第23話 陽炎
立ち上がるアマギ。全身の傷は癒えていないが、痛みに慣れてきたのか。
立って動く程度なら、問題ない状態になっていた。
チェスター「まだ邪魔する気か、てめェ」
アマギはライラに対し、質問を投げかける。
アマギ「ライラ。お前の気持ちを聞きたい。お前は罪を償うため死にたいか?」
アマギの質問は、ライラを少し悩ませた。
しばらく口を開けたまま黙った末に、ライラはアマギの質問に応える。
ライラ「そんな・・・罪を償うために、できることはなんでもするつもりです。でも・・・」
チェスタ「おォそいつァ殊勝なこったァ」
アイリス「・・・アマギ、何するつもりなの?」
本心は聞けなかったようだ。彼女は取り繕うように、言葉を選んで話していた。
アマギ「・・・質問の仕方が悪かった。もう一度、大切な所だけ聞くぞ」
アマギはライラの様子を見て、彼女にもう一度問う。
アマギ「・・・死にたいのか?ライラ」
ライラの目が見開く。
彼女は俯いたまま泣き始め、しばらく経ってから答えを返した。
ライラ「死にたく・・・ないです・・・!」
涙ながらに訴える少女は、さらに事場を続ける。
ライラ「_でも・・・私のせいで大勢の人が死んだんです!それなのに、自分だけは生きたいなんて_都合がいい話でしょう・・・!?」
アマギ「・・・分かった」
アマギは再び刀を構える。
彼女の言葉を聞き届け、炎の剣士は何を思ったのか。
チェスター「_チッ!」
再度戦いになると察知して、チェスターが先に行動を起こす。
鎖鎌を再び、自身の周囲で振り回す。
アマギ「・・・!!」
アマギはまだ十分に動けない。
斬られそうになったところを、アイリスの矢が守る。しかし。
アイリス「しまった、ライラ!」
チェスターの狙いは二人ではなかった。
刃を振るうが早いか、彼は既にライラを抱え、崖の側に移動していた。
ライラ「_!_!」
叫ぼうとして、口を塞がれている事に気付くライラ。
自身が崖に落とされようとしている事を把握して、
チェスターを追ってきたアマギ達を見つける。
アイリス「やめなさい!”
アイリスが静止するが、チェスターは止まるつもりがない。
チェスター「うるせェなァ・・・セーラム!」
チェスターが再びセーラムを呼ぶ。
すると大鎌の戦士より先に、
電流をまとった槍斧の戦士がアマギの横に落ちてきた。
ブライト「ぐあっ!?」
アマギに負けず劣らず、全身ボロボロ・・・というよりも、
どう見ても完膚なきまでにやられていた。
ブライト「くそ・・・クソ強ぇ・・・!!」
立ち上がろうとするブライトだったが、既にほとんど動けないようだった。
魔力は相変わらず十全ではあったものの、
砦でロックにやられたように、肉体が既にダメージの蓄積で悲鳴を上げていた。
アマギとアイリスの前にセーラムが着地する。
体格も体勢も、測ることができない。
おそらくそういうスキルだろうと、アマギは結論する。
チェスター「ソイツらを押さえてろ。俺はコイツを_」
ライラ「_っ!!」
チェスターは“始末する”・・・と続けようとして。
苦しむライラから、青白い炎が発生していることに気が付く。
チェスター「あァ、こいつァ」
しかしチェスターは焦らない。
その青い炎を見て、戦慄したのはむしろアイリスだった。
アイリス「あれは・・・業火の魔法!?」
ブライトは仰向けに倒れており、崖の方を見れなかったが、
業火の魔法という単語に、アイリス同様戦慄する。
