ツクヨミアソビ

百川アキセ

はしがき

昨年の夏、兄が失踪した。兄の行方は未だ分かっていない。ただ、何故消えてしまったのかを私は十分に理解している。恐らく兄が見つかる事は、もうないのだろう。それだけに、私は兄に対して償い切れない罪悪感と、のうのうと生き残ってしまった虚脱感を抱えながら日々生活をしている。この感覚には一年が経った今でも慣れないでいる。 結局私は、 兄に何一つ報いることは出来なかった。


両親の離婚で、 兄とは一時離れて暮らしていたが、 高校に通う利便性を考え、 私は連絡も無しに一人暮らしの兄の元へ転がり込んだ。家族間でのわだかまりがある訳では無かったため、 兄も両親もあっさり私の暴挙を快諾してくれた。 救命士として第一線で活躍する兄は多忙であったが、それでも疲れた顔の一つも見せずに甲斐甲斐しく私の世話を焼いていた。いつまでもそんな兄に甘えていてはいけないと思いつつ、時間だけが経過していった。


兄が失踪したのは、そもそも私が原因だった。あれは一年前の夏休み、 七月末だったと記憶している。 私はとある事件に巻き込まれ、 兄は私を助けようとしてくれた。あの時の出来事は、一生忘れることなどできないだろう。 確かに私は、日常という陽の当たる世界の裏側にひしめく、非現実的かつこの世の理から外れた現象の一端を垣間見たのだ。


怪談やオカルトといった、 所謂スピリチュアル方面に興味の無かった私に、ある時友人がとある都市伝説を教えてくれたのは、 例の事件の数週間前だった。そもそも興味が無かっただけに、 友人の話を半分以上は聞き流していたのだが。しかし、 断片的にだが頭に残るような内容ではあった。


その頃、私の住む月影市では奇妙な殺人事件が立て続けに起こっていた。 物騒な世の中になったものだ、きっと温暖化による気温上昇で頭のやられた誰かの犯行に違いない、などと同じ市内に住んでいながら、やはりどこか他人事に感じていた。 この世で起こる出来事の全ては、 人の手によって発生するものなのだと決めつけていた。 自身をリアリストだと信じて疑わなかったその時の私を、今なら思いきり打ってやりたい。


それだけに、 友人から聞いたあの都市伝説と似通った状況が私の周りで起き始めた時は、 血の気が引く思いだった。 夏の心霊特番で、芸能人が「そんなのあるわけない」と笑い飛ばす様子に腹立たしさすら覚えた。 私は無我夢中で、この状況を打破する解決策を見つけ出そうとした。しかし、 都市伝説などという世間的には不確かな口伝の真相を突き止めること自体、たかが高校二年生のガキ一人には無理な話だった。 勿論兄に相談しようとも考えたが、ついに頭がいかれたのかと笑われるのが関の山だと、話す前に諦めた。


その後は、まるでジェットコースターに乗ったかのように、あっという間に事件の渦中に飲み込まれていった。常に命の危険が付きまとう、そんな数週間だった。そして気付いたら、私は助かっていた。兄に救われたのだ。そして、兄は助からなかった。他にも、行動を共にした人間が犠牲になった。彼らの犠牲、辿って来た道のりは、誰にも知られる事無く、闇に葬られる。私は、なんとかそれを記録に残したいと考え、 キーボードに向かい始めた。幸いにも事件の関係者が、 兄の遺したボイスメモのデータを送ってくれた事により、 私の知り得なかった一年前の兄の足跡を辿ることができた。その人物には感謝しかない。


私の名前は秋月裕子(あきづきゆうこ)。一年前、都市伝説『ツクヨミアソビ』巻き込まれた。これは、絶望の中で選択肢すら与えられなかった私たちの、怪異を廻る悲惨な物語だ。

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