第8話 休息の街

数日後、アイリスとアマギは、エルフェンの英雄となっていた。

アイリスは元々この街では有名だったので、

いつものことのように街の人々に対応していたが。

アマギは英雄扱いされて、喜びながらも困惑していた。

街の人々からの贈り物もあったが、旅をする彼にとってはありがたくも困りもの。


アイリス「なら、貸金庫にでも預けておけば?」


そう彼女に勧められ、贈り物の大半は金庫に保存される事になる。

しかしそれらの中には、なかなかどうして便利な物もあった。


アマギ「超空間ポーチ、万能薬、幸運のブレスレット・・・なんだか凄そうなものまで貰ってしまった・・・」

アイリス「まぁ、ドラゴンを倒したのは貴方だし。最初に判断して行動に移したのもね。この街を救ったのは、間違いなく貴方よ、アマギ」


アマギ「照れるな・・・でも、多くの人を守れたんだな」

アイリス「ええ・・・この街には、私の親しい人も多くいるわ。私からも、礼を言わせてもらうわね」


アマギ「・・・でも、アイリスの助けが無かったら、俺一人じゃ大した事は何もできなかった。街を救ったのは俺かもしれないけど、それはアイリスも同じだし。何より、死ぬかもしれない状況で俺を助けてくれたのはアイリスだ。こちらこそ、ありがとう」


アイリス「っ・・・別に!持ちつ持たれつよ、このくらい・・・!」


街の人たちから感謝されるのは慣れているのだろうが、

アマギに感謝されると依然として照れている。

異性に慣れていないのだろうか。


アマギ「・・・ところで、いくつか質問したいことがあったんだけど」

アイリス「・・・何かしら」


まだ少し顔が赤いアイリスに、容赦無く質問を投げかける。


アマギ「はじめにドラゴンを見たとき、驚き方が過剰だったような気がしてさ。それ以前にも、森で熊に出くわしたとき、迂闊だったと言っていた。もしかして、アイリス・・・君は魔獣の位置や数を察知できるのか?」


彼女のこれまでから、それらしい結論を導き出す。

それはどうやら、的を得た指摘だったらしい。


アイリス「・・・よく見ているのね。ちょっと気持ち悪いわ?」

アマギ「なんだと・・・」


アイリス「冗談よ。貴方の考えた通り、私は周囲の生命体が持つ魔力を、気配として感じ取れる。魔力は大なり小なり全ての生物が持っているものだけど、強い魔獣は魔力の気配も強くなる。名称は“気配察知”、それなりにメジャーなスキルよ」


アマギ「そんな便利なスキルもあるんだな」


アイリス「ええ。私の場合、魔獣を察知するだけでなく、個人の魔力を記憶して判別できるわ。貴方の位置も今なら、半径2km以内で正確に把握できる」

アマギ「・・・マジかよ」

アイリス「マジよ・・・だからこそ、あそこまで近づかれるまで気づかなかったのがショックで・・・我ながら油断が過ぎたわ。貴方のせいよ?」

アマギ「・・・」


アイリス「・・・なんでもない。で、聞きたいことはそれだけかしら?」


余計なことを口走った、というように、露骨に話をそらすアイリス。


アマギ「いや、もうひとつある。というか、アイリスが言いそびれてた事だよ・・・」

アイリス「・・・あ!“親和性”の話?」


彼にとっては、そちらの話の方が気になっていた。


アマギ「そう、それ。俺に火炎が効かないのを“親和性”がどうとか言っていたな」


アイリス「そうよ。魔法使いにはそれぞれ属性があるわ。属性というのは、魔力の性質で、魔法を使う際の向き不向きに関わる物ね。全部で8つあるわ」


彼女は杖のような物を取り出し、空中に正確に正八角形を描き出す。

“エレメンタル・チャート”、と言う物らしい。


アイリス「炎、風、水、地の四つの基本属性に加えて、それらの中間に雷、空、氷、鋼の複属性。これら八つの属性に対し、人には向き不向きの偏りがあって、大雑把に言えばそれが魔法使いの属性。火の魔法が得意な人は、水の魔法が不得手になるわ」