ブライト「な!?業火だって!?本当かアイリス!?」
普段から割とオーバーリアクションなブライトだが、
この時の反応はいつもの彼より更に大袈裟に見える物だった。
アイリス「・・・間違い無いわ!あれは、」
チェスター「感情を燃やす炎」
アイリスの代わりにチェスターが続ける。
チェスター「俺の街を焼いたコイツの炎だ。この青い炎はモノは焼かねェ。恐怖・憤怒・嫉妬・侮蔑・・・術者に向けられた負の感情を、人間ごと灼き払い燃え広がる、業を焼く炎だ」
アマギ「・・・」
アイリス「でも_平然としてるわね、アンタ!」
ライラの体からは、みるみるうちに炎が溢れる。
彼女を直接持ち上げているチェスターの右手は、
その炎に飲まれながらも、火傷一つ追う様子はない。
チェスター「当然対策済みだァ。そのための十年だった・・・俺は俺の義務として・・・俺の街を焼いたこの魔女を許さねぇ。確実に_」
アマギ「_アイリス!」
対話の限界とみて、アマギはアイリスに目配せする。
チェスター「_殺す!」
彼の声に応えるように、アイリスはチェスターの背中に弓矢を放つ。
セーラム「_!」
当然、それを許すセーラムでは無い。
ブライトを軽々と倒したその実力者は、
放たれた三本の矢を寸分違わず、その大鎌で弾き飛ばした。
セーラムが驚いたのはその後の事。いつの間にかアマギの姿がない。
自分の動きに合わせて跳躍し、死角を付いてチェスターに肉薄していた。
それがあの掛け声の意図であると、セーラムはアマギの背中を見つけて気が付く。
チェスター「ハ!しゃらくせぇんだよ!」
彼は、向かってくる剣士に対し、再び鎖鎌を振るう。
チェスター「_”
再び最速の投擲。しかし単純な高速の一撃では、予測を使うアマギには当たらない。
アマギはチェスターからの一撃を、突撃しながら身を捩って躱し、
チェスターに対して再び斬撃を仕掛けようとして_
ライラの姿がない事に気が付いた。
アマギ「_!(彼女は既に崖から落とされたか!)」
彼には気配察知のスキルは無い。
ライラの魔力がどこにあるのか分かったわけではないが、
直前の状況から、彼女が落ちている事は明らかだった。
アマギ「(_“
最速、最短で剣技を発動する。
だが彼の動きは、チェスターを仕留めるものではない。
全身から炎を発し、螺旋を描きながら地面スレスレを滑空する。
それはチェスターからの妨害を防ぐ動き。
さしもの彼も、この回転する旋盤のような状態のアマギには、
その場を飛び退いて躱すしか無かった。
チェスター「_バカが!そっちは崖だ!テメェも一緒に死ぬつもりか!」
邪悪な笑顔を浮かべ、チェスターは彼の行く末を見据える。
一方アマギは崖の淵で急停止し、落下中のライラを確認すると、
そのまま爆炎と共に、100m以上下の地面目掛けて。
崖の淵を強く蹴り、全力で下に跳躍した。
チェスター「何・・・!?」
ライラ「きぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
チェスターに放り出され、崖下へ落下するライラは、
青い炎を纏いながら、叫び声を上げながらもがいていた。
直後、上から何かが飛んでくる。一直線に落下してくる。
それは自分の青とは対照的な、赤い炎をまとった剣士の姿だった。
アマギ「_ライラ!」
ライラは彼に希望を見出し、しかし直後絶望を見出す。
この男、一体どうやって止まるつもりで降りてきたのだろう?
このままでは二人揃って地面に激突するのでは?
