第四話

「戦前はこの日本でも恐竜が動物園で飼われていたんです」

「そうなんですか?」

「ええ。ですが恐竜を含む猛獣全てが戦時猛獣処分により殺されてしまいました」


 戦時猛獣処分とは、戦争時に動物園の猛獣が逃亡して人間に被害を及ぼすのを未然に防止する目的で行われる殺処分のことを言う。


 この世界では軍の立場的に好ましくない情報のため公表されていない事実である。それをさらっと口にしてるけど様、大丈夫なんですか?


「かつては日本にも野生の恐竜がいましたが、青木ヶ原樹海への空爆で殺された数頭を最後に完全に姿を消したんです」

「今はどこにいるんですか?」


「アマゾンの奥地に棲息していることは確認されてますね。ただ個体数は少ないようです」


 分かってはいたがさすがにそうは言えないので、初めて知ったような顔をしておいた。


「恐竜のお肉は食べられますの?」


はワイルドだなぁ」

「レイヤは気になりませんか?」

「まあ、気にならないと言えば嘘になるけど」


「アマゾンのある部族は食糧にしているようです。研究者が試食した限りでは、筋張っていてよく煮込まないと食べられたものではなかったと。ただ味は悪くなかったとのことでした」

「食えるんですか!」


「牛すじのように煮込めばそれほど問題はないようです。ただ私も研究者として試食はしてみたいですが、それ以外でわざわざ食べたいとは思いませんね」


 和子様がインディ・○ョーンズのような格好で、焚き火を囲んで恐竜の肉を噛みちぎる姿を想像してしまったよ。すると美祢葉が何とも言えない表情で俺を睨んで念話を飛ばしてきた。


『レイヤ、何を想像してるんですか! 笑いをこらえるのが大変です!』

『ああ、すまん。てかまたモニターしてるのかよ』

『モニターおふ〜』


『ハラルたちと同じこと言っても無駄だからな。切ってないクセに』

『切ってますよ〜』

『切ってねえだろ!』


『○トラッシュ、僕もう疲れたよ』

『○トラッシュって何ですか?』

『気にするな』


 そう言えばあの有名な作品の主人公の少年、原作での死因は凍死でも餓死でもなく自殺なんだよな。


「お二人は目で会話するほど親密なんですか?」

 いけね、お姫様をほったらかしにしてた。


「あはは。そういうわけではないですよ」

「怪しいですねー」


「わ、様はいずれアマゾンに?」

「行きたいのは山々ですけど、立場的に許されないでしょうね」

「そんなモンですか」


「今からおよそ六千六百万年前にメキシコのユカタン半島に衝突したと言われている隕石、チクシュループ衝突体と呼ばれていますが、これが恐竜を含む当時の多くの生物種を絶滅に追いやったそうです。その時に出来たクレーターも見に行ってみたいです」


「それでも生き残った恐竜がいたんですね」

「奇跡としか言えません。ですが今や絶滅危惧種となってしまいました」


 間違いなく奇跡である。実際俺たちのいた地球では絶滅してるのだから。


 宝飾品としての牙や爪、あるいは剥製にして飾るなどといった金持ちの自己顕示欲を満たすための餌食となり、乱獲された時期があったようだ。


「しかし原住民に狩るなとは言えないんですよね」

「彼らにしてみれば生きる糧ですし、乱獲した張本人たちが言えることではありませんから」


「○国では人口孵化ふかを進めているようですわよ」

「えっ!? 美祢葉さん、それはどこの情報ですか!?」


 俺とハラル、ルラハがギョッとして美祢葉に顔を向ける。彼女がやらかしてしまったからだ。彼女はありはら海運の所属船舶に繰り返し海賊行為を働いていた○国に対して強い敵意を持っており、偵察型ドローンを操作する訓練で○国を探っていて恐竜飼育施設を発見したのである。


 当然その事実は極秘事項としたのだが、うっかり口を滑らせてしまったようだ。これは後で本気のお仕置きをするしかない。


 ちなみに○国は恐竜を軍事利用するために研究していることは分かっている。だからあちらにとっても施設の存在は極秘事項だった。


「あ、ご、ごめんなさい。前に夢で見たのを現実と混同してしまいましたの」

「夢……本当だったら正式に視察を申し込もうと思ったのですが」


 ○国でも人気がある和子様だ。極秘事項でなければ視察が受け入れられた可能性は高い。しかし万に一つも○国が極秘としている情報を皇族が知っていると覚られるわけにはいかないだろう。


「美祢葉は時々夢と現実を一緒にすることがありますから」

「そうですか……」

「レイヤ、それはあんまりだと……」


『美祢葉、君が迂闊に口にした内容は和子様を危うくする危険性もあるんだ。自覚しろ!』


「そうですわね。本当にお恥ずかしい限りですわ」


 俺が送った念話に体を硬直させ、気落ちした様子で彼女は頭を下げた。しかしここはダメを押しておくべきだろう。


「美祢葉の夢が現実だったとして、和子様は○国の目的をどう思われますか?」

「恐竜の人口孵化ですか? あの国が考えそうなこととすれば……」


「食べられるとは言ってもあまり食用に向いているとは思えませんよね」


「そうですね。絶滅危惧種の恐竜は、ワシントン条約で商業目的の国際取引が禁止されています。そうなると軍事利用しか考えつきません」


「だとすると視察は無理でしょう」

「諦めるほかはありませんね」


「恐竜の軍事利用……」


 美祢葉の顔が青ざめている。


「数百数千の恐竜を都市に放たれたらパニックは必至だし、多くの死者も出るだろうな」


 戦車や装甲車は別として、対峙する歩兵部隊も恐竜が相手となると苦戦するのは火を見るより明らかだ。動きが早く刀剣類ではまず倒せない。対して強力な爪や牙、尻尾の攻撃は生身の人間に死を含む大ダメージを与えるからである。


『レイヤ、何とか阻止出来ませんの!?』

『今のところはな』


 半分涙目になりながら俺の方を向き、美祢葉が念話を送ってきた。それに対して答えたわけだが、実際は対処など簡単である。


 出力をたったの三パーセントに抑えた攻撃型ドローンが放つエアバレット砲ですら、巡洋艦の艦体をくの字にひしゃげさせることが出来るのだ。最大出力で攻撃すれば、恐竜飼育の施設などあっという間に潰せるだろう。


 ちなみに母艦であるハラルドハラルのエアバレット砲は、最大出力なら数発で北海道島を破壊するほどの威力を持つ。


 しかし今はそれをやるべき時ではないし、やるにしても破壊するのは施設だけで絶滅危惧種たる恐竜は極力生かしておきたい。


 そのために必要なことと言えば――


 俺は一つアイデアを思いついてハラルに念話を送るのだった。

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