第十話

 いのづか陸将補から届いた念話は、俺を大きく後押しするものだった。俺はスマホで通話するフリをして、役員たちに聞こえるように念話に対しわざと声を出して返答する。


『先ほど帝国政府は恐竜の飼育を許可する決定を下したよ』

「そうですか。お知らせ頂きありがとうございます」


『うん。少しは役に立てたかな?』

「ええ、大いに!」


『各国の潜水艦配置情報の礼だと思ってくれたまえ』

「はい。それでは失礼致します」


 スマホを胸ポケットに収めると、改めて会議室の面々の顔を見回す。


「今の連絡はいのづか陸将補からでした。内容は帝国政府が恐竜の飼育を許可するというものです」

「レイヤ君、それは本当かね!?」


「はい。まだ決定したばかりですが、間もなく正式に発表されると思います」


 日出ひで村村役場の会議室でどよめきが起こった。役員たちはそれぞれ隣の者と囁きあっている。


「さて、どうされますか? 政府発表は俺の土地で恐竜を飼育を始めるという内容になりますが、もはやその前に代替地を探して入手することは不可能でしょう。皆さんには私の村民資格を取り消して帝国政府の決定に抗議するか、受け入れるかの二択しかありません」

「横暴だ!」


「何とでもどうぞ。村民資格を取り消すならスパの解体と私への借金の返済、軍の退去と施設の取り壊し。待ちませんよ。出来なければ容赦なく村の資産を差し押さえます」

「資産の差し押さえじゃと?」


「この役場の土地、建物はもちろん村営住宅に公衆浴場や村道など、村の資産全てが対象となります」

「それでは村民の生活が……!」


「さすがに村営住宅から即座に住人を追い出すには別の法律が関わってきそうなのでしませんが、家賃は私に支払われ村の借金返済には充当されません」

「そ、それでは村はヨウミさんの物になるのも同然じゃないか!」


「事実上そうなりますね。となると村長は更迭こうてつ、皆さんは解雇するしかありません」

「我々を解雇だと!?」


「当然でしょう。私から村民資格を奪って村を窮地に陥れる愚行を犯すのですから。ですがご安心下さい。ご存じの通り私の実家は伯爵家、領地経営は基礎から学んでおります。また、スパの解体費用も出せないでしょうから営業は続けます。軍も立ち退く必要がありません」


「つまり我々はヨウミ君から村民資格を奪うと村を奪われ、職を失うということじゃな?」

「奪うなどと人聞きの悪い」


「スパは村の物だ。壊さず営業を続けると言うなら買い取るのが筋ではないか!」


「ご冗談を。スパも差し押さえの対象ですよ。忘れないで頂きたいのですが、私の要求は土地の復帰ですからね。それとも回収出来る見込みのない解体費用を私に出させるつもりですか? 寝言は寝てから言うものですよ」


「分かった。ヨウミ君の村民資格取り消しはなかったことにしてくれ」

「村長!?」


「村民資格の取り消しさえしなければ、今まで通りなんじゃな?」


「そうですね。しかし地主である私の機嫌を損ねた責任は取って頂きます。最初に私の村民資格を取り消すと言った陸田むつださんは解雇して下さい」

「なっ、何故私が解雇されなければならん!?」


「ご自分の発言の結果も予想出来ない無能だからですよ。そんな人に給料を支払うための税金を納めたくないと思うのは当然ではありませんか?」


「ヨウミ君、仕事の引き継ぎなどもあるから陸田むつだ君の解雇には少し猶予をもらえんか?」

「そうですね、一カ月でしたらお待ちします」

「一カ月……」


「それ以上長引くようでしたら強制執行の手続きに入らせて頂きます」

陸田むつだ君、済まんがそういうことになった」

「そ、村長!?」


 それから間もなく政府発表があり、俺は恐竜の飼育に向けての第一弾、○国の飼育施設強襲の準備に入るのだった。



◆◇◆◇



「成体四、幼体十、卵は八」

「成体と幼体に脳内チップ埋め込みを開始します」


 それにしても比較的早い段階で○国の恐竜飼育計画を知ることが出来たのは重畳だった。成体が数百頭まで膨れ上がっていたら、恐竜の保護は難しくなっていただろう。


 何よりもエサとされる人々のことを思うと、一秒でも早く施設を破壊しなければならない。


 計画の第一段階は脳内チップを埋め込んだ恐竜を脱走させ、施設職員を襲わせることである。とは言っても無差別ではなく、嬉々として恐竜の檻にエサ人間を放り込んでいた者たちに同じ恐怖と苦しみを与えるのが目的だ。


 犠牲者を憐れんだり仕方なく働いていた職員は無事に逃がすことにした。なお、緊急事態に備えた彼らの武器は強襲と共に使用不能にする。


 そして計画スタート。


 突然檻から出てきた恐竜に職員たちは慌てふためき、各自武器を取って対処に当たろうとするもそれが全く役にたたない。


 ある者は泣き叫び、ある者は失禁して腰を抜かす。しかしはあくまで非人道的行為を繰り返していた者のみだ。その数人は食い殺されたが、間もなくすると恐竜たちは彼らの目の前から忽然と姿を消していたのである。


「対象、全てポッドに収容完了しました」

「卵も無事だな?」

「はい」


「職員の生き残りは?」

「予定通り施設の外に誘導しました」


「よし、焼き払え」

「はい、マイマスター」


 攻撃型ドローンがこの作戦のために用意した弾を投下する。何故この(俺たちにとって)前時代的な兵器を使用したかというと、こちらの世界にある物で攻撃する必要があったからだ。つまり後にやってくるであろう○国の調査隊対策である。


 もちろんエアバレット砲でクレーターを作るという手もあった。しかしそのためには隕石の飛来をカムフラージュしなくてはならなくなり、放射能の散布など後の偽装工作も面倒なことが山積する。


 であれば、どこかの国から攻撃を受けたていにするのが最も合理的なのだ。○国は恐竜飼育施設を公表するわけにはいかないだろうから、必然的に今回の件も秘匿されるというわけである。


 また、職員たちに恐竜に襲われる恐怖を植えつけたことで、彼らが再び恐竜飼育の現場に戻るのをある程度は阻止できるという狙いから、皆殺しにはしなかった。


「中には恐竜飼育の研究に戻る者もいるだろうけどな」


「今後は発見次第潰す、ということでよろしいでしょうか?」

「そうしてくれ」

「はい、マイマスター」


 回収した恐竜や卵は、その日のうちに新たに入手した二万坪の土地に運び込まれたのだった。

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