第4話 さらなる力

 ブララーナの様子が変だ。

 今まで、悪魔だってことを忘れるほど能天気なやつだったのに。


 やっぱり悪魔って、人間じゃ太刀打ちできないヤバい奴だったか……?


「おい、どうしたんだよ……ブララーナ。俺、何か悪いことしたか?」

「んーん、逆よ、逆。あーしって憤怒の悪魔でしょ? そういう人間の怒りの感情が大好物なのよぉ♡」


 そう言って目をとろけさせたブララーナが、舌なめずりをしながら俺を見つめる。

 その妖艶さに、今度は違う意味で背筋がゾクゾクッとした。


 くそっ、脅かしやがって……。


 どうやら、怒らせたわけじゃなかったみてえだな。


「おい、ブララーナ。さらなる力って、なんなんだよ」

「それはまだ、ひ・み・つ。欲しいの? ねぇ、欲しいの?」

「欲しいに決まってんだろ! 俺はもっと力が必要なんだ。だからその力もくれ!」


 俺は魔法を手に入れて、指先に小さな火を灯せるようになった。


 だがそれで何ができる?

 その程度のことができる貴族なんて、いくらでも居るんだぞ?


 俺はもっと大きな力が必要なんだよ。

 この世界をひっくり返せるような、物凄い力を手に入れてえ。


 そのためだったら、この悪魔を利用し尽くしてやろうじゃねえか。


「それじゃぁねぇ……」

「蹴るか? 尻を蹴ればいいのか? いくらでも蹴ってやる。ちょうど俺のイライラも頂点だったからな。さぁ、尻を突き出せ、ブララーナ!」

「今日は寝よっか」

「えっ?」


 ブララーナはフワフワと漂いながら、天井付近で寝息を立て始めやがった。


 おい、俺のイライラはどうすりゃいいんだよ! ちきしょうめ!



 くそっ、イライラしすぎて、昨夜は一睡もできなかったじゃねえか。

 しかもブララーナの奴、朝早くからどこへ連れて行くつもりだよ。


「おい、いつまで歩かせんだよ! ケツ蹴るぞ!」

「それは惹かれるけど、今はまだイライラを溜めときなさい。もうすぐ着くから」


 もう、一時間ぐらい歩いてるぞ。イライラする。


 見えてきたのは深い森。

 ここって、魔物が出るから近寄るなって言われてる場所じゃねえか。


「じゃぁ、魔物退治を始めましょ♡」

「はぁっ? 正気かよ」

「人を殴ったら退学なら、魔物を相手にすれば何の遠慮もいらないでしょ?」


 辺境にいる魔物と違って、王都近辺に出没するのは主にゴブリンと呼ばれる小鬼。

 非力で体格も貧弱だけど、武器を持ってるから油断ならねえ。


 襲われて死ぬやつだって、結構いるんだぞ?


 兵士たちに退治をさせちゃいるが、繁殖力が半端ないから追いつかないのが実情。

 最近じゃ1体につき千ルドの報酬で、民間人にも退治を依頼してるって聞いた。


 千ルドと言えば…………千円ぐらいだな。


「魔物退治なんて、本当に大丈夫かよ。こんなところで命を落としたら、シャレにならねえぞ」

「この程度で死んじゃうぐらいだったら、上級貴族になんてなれないわよ?」

「わかった。やってやんよ」


 ちきしょう、強がったものの膝が震えやがる。

 だけど、上級貴族をチラつかせられちゃ引き下がれねえ。


 俺の、のし上がりたい気持ちが本物だってことを見せてやる!


「で? 『さらなる力』ってのは何なんだよ? いい加減に教えろよ」

「んふ~ん、あーし求められてるぅ♡」

「求めてるのは『さらなる力』だからな。勘違いすんな!」

「もぉ、いけずぅ。『さらなる力』っていうのは『憤怒の力』。今日はその使い方を教えてあげる」


 『憤怒の力』。なんだか凄そうだな。

 この悪魔、使えるじゃねえか。


 俺は期待感を高めながら、ブララーナの言葉を待つ。


「じゃぁ、まずはイライラしてみよっか」


 ダメだ、やっぱりこいつの説明はわけがわからねえ……。


「昨夜からイライラし続けてんだっての! これ以上イライラさせんな」

「そのイライラをしっかり感じるのが始めの一歩。いい、ちゃ~んと感じるのよ?」


 イライラを感じる?