ライラがそう思っていると、更に絶望的な物を目撃する。
アマギ「ふッ!!」
ライラ「_!?きゃぁ」
アマギは刀を逆手に持ち替え、その切先をライラに向けた。
誰がどう見ても、彼女を刺し貫く構えだった。
刺される、そう思って彼女が反射的に目を瞑ると、
予想に反してアマギの左手が、青く燃え盛る彼女を抱え上げた。
構えられていた妖刀は、一瞬前までライラのいた空間を貫き、
弧を描く軌道で断崖絶壁に突き刺さる。
ライラ「_え!?」
岩を切り裂く、耳を割るような怪音が鳴り響く。
ライラは自身の落下が止まった事に気が付いた。
地上まで残り数mというところで、アマギはライラを担いだまま、
岩の壁面に突き刺した刀の背を足場に留まっていた。
アマギ「ふぅ・・・無事か?」
此度ライラに問うのは身の万全。怪我していないか気にしている。
彼が味方である事を、彼女はもはや寸分たりとも疑わない。
ライラ「_はい」
涙の残る目を見開いて、紅潮するとともに短く答えた。
アマギ「・・・しっかり捕まって」
ライラ「へ?捕まるってどこに_」
彼女が聞くより早く、アマギはその場から飛び立った。
信じられないようなバランス感覚で、細い刀身から跳躍する。
同時に、岩盤から刀を素早く引き抜き、マナ・フレアにより軌道を修正する。
ライラ「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
再び響き渡る少女の悲鳴。
その声が今度は近づいてくるのを感じ取り、
アイリスは安堵を、チェスターとセーラムは驚嘆を覚えた。
静かに元の場所に着地する。
上の状況はほとんど代わりない事を確認し、アイリスにライラを預ける。
アイリス「飛び降りた時はどうなるかと思ったけど」
アマギ「俺が無策に行動すると思ったのか?」
アイリス「思った」
アイリスの言葉に、アマギは少しムっとするも、
それと比べ物にならない怒りを思い出し、その原因に向かって立ち直る。
チェスター「てめぇ・・・」
アマギ「_謝れ」
チェスター「あ?」
唐突なその要求に、チェスターは思わず声を出す。
アマギ「彼女に謝れと言っている。そんな物振り回して、乱暴に掴み上げて、殺すだなんだとまくし立てて。その上崖から投げ落としただろ。怖がらせた分地面に頭つけて謝れ。出来ないなら殺す」
アマギの目には、明確な怒りの炎が宿っていた。
いつになく、メラメラと、その対象を睨んでいた。
チェスター「・・・解せネェなァ、やっぱ」
しかしチェスターは下がらない。彼の目もまた炎のように赤かった。
彼の目にもまた、怒りの炎が宿っていた。その対照はライラではなく。
自身の信念と、自身に課した義務を邪魔するアマギに対してだった。
チェスター「アマギ、とか言うんだっけなァ。なぜ俺の邪魔をする?大人しくそのガキを見殺しにしていれば、それで事は収まったんだぞ?」
アマギ「それはない。見殺しにするっていう選択肢がまずありえない。俺はこの娘を助ける。あの時既に、そう決めていたからな。それが関わった者の義務ってヤツだ」
両者引かない。しかしアマギの発言に、チェスターはみるみる腹を立てていった。
チェスター「_癪に触るやつだなァ・・・!義務っつったか!?どんな義がそこにあるってんだ、どんな信念で、俺の責務を邪魔立てするんだァ!?」
アマギ「・・・そうだな」
思考を整理する。彼はこう見えて、今の今までなぜライラを助けるのか、
助けたいと思ったのか、自分で分析していなかった。
アマギ「・・・なら逆に聞くぞ、チェスター」
チェスター「あ?なんだ?」
思考を整理するうちに、アマギはチェスターに問い糺したい事を見つけた。
それは彼の動機では無く、怒りを煽る文言でもない。
彼が純粋に、聞きたいと思っての質問だった。
アマギ「例えばお前は森を歩いていて、誰だか知らない暴漢に、子供が殺されそうになっているのを見つけたとしたら・・・その子供が殺されるのを、黙って見ていられるのか?」
チェスター「・・・」
しばしの沈黙が、場を支配する。それはまるで、嵐の前の静けさのように。
沈黙の中で魔力を解放するチェスターの、憤怒が遂に頂点に達した。
チェスター「あァ・・・やっぱりテメェ、最ッ高に癪に障るぜ」
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