
アマギ「どうしたライラ・・・?酒でも入ったか?」
やや冗談みたいな内容だが、アマギは大真面目にライラに返す。
ライラ「いえーおさけはのめませんー・・・でもゆぶねがきもちよくてー・・・」
そのままの口調で続けるライラ。
ライラ「おんせんってすごいですねー・・・わたしこのまちではじめてはいりましたー」
アマギ「ああ・・・気持ちよくてプカプカ浮いてる感じか・・・」
そう思ったアマギの言葉通り、
ライラは他に人のいなくなった湯船に仰向けで浮いていた。
アマギ「・・・こっちもブライトが上がって誰もいない、俺でよければ、少し話し相手になるよ」
ライラ「あーりーがーとー・・・」
アマギは高熱に耐性があり、自分がのぼせないと知っていた。
その上で温泉で暖まれたのは、
火の親和性による熱耐性というものが、熱による干渉そのものではなく、
高熱によるダメージを遮断するものだからだ。
アマギ「そっち、熱いんじゃ無いか?ブライトは『なんだこの湯はめちゃくちゃ熱ぃ
!俺はもう上がるぜ!』とか言って一分もせずに出ていったんだが」
ライラ「あいりすさんもおなじこといってましたー、やっぱりあついんですねこれー。わたしはけっこうだいじょうぶみたいですー・・・」
アマギ「・・・それでも長く浸かってると茹で上がるから、気を付けろよ?」
ライラ「はいー、ところでー」
ライラは上体を起こし、湯船の中の段差に座り直すと、口調を普段のものに戻した。
ライラ「アマギさんとアイリスさんって、恋人同士だったりしますか?」
アマギ「・・・!?」
突然の質問に、アマギは思わず頭上に置き直そうとしていたタオルを湯船に落とす。
ライラは気にせず(アマギの動揺に気づかず)続ける。
ライラ「えへへ、実はさっきアイリスさんに聞こうと思ってたんですけど、聞く前にいなくなっちゃったので・・・」
アマギ「・・・恋人じゃない。たまたま出会っただけの、仲間だよ」
そう言う彼は、一体どんな表情なのか。
少し顔が赤いのは、湯船で体が温まったからなのか。
ライラ「そっか!じゃあ決めました!」
アマギ「・・・何をだ?」
予感がした。壁一枚隔てた先にいる少女が、爆弾発言をする予感が。
それは予測によるものでは無い。正しく言えば予想などできていなかったのだが。
ライラ「私、アマギさんのお嫁さんになります!」
アマギ「・・・・」
予想を遥かに上回る発言に、アマギは完全に沈黙した。
アイリス「あ、やっと上がって来た。湯当たりでもしてないでしょうね」
数分後、アマギが風呂から上がってくると、
左脇にライラがぴったり張り付いていた。
ブライト「なんだ?なんでくっついてるんだ?冷水でも流れて来たか?」
ライラ「えへへ〜」
満面の笑みのライラ。ブライトの質問に答えていない。
アマギ「何も・・・聞くな・・・」
対照的に、頭を抑えて悩んでいるアマギ。
彼女のプロポーズに対し、真っ向から断るのは気が引けた。
かと言って年端も行かない少女からの婚約など受け入れられるはずもない。
アマギ「(好意を持ってくれるのは嬉しいけど、そうじゃない・・・)」
アマギはライラが、自身に懐いて_
好意を持って接して来ている事に気がついていた。
それそのものは彼もまた、快く思い受け入れていた。
心を開いてくれている事は、アマギにとっても嬉しかった。
ただしそれが恋愛感情であり、このような方向性で愛情表現をしてくるとは、
夢にも思っていなかったのである。
アマギ「どう返すべきかね、これ・・・」
竜を倒し魔剣を制した剣士はボソリと、
隣にいる過去最大級の強敵には聞こえないよう呟いた。
アイリス「・・・なんだか知らないけど、仲のいいことね」
少し不機嫌そうなアイリス。どうやら事情を概ね悟ったらしい。
ライラ「えへへへ、ありがとうです」
照れるライラは、彼女の複雑そうな表情に気づかない。
ブライト「なんでもいいけど飯にしようぜ、この宿は食堂が無いから、その辺で買い食いでもするか?」
アマギ「ん・・・そうだな、昼間気になる店をいくつか見つけてたんだ」
