ラスボスが異世界に転生しました〜悪の組織のリーダーは愛するヒロインを救うために世界を焼き尽くす〜

ウサギ様

ある物語のエピローグ

 俺……目黒志央という人物の人生は、悪の組織を立ち上げたその日、15年前に終わっていた。


 第三次世界大戦を終えてしばらく……科学技術の発展により完成を見せ始めた管理社会と固定化された階級格差。


 異能力と呼ばれるものを手に入れて、それにより現状の世界を破壊しようとし、目黒志央という凡俗としての名前を捨てて、新たにグラスフェルトという名前を名乗り、国に、世界に立ち向かった。


 だが、けれども──。


「お前らが正しい。……俺が間違っている」


 分かりきった言葉を口にする。

 目の前にいる少女は、ボロボロの服と体、華奢な手足を動かして、今にも泣きそうな表情で俺へと歩みを進める。


「……そう思っているなら、なんで」


 今日、この日のことはいずれ歴史書に綴られるだろう。その際に、俺はみっともない負け犬と書かれることだろう。


 最終決戦とも呼べる状況。

 俺の後ろにはもう戦力となるような人間はいない。

 いるのは他のどこにも行き場がなく、ただひたすら奪われてきた奴等だけだ。


 ……もはや、最終決戦なんて甘いものではないか。

 俺が勝ったところで次の相手がやってくるか、立てこもり続けて飢えて死ぬだけだ。


 敗北は当の昔に決まっていた。そんなことは分かりきっていた。


 俺たちのしたことなど、結局は平穏を荒らして無為に血を流しただけだ。

 分かっていた。分かりきっていた。けれど、俺ゆっくりと拳を握りしめる。


「俺たちに勝ち目なんて始めからなかった。今から俺たちが勝ったところでこの国が良くなるなんて都合のいい話も信じちゃいない」


 泣きそうな、けれども強い決意を宿した少女が、俺にその瞳を向ける。


「なら、なんで……。なんで、こんなことをしたの」


「向かう先がただただ絶望であろうと、それでも示さなければならないものはあるんだ。……俺はここにいる、と」


 強大な拳を上へと振り上げる。


「──俺はここにいる! 弱い子供に、金持ちの奴隷達に、排斥される醜い者達に……!」


 思い切り息を吸い込む。

 戦いの前に体力を使うべきではないと分かりつつ、遠くに見える誰かに向かって、届くはずもない声を届かせるために。


「──俺はここにいる! お前の味方は、ここにいる! 火を灯せ!! 天高く、天高く! 俺たちの悪業が、遥か遠くの誰かにも見えるように!!」


 俺の背後にあった、俺たちの拠点が燃え盛る。

 それは俺が守ろうとしている仲間たちが、「敵の手にかかる前に」という、そういう考えからの自害であることは、なんとなく察した。


 もはや、背後にすら守るものはなくなった。

 食い縛る。食い縛る。折れるな、決して折れるな。


 負けても、みっともなく死のうとも、俺の死骸が吊るされ鳥につつかれようとも。


「火を灯せ!! 届け!! 届け!! 悪名よ!!」


 剣に火炎の異能を灯す。それは単純で不恰好な、見様見真似の粗雑な異能力だ。


「燃え広がれ、俺の悪名よ。──俺は灯火と陣鐘のグラスフェルト!」


 少女と向き合い、全力で吼える。


「俺から人々を守れよ、英雄!」


 俺の異能の炎は草原を燃え広がりながら規模を拡大していく。

 異能力で維持している分を除けば燃え広がっている炎は制御不能で、俺自身も焼くが……もはや後を考える必要はない。


 自然に燃え広がった草原を舞台に、無意味な戦いが発生し……そして、当然のように終わった。


 覚醒というものを果たした少女の炎は俺の炎を上回っていて、三日三晩戦い続け、それ以前から無理を重ねてきた俺の体はもはやマトモに動かなくなっていた。


 広がっていた炎も燃やす物がなくなってプスリプスリと音を立てて消えていく。

 異能力のエネルギーも底をついて、全身が余すことなくズタボロだ。


 ポツリと雨粒が俺の頬に落ちる。

 天が「諦めろ」と俺に語りかけているように感じるのは、きっと俺も楽になりたいからだ。


 血が流れる。

 肺が焼けて呼吸が出来ない。

 足元がフラつく。

 視界が霞む。

 呼吸をする度に死を隣に感じる。


 ……目を閉じれば、死ねるのだと分かる。


 勝ち目などない。当然の帰結で、ここからの大逆転なんて存在しない。

 仲間も全員死んだ。…-…終わりだ。


 理性はそう理解しているのに、俺はそれでも吼える。火を消す雨に逆らうように、燃えるような声を吐き出す。


「──燃え広がれ! 俺の悪業!! 誰もが、誰もが聞こえるように……!!」


 俺の叫びを聞いた少女は、軽く目を伏せる。


「……もう休んでください。グラスフェルト。……誰もがあなたを悪党と言うでしょう。けれども僕は知っている。あなたの強さも、優しさも。終わりにしましょう。これ以上の意味はないじゃないですか」