アマギ「うんうん」


アイリス「それで肝心の“親和性”というのはね。それぞれの属性に対してどれくらい過剰に偏っているか、という概念なの」

アマギ「過剰な偏り?さっきの向き不向きとは違うのか?」


アイリス「ええ。属性っていうのは、この表で言えば中心からの向きね。そしてそれぞれの属性への適性の強さを、矢印の大きさで表す。大きいほど適正が偏っていることになるわ。貴方の場合おそらく真上。火属性の方向に突き抜けている」


そう言いながら彼女は、中心から”炎”と書かれた頂点へ、

大きくはみ出る程の矢印を書き加えた。


アマギ「・・・はみ出ているが」


アイリス「肝心なのはこれ。本来属性の偏りは、八角形の内側で表記される。だけど稀に普通じゃない偏り方をしている人がいて、はみ出る矢印はその表現」


アイリス「“ある属性に対して特別な親和性を持つ者”・・・貴方達のような魔法使いは、“アトモス”と呼ばれるわ。アトモスは他の属性への適正が完全に無くなる代わりに、その属性に関して強大な支配力を有するの」


アマギ「俺に炎が効かなかったのは、親和性が高いから、その効果で助かったと?」

アイリス「ええ。親和性を持っていると、その属性の攻撃に対して耐性を獲得できる。あれほどの高温の爆炎を浴びて無傷となると、貴方の親和性は度を越して高いでしょうね」


アマギ「なるほど・・・でも代わりに、火属性以外の魔法が使えない」


アイリス「まぁ、直接関係するのは元素魔法・・・炎、水、雷といった自然現象を扱う基礎的な魔法くらい。より高度な近代魔法ではそこまでの枷にはならないわ。基本的にお得な体質なのよ」