 この胸にある、わだかまりのようなモノのことか?


「その後はどうすればいい?」

「そうしたら後は簡単。胸の中で渦巻いてるイライラをムムムーって凝縮して、グググーって発揮したいところに伝えて、あとはドーンよ」

「またそれかよ!」


 イライラよりも、ブララーナの言葉の意味を感じ取る方が難しいぞっ!


 だけど、こいつの説明にも少しは慣れた。

 とにかくイライラをイメージして、それを手なり足なりに伝えて力を放出すればいいってことだろ?


 『憤怒の力』をぶつける相手を探しに、もう少し森の奥まで行ってみるか……。


 いた、ゴブリンだ。俺の腰丈ぐらいしかない。

 緑の皮膚に、皮の腰巻。手には身長と同じぐらいの剣を持ってやがる。


「よし! あいつにやってやる」

「がんばれ~♡」


 ブララーナの声援を受けて、さっそくイライラをイメージしてみた。

 俺の手の甲に、契約の時の紋章がぼんやりと浮き出てくる。


 これか、これが『憤怒の力』ってやつか!


 なんだか力がみなぎってきやがった。


 よし、これを足に伝えて蹴り込んでやる!


「だりゃぁぁっ!」


 だけどそれよりも先に、俺に気付いたゴブリンが素早く剣を振り下ろした。


 ちょっ、待ってくれ!

 俺、まだイライラを足に伝えられてねえぞ!


 ――ガキィッ!


「ぐぁぉっ!」


 くそっ、やられた!

 ゴブリンの振り下ろした剣が、俺の脚を斬り落として……ない?

 それどころか俺の脚は剣を跳ね返して、その反動でゴブリンの方が転がってた。


 足元でビックリしているゴブリン。

 俺はツカツカと歩み寄って、イライラを伝達した右足を思い切り振り抜く!


「ぐぎゃぁぁっっ……」


 汚らしい悲鳴を上げたゴブリンは飛んでいって、茂みの向こうに落下した。

 そしてそのまま走り去っていく。


 ちっ、逃げられたか……。


 もっとすげえ力を期待したのに思ったほどじゃねえな。ガッカリだぜ。


 だけどそれより、信じられなかったことがある。


「なんで俺の脚は、なんともなかったんだ?」


 俺は間違いなく斬られたはず。だけど俺の脚は剣を跳ね返しやがった。

 ズボンは確かに斬られてたが、中の脚には傷一つ残ってない。


「憤怒の力は、身体を頑丈にするの。だからあーたがイライラすればするほど、その身体は硬くなって刃も通さなくなるわよ」

「おおっ、すげえ……。だけど、『憤怒の力』ってあんなもんなのかよ。俺はもっと強烈なのを期待してたのに、失望したぞ」


 今度こそ、のし上がれる力かと思ったのに期待外れだ。


 ゴブリンの剣を跳ね返せたのはすげえけど、ちょっとケンカに強くなったぐらいじゃ貴族社会は駆け上がれねえぞ!


 やっぱりこの悪魔、ポンコツか?

