第29話 墓守の花 [中]

ブライト「ヤベェ・・・こいつぁヤベェ・・・」


アマギ達と分かれて周辺探査を始めて半日。

ブライトはすっかり暗くなった森の中を、雨に打たれながら歩いていた。

槍を杖のように支えにしながら、水たまりを踏み越える。


ブライト「・・・早く教えねぇと・・・!」



更に別の場所では、エルフの女性が一人雨宿りをしていた。


アイリス「(参ったわね、戻る事を考えて無かったわ・・・誰かと行動するのが久しぶりすぎたのね、気を付けないと・・・)」


アマギ達とは別の場所の岩場の下、洞窟の入り口で瞼を閉じる。

眠っているようにも見えるが、彼女が始めたのは睡眠ではなく瞑想である。

そうして気を落ち着けながら時の経過を待っていると、

朝が来るよりも先に魔獣の気配が近寄って来た。


アイリス「・・・普通の動物なら無視するけど、魔獣はそうも行かないわね。放っておけば人が襲われる。それに・・・」


闇の中を動くトロールを、木の上に跳躍し見下ろす。


アイリス「・・・アマギ達が危ないしね!」


一撃、矢を放ち魔獣を射殺す。

竜にも通用する彼女の強弓が見事に頭部に命中する。

そのあまりの威力に頑強な筈のトロールの首が捥げ飛んだ。


アイリス「何か変だわ、魔獣は他のクエストで掃除されてる筈・・・それに花を集めながら調べたけど、森の魔力が少し変質しているような気がする。休んでる暇は無いかもね」


彼女もまたブライト同様、雨の森の中を歩き出した。


そんな二人の躍動の一方、アマギは焚き火の側でスープを飲んでいた。


ファルコ「へぇ、クランクベリーの花を・・・」

アマギ「ああ。生えている場所を知らないかな、この辺の土地には詳しく無いんだ」

ファルコ「うーん、例の崖上にはもう行ったんだよね?なら廃墟に行ってみよう」

ライラ「廃墟、ですか?」


ファルコ「うん。この辺には昔小さな集落があったんだ、今では誰も住んでいないけど。噂によると、クランクベリーはそこの人達にとって特別な花だったらしい。もしかしたら少しくらい栽培されてたりするかもしれない」

ライラ「へぇー!確かに、綺麗なお花ですからね!」


明日は彼の言う廃墟に向かってみよう、そう決めたアマギだが。

やはりまだ戻らない二人についての心配は拭いきれなかった。


アマギ「(・・・まだ戻って来ないか・・・となると出歩くのは危ないと判断して、一旦どこかに腰を落ち着けたのかな。そうで無いとしたら・・・)」



ファルコ「この先だ」


翌朝。二人は焚き火の場所にメモを残し、少年の案内で“廃墟”に向かう。

雨は夜のうちに止んだものの、木の葉からの水滴が時折首筋をつついて来る。


アマギ「その集落には名前はあったのかな」

ファルコ「どうだろう、あったとしても僕は知らないな」

ライラ「特別なお花って言ってましたけど、どんな意味があったんです?」

ファルコ「そうだね・・・僕の知り合いによれば・・・“鎮魂”だそうだ」


彼はどこに持っていたのか、どこからかクランクベリーの花を取り出した。


ファルコ「その集落の人々は、毎年春分と秋分の日に、それぞれ墓場にお供物をする。春は新芽の生えた枝を、秋は咲き誇る花を。このクランクベリーは独特な枝の形からそう呼ばれるけど、特徴的な動植物に特別な意味を見出すのは、どの地域も同じだ。曰く、別名を”墓守の花”・・・きっとお墓に植える事もあったんだろうね」


アマギ「(彼岸花みたいな物か)」


ライラ「その知り合いの人は、何でそんな事を知っていたんです?」

ファルコ「あれ、気になるかい?そこ。僕は気にも留めなかったから、何でなのかは分からないな」


アマギ「(嘘だな・・・)」


アカミネ・アマギと言うこの青年、魔法に寄らない特殊な能力を持ち合わせている。

一つは彼の扱う剣技。父親から教えられた、魔獣にも通用する戦闘技術。


そしてもう一つ。彼は嘘を見抜く事ができる。

何故かは彼にも分からない、しかしおおよそ確実に。

彼の純黒の双眸は、相手の表情の裏に隠れた感情を敏感に見分けられた。


アマギ「(気に留めなかったのが嘘なのか、分からないのが嘘なのか、そこは判別が付かないけど・・・まぁ、指摘した所でシラを切るだろうし、言いたく無いならそれでも良い)」


