第21話 惚気鑑賞会の後に

”優雨ってさ、ちょっと抜けてるところがあるんだ。”


 そんな言葉から始まった恋バナという名の惚気鑑賞会は、案の定1時間弱続いた。


 いちいち反応してくれる若葉のおかげか、大輝も興が乗ったようだった。


”底抜けにポジティブで明るいんだけど、その分、少し向こう見ずなところがあってさ”


”今日だって電車の中でびっくりしたよ、あんなに落ち込んでるところ、初めて見た。本当に、冬川さんのこと大事に思ってるんだなって。”


”とにかく、突っ走りがちだから……今日、青空を無理やり冬川さんの家に連れて行ったのもそう。だから、放っておけなくて。”


”話したことなかった頃は、この人何でもできるんだなって思ってたんだけどさ。運動も得意で、綺麗で、俺と違って勉強もできるから。”


”でも、話してるうちにそんなこともないことに気づいて。できないことも、努力してるところも見て、なんか……そばで支えたいな、とか思って。”


”支えるって言うのはちょっと違うか。うぅん……ともかく、一緒にいたいなって思ってる自分に気づいて、好きだなって自覚したんだ。”


 こんな調子で、川井さんのことを1時間近く話し続ける大輝を思い出して。

 

 ……本当に、川井さんが好きなんだなって。


 いや、今まで疑っていたわけではない。


 でも、なんだか改めて実感させられて。


 真っ暗な部屋のベッドに倒れ込み、枕元の時計を見上げる。

 まだ、10時過ぎ。

 

 寝るには、少し早い。

 だというのに、この疲労感。


 なんか、変な感覚だ。

 疲労感は間違いなく感じているというのに、なぜだか眠気は襲ってこない。


 嫉妬とか、そういう醜い感情よりも、尊敬が先にくるスピーチだった。


 ……昼も、先程の話もそうだったけれど。

 

 あそこまでお互いにお互いを好いている様子を見せられたら、もう醜い感情も湧いてこない。

 ……なんて、強がってはみるけれど。


 暗闇を、黒く塗りつぶされた虚空を見つめる。


 失恋してから、ずっと。

 胸にもやもやとした霧がかかったような、そんな違和感がずっと抜けてくれない。


 もう、川井さんのことは諦めた。

 だから、嫉妬なんてしない……はずなのに。


 大輝が幸せそうにしているのを見ると、嬉しい自分ともやもやする自分が同居してしまって。


 そんな自分が、いやで。


 なんで、だろう。


 もう、川井さんに見惚れることはない。

 喋るとなると緊張するが……それは俺が川井さんのことが好きだからではないはずだ。


 だというのに……。

 

 ふうとため息をつく。


 若葉はもう寝たのか、物音一つしない。


 ふと、学校で大輝に、親が旅行でいないとこぼしたことを思い出す。

 大輝が帰った後の家は静かで、もしかして俺を気遣って来てくれたのかなぁ、なんてことを思った。


 大輝なら、あり得る。

 だからこそ、そんな大輝だからこそ、俺はずっと仲良くしていたいと思っているし、川井さんも大輝のことが好きなのだろう。


 寝返りをうち、うつ伏せになる。


 なんとなく、暗闇の中スマホを開いた。


 目が悪くなるとか。

 ブルーライトで眠れなくなるとか。 


 そんなことが頭をよぎるが、どうでもよく感じられた。


 むしゃくしゃしている……というほどではないのだけれど。


 スマホのホーム画面をなにをするでもなく眺めて、ふと、IINEにメッセージが来ていることに気がつく。


 赤色のバッジがついたそのアイコンを押した。


 誰だろう。

 あくびを一つして。

 そして一番上に表示された名前を見て、姿勢を正した。


 ”Chiyuki”


 その名前を見て、夕方のことを思い出す。


 焼き菓子、美味しかったかな。

 やっぱり、謝り方が気持ち悪かったかな。

 

 そんな考えが脳裏をよぎる。


 メッセージを見たいような、怖いような。


 布団に顔を埋めて、そして再び顔をあげる。


 ……色々、ネガティブなことは思いつくけれど。


 冬川さんが言ってくれたことを信じて、悪く思わないでくれていることを祈るしか無い。


 意を決して、俺はトーク画面を開いた。




”お礼のお菓子、ありがとう”


”美味しくて元気出た”


”明日は学校行くから、部活でもよろしくね”




 送られてきた、3つのメッセージ。


 それを読んで、意味もなく寝返りをうち仰向けになる。


 ……頬が、ゆるむ。


 通知を見たときに脳裏をよぎったネガティブな考えも、なんなら胸に渦巻いていた淀んだ空気さえも、そのメッセージが溶かしてくれたみたいだった。 


 一度、二度、メッセージに目を通して、ほっと息を吐く。




”美味しかったなら良かった”


”また明日、こちらこそよろしく”




 そうメッセージを送り返し、俺はスマホの電源を切った。


 不思議と、眠気が襲ってくる。

 ブルーライトを浴びた直後だと言うのに、なぜ浴びる前よりも眠くなっているのだろうか。


 送られてきたメッセージの内容を思い返し、ふふと笑みがこぼれる。


 思った以上に、嬉しかった。

 お世辞かもしれないけれど、自分があげたものを美味しいと言ってもらえたのは。


 ……今度、冬川さんに直接聞いてみよう。

 どんなお菓子が好きなのか。


 もしかしたら、役に立つかもしれないから。

 

 大輝に”そんな機会無い”と言った割に、乗り気な自分。

 そんな自分に気付きもせずに、俺はまぶたを閉じた。


 不思議とその夜は、いつもよりぐっすりと眠れた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る