高度な魔法と聞いて、なんともなしに質問してみる。


アマギ「高度な魔法・・・たとえばこの、“超空間ポーチ”とか?」


アイリス「ああー・・・まぁそれは相当に高度な代物で、そもそも簡単に再現できる物では無いわ。一流の魔法使いが半年以上かけて作るものよ」

アマギ「!?そんなレア物貰ってたのか俺!?」

アイリス「当たり前でしょう?入り口を通るなら無尽蔵に収納できるポーチよ?買うとなると値段も張るわ。大事に扱いなさい」

アマギ「・・・そうします。大事にします・・・」


想像以上にすごい物だと知り、柄にも無く萎縮してしまう。


アマギ「・・・こっちの薬とかもそうなのか?」

アイリス「・・・万能薬に幸運のブレスレットね。万能薬は難易度こそ高いものの、再現事態は可能って聞くけど・・・私はあんまり詳しく無いわ。問題はこっちね」

アマギ「ブレスレットか?」

アイリス「ええ。身につけているだけで幸運をもたらす代物よ。これは魔法では再現できないとされる“宝具”の一種よ」

アマギ「宝具・・・?いやそれより、再現不可能って」

アイリス「幸運そのものを扱うというのは、魔術を超えて奇跡の域。完全に人智を超えた代物よ」

アマギ「・・・」


彼は絶句した。

そんな物を他人にプレゼントするなど、信じられない気持ちだった。


アイリス「まぁ、乱暴に扱っても壊れはしないわ。宝具というものはそういうもの、破壊不可能なオーパーツのようなものなのよ」

アマギ「・・・それはいいけど、こんな物をそうポンポン貰ってたら荷が重くなるんだがなぁ・・・」

アイリス「心配しなくていいわ。貸金庫もあるでしょう?」

アマギ「そういう問題じゃない」


二人が公園で話していると、子供が二人ほど駆け寄って来る。

どうやら兄妹のようだ。


女の子「英雄さん!えっと、街を守ってくれてありがとう!」

男の子「これ、お礼っていうか、ありがとうっていうか」

女の子「こんなものしか用意できいないけど・・・とにかく、ありがとう!」


そう言って二人が差し出してきたのは、どこからか摘んできたであろう花束だった。


男の子「じゃ、じゃあこれで!ありがとうな!」

アマギ「ああ、ありがとう」


アイリス「・・・可愛らしい贈り物ね」

アマギ「ああ・・・こういうのでいいんだ」


彼はどことなく、しんみりとした顔で話す。


アマギ「花なんて枯れてしまうし、飾って見るしかできない。でも、使い道がなかったとしても、それほど高価なものでなかったとしても、贈り物は気持ちが大切だ。まぁ、大事なものを送りたいっていう気持ちもわかるし、有り難い事だと思うけどね」

アイリス「ふぅーん・・・?」


そういうアマギを横目に、彼が持っている花をじっとみつめて、

アイリスはニヤリと笑みを溢した。


アイリス「・・・でもそれ、ただの花じゃないわよ」

アマギ「・・・どういう意味だ?」


アイリス「ふふ、薬草よ、それ。しかも結構珍しい奴。綺麗だけど、乾燥させてまるごと粉にすればそのまま毒消しになるわ。冒険のお供ね」

アマギ「・・・!!」


この街の住人はプレゼントのプロなのか?彼は冗談ではなく本気で思い始める。


アイリス「ふふふ・・・またレアもの貰っちゃったわね?」

アマギ「・・・早くこの街を出たほうがいいな。そのうち住人を破産させそうだ」

アイリス「あらあら、それは自信のあることで」

アマギ「冗談じゃなくてだな・・・それより、この街はあらかた歩き回ったし、探している人もいなさそうだし、俺は次の街を目指すけど。アイリスはどうする?」


アイリス「そうね、久しぶりの故郷だけど、ここに私の身内はいないし。あなたを一人にしたらどこかで死んでそうで危なっかしいし、ついて行くわ」

アマギ「そんなに危なっかしいか、俺。できることをやっただけなんだが」

アイリス「属性も魔法もスキルも、何も知らなかった素人同然の新米冒険者なんて危なっかしいことこの上ないでしょ」

アマギ「ぐ・・・言われてみればそうかも・・・」


アイリス「ま、そんなわけで。しばらく面倒見てあげるから、これからよろしくね!」


かくしてアマギとアイリス、二人の旅が始まった。

剣士と弓手、バランスのいいコンビだったが、

このバランスが傾くまで、そう長い時間はかからないだろう。

程なくして二人旅が三人になるという未来を、彼らが知る由は無かったのである。


アマギ「・・・と、そうだ。次の街に行く前に、適当なクエストを受けておこう」


エルフェンの“冒険者の店”は、三角屋根の木造建築。

街の他の建物と同様の外観だったが、中は思っていたよりも近代的だった。


アイリス「評議会のクエスト?それとも街の?」

アマギ「移動しながらできる奴がいいな・・・」


クエストには街が依頼する物と、評議会が依頼する物の二種類がある。

基本的に街を跨いでこなす事ができるのは後者となる。


アマギ「・・・パトロール・・・この辺をうろうろしてるだけでいいのか・・・?」

店主「はい。主に抑止力としての働きを期待しての物です」


見つけたクエストが、今の状況にピッタリだった。


アイリス「最近はこんなクエストも出してるのね、この辺。先週は無かったと思うけど」

店主「先週は既に別の冒険者が受けてたから・・・」

アマギ「具体的には何を?」

店主「街の外で不審な出来事が無いか、目を光らせていれば。調べて欲しいのは街道沿いですね、まぁ何事も無ければそれで大丈夫です。本来なら中級からの任務ですけど・・・」


冒険者にも階級がある。今のアマギは最底ランクだが、功績から特別に受理された。


アイリス「ほら、受けたなら行きましょう?どこに行くのか知らないけれど!」

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