しばらく経って彼らは、夜の街に繰り出した。
町中で色々な料理を食し、満腹になっては公園で休み、
落ち着いて来たらまた食べた。
体を動かす仕事をしているからか、彼らの_
主にアマギとブライトの食欲は底無しのようだった。
ブライト「はー!食った食った!」
四人が宿に戻った頃には、既に日付が変わりかけていた。
出発時には宿泊客と思わしき人がいた宿のロビーは、
静寂と常夜灯の微かな光が支配していた。
アマギ「芸術の都というより、食の都だったな」
アイリス「食もまた芸術よ。特にそれを必要としないエルフにとって、料理というのは腹を満たすためで無く、味と見た目で楽しむものだしね」
ブライト「この街そんなにエルフだらけでもねーけどなぁ・・・?」
二人に付き合って食べていたアイリスは、
満腹でソファーにもたれかかる二人とは異なり平然としていた。
“胃袋の底無し度合い”で言えば、彼女の方が上回っているようだ。
ライラ「みなさん食べますねぇー・・・私はもう入りません」
アイリス「エルフは食べたものを、魔力に分解して吸収するの。物理的に入らない量でも食べ切れるのよ」
エルフの驚きの生態である。
食べて余った分の魔力は、放出されて自然に帰ると言う。
アマギ「それ初耳・・・無限に美味しいものを味わえるとか・・・羨ましい・・・」
ブライト「そうかぁ?俺はむしろ腹一杯食えることの方が大事だけどな!」
アマギ「分からなくも無いが・・・食事が必要じゃ無いなら、どのくらい食べるか自分で決めて食べているのか?」
アイリス「ええ。完全に娯楽だから。人間にとって食費は必要経費だけど、エルフにとっては趣味にお金を掛けているだけ。勿体無いからって、本当に何も食べない奴もいるわ」
ブライト「うわ、人生損してるぜソイツ・・・生きるとは食べる事!味に拘るのも悪く無いが、やっぱり腹が満たされないとな!」
アマギ「そう言えるのは、お前が本当に美味しい物を食べた事が無いからじゃないか?」
ブライト「何だとこの野郎」
アマギとブライトの間に火花が散る。
敵意こそ無いものの、お互い何か譲れないものがあるようだった
アイリス「ふーん・・・人間の食への拘りって面白いわね。あなたは?味と量、どっちが大切だと思う?」
彼女はそうライラに聞く。
少女は満腹で苦しそうにしながら、彼女の質問に答えかねていた。
ブライト「量だよな?腹が膨れるのが一番いいだろ?」
アマギ「食べられたもんじゃ無いようなモノを口から詰め込まれまくっても、腹が膨れれば文句一つ言わないのか?」
アイリス「はいはい、美味しいものをたくさん食べるのが一番いいでしょ、変なとこで張り合ってんじゃないわよ」
アイリスが仲裁に入る。だがライラに聞いたのは彼女である。
お前が言うな、と言ったブライトを、アイリスはじっと睨み返す。
彼女には彼らのような拘りは無い様子だった。
そもそも食事を必要とはしていないのだから当然である。
ライラは彼らの話を聞き、目を閉じて少し考え込み、
ライラ「_じゃあ、私が作ります」
三人「「?」」
彼女の言葉に三人とも顔を向ける。
ライラ「見ていてください。みなさんが美味しいものを、お腹いっぱい食べれるように、いっぱい料理の勉強をして、どんな食べ物もおいしくできるような・・・そんな人になりますから!」
ブライト「お、おお?」
彼女の言葉は、話の本筋からは少しズレていた。
どこから自分の将来の夢の話になったのかは分からないものの、
彼女の言葉には、彼女自身の希望が詰まっていた。
ほんの少し前まで、生きる気力を失いかけていたとは思えないほどに、
夜空に浮かぶ満月のような明るさで、暗がりのロビーを照らしていた。
アマギは「そうか。いいお嫁さんになるよ」とそう言おうと思ったが、
彼女のターゲットが自分に向いてる事を思い出し、出しかけた声を飲み込んだ。
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