ともすれば魔法とも見做せる特技を晒す事無く、彼は少年の嘘を流した。

人間、何でもかんでも正直に話せば良いと言う物でも無い・・・

彼はそれをよく知っているので、他人の嘘にもそれなりに寛容だった。


ファルコ「_着いたよ」


しばらく歩き続けた先に、繁茂して崩れた建物があった。

壁から天井にかけて蔦と苔が生い茂り、木の根が柱を引き裂いている。

そんな建物の残骸が、三つか四つばかり残った場所だった。


ファルコ「僕は向こうを調べて来るよ、お昼になったらここで落ち合おう」

アマギ「ああ、気を付けて」


少年ファルコは村の北側に歩いて行った。

廃墟の周辺を調べてみるが、クランクベリーは生えていない。


ライラ「ありませんねー・・・何か、魔法で探せないでしょうか・・・」

アマギ「俺は魔法は詳しく無いしな・・・どこかで勉強できればいいんだけど」

ライラ「アイリスさんなら使えないでしょうか?」


アマギ「・・・使えるなら最初から使うだろう。花集めにも、魔獣探しにも」

ライラ「魔獣?」


草むらを探していたライラは、背後でアマギが何かを見つけ、

それを立ったまま見下ろしている事に気が付く。

彼の目の前で地面に転がっていたのは、首が跳ね飛ばされたトロールの死体。


ライラ「ひっ・・・!?」


・・・と、倒木に矢で縫い止められた頭部。


アマギ「・・・この矢はアイリスの物だ。昨夜戦ったんだろう」

ライラ「何でこんな所にトロールが?」

アマギ「街から離れているからいてもおかしく無いんだろうが・・・確かに気になるな。周辺パトロールのクエストは、昨日達成済みになっていた。この辺りは他の冒険者が安全を確保していた筈なんだが・・・」

ライラ「あ、アマギさん。これ・・・」


彼女がその場に残った足跡を見つける。


アマギ「追ってみよう。昼までに戻ればファルコも困らない」


足跡を置い坂道を下って行く。

雨の後の晴れた森を、キラキラとした水滴が飾っている。

そのまま少し歩いた先には、増水して濁った渓流が待っていた。


ライラ「・・・川に出ましたね」

アマギ「・・・川に出たな」

ライラ「足跡無くなっちゃいました・・・」

アマギ「多分、渡った後に増水したんだろうな・・・仕方ない、どこか渡れそうな場所を探すか。川上に向かおう」


間違って落ちないよう、川と少し距離を取りながら移動する。

その道中も花が咲いていないか注意を配る。

確かに少しは集まったが、昨日と比べれば雀の涙。

僅かな成果を袋に詰め込み、川に掛かった橋に辿り着く。

当然だが渡った先に足跡は無い。

仕方が無いので川下に降りようと、再び歩き出した直後だった。


ブライト「アマギ!」

アマギ「・・・ブライト!ここに居たか・・・」


更に川上から、もう一人の仲間が駆け降りて来た。

彼は少し怪我をした様子だったが、濡れた岩場を滑る事無く降りて来る。

明らかに水場に慣れている。そして急いだ様子だった。


ブライト「良かった、そっちは異常無しだな。アイリスは?」

アマギ「お前同様に戻って来なかったから、今探している所だが・・・どうした?」


ブライト「ヤバい物見つけちまった、クエストとは関係ねぇが放っておけねぇ。力を貸してもらうぜ」



彼が案内した先は、直線で結べばその場からそう離れた場所では無かった。

道中には魔獣の死体が転がっている。ブライトが倒して来た物らしい。


ブライト「避けれる分は避けたんだがな。まだまだいるぜ」

アマギ「何でこんなに・・・」

ライラ「ええと・・・」


何かを言おうとして口を噤むライラ。


アマギ「どうかしたか?」

ライラ「な・・・何でもないです」


彼女の中に状況への見解が生まれたのでは無い。

アマギとブライトは走っている。二人の足に、彼女では追いつけない。


なので仕方なくアマギはライラを抱えているのだ。

俗に言うお姫様抱っこである。


ライラ「・・・えへへ・・・」


生まれたとすればもっと別の感情だろう。


ブライト「止まれ!・・・この向こうだ」


二つの岩に挟まれた狭い道。

その直前で足を止め、息を潜めて覗き込む。

視線の先に存在していたのは、広場に集まるトロールと魔狼の群れ。

見える限りでも全部で二十体はいる。


アマギ「こんなにいたのか・・・」

ブライト「それだけじゃねぇ。奥にある物が見えるか?」

アマギ「・・・色付きの岩の事か?」


魔物達の集まる広場の向こうに、明らかに異質な物がある。

赤い蔓のような物が食い込んだ、青緑色の巨きな岩のようだった。


ライラ「・・・魔力を放ってます?」

ブライト「多分な。以前にも見た事があるんだが、ありゃ呪いか何かの類だ。アレが周囲に魔獣を集めてやがるんだ、何とかして破壊しねぇと、どれだけ討伐しても魔獣は増え続ける」


アマギ「・・・ちょっと待った。そんな物があるなら、むしろ魔獣の駆除に使えないか?壊すよりもそのままにして罠を貼るとか・・・」

ライラ「いえ、あの岩は壊さないとダメだと思います」


珍しくハッキリと、アマギの意見を否定するライラ。


ライラ「多分、あれは魔物を他の場所から集めてるんじゃ無くて、あの岩がこの辺の森に魔物を生み出してるんです。さっきのトロールの死体も、あそこにいる魔物達も、あの岩ととてもよく似た魔力を持ってます」


アマギ「(・・・何でそんな事が分かるんだ?)」


彼の脳裏にそのような疑問が生まれたが、

嘘を言っていない事が分かる彼には、ライラの言葉が真実だと理解できた。


ブライト「コイツの言う通りだ、アレは魔物を生み出すらしい。どう言う原理かは俺もよく知らねぇが、前にコイツを壊せってクエストをやった事があるから分かるんだ」

アマギ「・・・クエストになるのを待ってるわけにも行かないな。破片でも持ち替えれば賞金が貰えたりするかな」

ブライト「残念だが貰えねぇな。情報だけ持って帰った方が儲かるぜ。どうする?このまま帰るか?」


アマギ「惜しいけど・・・それはできないな」


ブライト「おう、この場でブッ壊そうぜ」

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