第二話
車内の、主に男子たちからの視線が痛い。それもこれも全て皇族の姫、
さらに右側からも柔らかいものが押し当てられる。フルアクセスでモニターしていた
そう考えてから彼女を見ると、真っ赤になってうつむいてしまった。こういうところが可愛いんだよな。さらにこの思考を読んだ彼女は深く顔を伏せ、俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。慣れたハラルやルラハと違い、彼女にはフルアクセスを逆手に取ることが出来るようだ。
『あ、あんまりいじめないで下さい……』
『ごめんごめん』
両手が塞がっているので彼女の頭に頬ずりしていると、お姫様に気づかれてしまった。
「あら、私はお邪魔だったかしら?」
「い、いえ、そんなことは……」
「うふふ。お邪魔虫はもう戻りますね」
お邪魔虫ってどんな虫だ?
そんなことより左側の柔らかい感触が消えたと思ったら、すぐにハラルが身を寄せてくる。俺に突き刺さっていた車内の視線が、弓矢から殺意を伴った槍と化していたのは気のせいだろうか。
リムジンバスは首都高から中央自動車道に入り、合宿地のある河口湖に向かう。途中談合坂サービスエリアに立ち寄ったが、予想された渋滞に巻き込まれなかったお陰で少し長めの休憩を取ることが出来た。
聞けばハラルが中央道に向かう一般道の信号を操作し、渋滞を未然に防いだのだとか。優秀過ぎるとは思うが、バス乗車による俺の不快感を感じる時間が多少短くなった程度に過ぎない。
「あ! アメリカンドッグですわ!」
サービスエリア内を自由に見て回っていいとのことで、俺はハラルとルラハに美祢葉を伴って散策していた。そこで何やら屋台を見つけて美祢葉が興奮した声を上げる。
「美祢葉、食べたいのか?」
「はい! こういうものはなかなか食べる機会がなかったものですから」
「そうなの?」
「お祭りで見かけましても食べ歩きなどはしたない、食材に何が使われているか分からないということで許されませんでしたから」
さすがは日本最大手、
「アメリカンとは言ってもこれって日本生まれなんだよな」
「えっ!? そうなんですの?」
「しかもドッグはソーセージをパンに包んで食べるドイツ由来の呼び方なんだ」
「知りませんでしたわ」
「アメリカに移民したドイツ人が持ち込んだフランクフルターってソーセージが犬の形に似ていたから、ドッグと呼ばれるようになったんだよ」
「レイヤは博識ですのね」
「とは言え俺も食べたことはないんだけどな」
「では頂いてみませんか?」
「そうしよう」
博識と言われて少し恥ずかしくなってしまった。脳内チップでアメリカンドッグを検索したら出てきたから、その内容を口にしたに過ぎなかったからである。
とりあえず各自一本ずつアメリカンドッグを手に持ち、ケチャップとマスタードをかけて食べながら歩き出した。
「これは……美味いのか?」
「び、微妙ですわね」
「お二人ともこういういわゆるジャンクフードに、いつも食べているような味を求めるものではないと思いますよ」
「いや、不味くはないんだけどさ」
「そうですわね。期待が大きかった分、何と言いますか……そうですわ! 今度我が家のシェフに作らせてみようと思います!」
「シェフ泣かせのお嬢様だなあ」
「ど、どうしてですの!?」
「美祢葉の家のシェフって何十年も修行したような人なんだろ?」
「そうですわね」
「その人にジャンクフード作らせるのかよ」
「ですが食材にこだわって作ればきっとアメリカンドッグでも……やめておきますわ」
「賢明だと思うよ」
いくら食材や技術にこだわったとしても、著しく栄養のバランスを欠いたのがジャンクフードだ。料理を極めたプロの料理人にわざわざ作らせるようなものでもないだろう。
「あの人
美祢葉の視線の先には他とは明らかに違う人集りが出来ている。偵察型ドローンを向かわせてみると、テレビ局の一団が和子様を囲んでいるのが分かった。
和子様は
「
「はい」
「ハラル、あれ、許可取ってるか?」
「いいえ、取ってません」
「中継車を電磁シールドで囲め。カメラはすでに撮影したデータも含めて全機能破壊だ」
「はい、マイマスター」
「え? どうされましたの?」
俺の静かな怒りを感じ取ったのか、不安げな表情で美祢葉が尋ねてきた。むろんカメラは破壊とは言っても爆発させたりという物理的なものではない。内部のチップや回路などをショートさせてズタズタにするという意味である。
「
「はい、聞いておりました」
「百歩譲ってたとえ無許可でも公人の和子様が撮影されるのは、まあ仕方ないとしよう。しかし彼らが背景に映りこむ他の生徒に配慮していると思うか?」
「思えませんわね」
テレビ局のスタッフが慌て始めていた。あのカメラが使い物にならなくなったのは局としても痛手だろうが、ルールを守らなかった代償である。中継車まで壊さなかったことを感謝してほしいものだ。
さらにハンディカメラで撮影を再開しようとしたスタッフが数人いたので、そちらのカメラもデータを含めて内部的に破壊してやった。これで彼らのここまでの"撮れ高"はすでに局に送られたものを除き、全て無に帰することだろう。
一方、和子様はというと慌てふためく局のクルーに一声かけてから、相変わらず集まった野次馬たちに笑顔で手を振っている。そして側衛官たちに護られながらバスへと戻っていった。
休憩時間はまだまだあるのに不憫なことだ。美祢葉も同じ思いだったのか、アメリカンドッグを含めたジャンクフードを手当たり次第に買い始めた。和子様にプレゼントするつもりのようだ。
「食べてくれるかね」
「そこは問題ではありませんわ」
「というと?」
「苦労を知っていますよ、とお伝えしたいのです」
俺の未来の婚約者は優しい。そしてその思いはしっかりと伝わり、お姫様は心からの笑顔でそれらを口に運ぶ。ただしとても一人では食べきれない量だったので俺たちも一緒にジャンクフードを囲んだ。
しばらくして休憩時間が終わり、他の生徒たちがジャンクフードの香り立ち込める車内に戻ってくる。それでも、楽しそうにしている和子様を見て文句を言う者は一人もいなかった。
間もなくバスは談合坂サービスエリアを出る。高速を降りてからはさらに不快な振動とカーブが続き、ようやく目的地に着いた時には俺はぐったりとうな垂れるのだった。
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