 まったく、イライラする。


「ねえ、あーた。まだイライラしてる?」

「ああ、ちっとも収まらねえ。むしろ、さっきよりイライラしてんよ」

「じゃぁそれは、ちゃんと力を出し切れてないわねぇ」


 確かに胸の中にイライラが残ってる。

 それに手の甲の紋章も、まだくっきりと表れたまま。


 今のはまだ『憤怒の力』の全力じゃねえってことか。


「力を使いこなせるようになれば、一回で全部出し切ることも、小出しにして何度も使うこともできるようになるわよ。それには鍛錬あるのみね」

「そういうことか。よーし、次だ。もう一回やってやる」

「次やるときは、叫びながら襲い掛からない方がいいわよん♡」


 次の魔物を探しに、さらに森の奥へと踏み入る。

 するとそこへ、女の悲鳴が聞こえてきた。


「いやぁっ」


 駆けつけてみると、そこにはガッシリとした体形のオーク。

 直立歩行するイノシシのような魔物で、その怪力は兵士でも手こずる。


 そのオークは、怯えながらしゃがみ込んでいる女に向かって、手にした棍棒を振り下ろそうとしていた。


 こいつは好都合。今度は拳にイライラを籠めて殴り掛かる。


「食らえ! 憤怒の力!」


 だけどこちらに気付いたオークが、持っていた棍棒を俺に向けて振り回した。


「ぐへぇぇぇっ!」


 脇腹が痛てぇ。


 大丈夫だ。まだ動ける。


 俺は痛みをこらえて、そのまま右の拳をオークの顔面に叩き込んだ。


「ぐぎゅぅっ!」


 吹っ飛ばせはしなかったが、予想外の反撃に面食らったのか森の奥へと走って逃げて行くオーク。

 小振りな奴だったのが幸いした。


 ちきしょう、まだ力を出し切れてねーのか。

 胸の中にイライラが残ったままだ。


「あ、ありがとうございました」


 少し鼻にかかるような可愛らしい声で、足元の女の子が声を震わせている。


 栗色の髪をポニーテールにした丸顔の女の子は、未だに恐怖心で立てないらしい。

 俺が手を差し伸べてやると、少しひんやりした小さな手がそれを掴んだ。


「わたくしはビビアンと申します。体の弱い母が倒れてしまって、薬草を摘みに来たところだったのですが、助けていただいてありがとうございました」


 ペコリと頭を下げた後、俺を上目遣いで見上げた彼女はやっとホッとしたのか、目尻の下がった穏やかな顔つきになった。


 俺の鼻ぐらいまでしかない、低い背。

 だけど、メロンでも入っているかのような大きな胸。

 そして俺をジッと見つめる、優しそうで品のある可愛らしい笑顔。


 それにしてもデカい胸だな。ブララーナと同じぐらいか?


 俺がジッと見てるのに気づいたのか、彼女が頬を赤らめて胸を両腕で隠す。

 それでも全然隠れてないから、意味ねえけどな。


「あの……お名前をお教えいただいても?」

「ああ、俺か? 俺はアークだ。アーク・ツリヤーヌ」

「えーっと、お住まいはどちらに。改めてお礼にお伺いしたいのですが」


 いつまで付き纏うつもりだ。この女は。

 俺はこの残ったイライラを吐き出すために、早く次の魔物を探してえのに。


 まったく、イライラする。


「そんなもんはいらねえよ。それより早く帰らねえと、また魔物に襲われんぞ!」

「ですが、それではわたくしの気持ちが――」

「いいから行けって言ってんだよ! イライラさせんな!」

「は、はい。それでは失礼いたします」


 ビビアンは何度も何度も振り返りながら、その度にペコリとお辞儀をしながら帰って行った。


「可愛い子だったじゃない。助けた恩を身体で返してもらえば良かったのに♡」


 彼女の姿が見えなくなると、ずっと離れて様子を見てたブララーナが寄ってきた。


「うるせーな、今はそれよりも、この力を使いこなせるようになりてえんだよ!」

「またまたぁ、あのおっきな胸に顔を埋めたいとか思ったんじゃないのぉ? あーしのおっぱい貸してあげよっか?♡」

「ちきしょう、俺の特訓の邪魔すんな! そのケツ、蹴り倒すぞ!」

「はーい、どうぞぉ♡」


 ああ、この野郎、イライラさせやがって!

 だけどそのお陰で、たっぷりと特訓できそうだ……。



 もうすぐ主人公の16歳の誕生日。そうなればいよいよゲームが始まっちまう。


 だけど俺は力を手に入れた。

 主人公の思い通りにはさせねえ。


 そしてこの貴族社会を駆け上がって、俺は絶対に上級貴族になってやるからな!



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


 大井 愁です。


 ここまでが序章となります。


 いよいよ次話からが本編の始まりです。どうぞお楽しみに。


 次話投稿は5/17の朝7:15を予定しています。


 『第6回ドラゴンノベルス小説コンテスト』の長編部門に応募しますので、

 ご声援のほどよろしくお願いいたします。

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