「知っている。知っているさ。だが、俺はそれでも語りかけねばならない。……お前には俺がいると、この世の弱きものどもに」


 もはや意識があるのかないのかすら分からない。

 自分が現実の中にいるのか、夢の中にいるのか、あるいは死後の世界か。


 けれども、叫ぶ。

 この世界にはただひとりの味方もいない孤独を感じているものがいるのだから、せめて、せめて俺だけは味方であると叫ぶのだ。


 それに意味がなくとも、力及ばずとも。


「──俺は、俺はここにいるぞ。だから……お前は、ひとりじゃない」


「……さようなら、グラスフェルト。最期まで……いや、最期を越えようとも、誰よりも気高き人」


 少女は寂しげな声と共にギュッと俺の身体を抱きしめて、それから慈しむように剣を握って俺の腹に突き刺す。

 刺さっていることは分かっていても、もはや痛みすら感じない。俺の人生終わるのだろう。


「あなたの本名、知りたかったな。その変な名前を名乗っている理由もさ。……何も知らないまま……。ごめんね、ごめん。グラスフェルト」


 気にするな。なんて笑おうとするけれども、声が出ることはない。


「きっとあなたは甘ったれって笑うだろうけど……あなたのこと、好きでした。好きだった。本当に」


 もう指先のひとつもマトモに動かない。あと数分もなく、俺は死ぬのだろう。

 少女の元に仲間が駆け寄って、血まみれの彼女を支える。


「……凛音……平気ですか?」


「……人を助けたいって、そう思って私は戦ってきてさ」


 少女は仲間の気遣いに対して、気を払うことも出来ずに独白する。


「それで、今やっていることがこれなんですね」


「……正しいことをしていると、思います。あなたの善意は、きっとこの世界をよくするはずです」


「そうだと、私も思っています。彼のやり方は合理的じゃない。誰も見捨てたくないと叫んで、結局全てを失った。…………けど、ここまで強かったのは、ここまできたのは、彼がそうだったからだと、そう思うのです。ここで全てを燃やし尽くせる人だから……「悪名よ、燃え広がれ」だったっけ」


 少女は雨を浴び、けれどもそれを気にしないままに天を仰ぐ。

 燃え残りが消火される音と雨音が重なって、まるで安い居酒屋の喧騒のようだ。


「……記者会見だっけ、開かないとなぁ」


「目立つのはお嫌いでは?」


「誇れるようなことは何もしてませんから、褒められるのはあんまりね。……けど、今日のことは……」


 …………意識が薄れる。

 ゆらりと、ゆらりと、自分というものが消えていくのを感じる。


 ほんの少しでも、ほんの僅かな人にでも、届いただろうか。俺の言葉は。


 後悔はない。けれども、まだ生きたい。

 まだ誰かのために……。


 指は動かない腕を脚も、何もかもが動かない。

 目も見えない、肺が潰れているのか呼吸も出来ず匂いも分からない。



 聞こえないはずの耳に、幼い少女の声が響いた。

 それが人ならざるものであること……天の迎えか、あるいは俺の妄想であることは分かった。


「……あなたは誰かを守ろうとして、けれども、誰もあなたを守らなかったんですね。可哀想に」


 ……誰だろうか。

 優しい声色、けれども、残酷な言葉を呟いていた。


「誰かを守ろうとするのに、特定の誰かではなくて不特定の多数なのは、きっと誰もあなたを愛さなかったからでしょうね。特別な誰かは、あなたにはいなかった。グラスフェルト……いえ、目黒志央」


 俺の心の奥底を覗き込むような言葉。

 今際の際に聞きたいようなものではなかった。


「可哀想に……せめて、貴方の哀れな魂は天の国にて……」


 ──ふざけるな。

 引き剥がれそうな意識の中で、優しい誰かに吠え立てる。


 ──ふざけるな。俺は何も出来ていない。誰も助けられていない。天国にいくぐらいなら地獄に堕ちてその亡者を救おう。


「……」


 全力で、優しい誰かを振り払う。


 ──分かった風なことを……! 俺は、自分が救われることなど望んでいない。ひとりでも多くの人に「お前の味方がいる」と……!


 浮き上がっていた俺の魂と呼べるような何かが落ちていく。

 ああ、死んだのか。でも、これでいい。


 すとん、と、何かに落ちて、収まる感覚。…………?



 ◇◇◇◇◇


 光を感じる。苦しみを。辛さを。


 もがいて足掻いているうちにほんの少しだけ楽になり、目を開けると若い男と老婆の姿が見える。


 ……生きて……いる? 身体の感覚はおかしいが、生きている。生きている。


 俺はまだ……まだ、俺の声を誰かに届けられるのだ。

 どうやってあの場から生き延びたのかは分からないが、ツイている。ツイているぞ!


「フワァッハッハッハァァ!! ハーッハッハッハー!」


 俺が歓喜の笑いをあげると、老婆と若い男は困惑した表情で俺を見る。


「あの……産婆殿……赤子ってオギャッーって泣くんじゃないんですか? 産声が高笑いのパターンってあるんです?」


 産声が高笑いの赤子なんていねえよ。


「……ワシも長年産婆をやってきていたが、このようなことは初めてじゃ……」


 産婆の言葉に若い男が深刻な表情を浮かべる。


「──紅き月の光の中、悪しき魂がこの世に蘇る。という、言い伝えが」


 産婆は頷く。


「……まぁ、別にいいんじゃね?」


 良かないだろ。


「まぁ別にいいか! 無事に産まれて何よりだなっ!」


 良くは……なくない?


 と俺が心の中でツッコミを入れていると、男が嬉しそうに俺を抱き上げる。

 ……あれ、随分軽そうに……というか、視界の端に映る俺の手足がやけに小さいような……。


 ……あー、なるほどー。


「あっはっはっはー! よく産まれてきてくれた! 君もありがとう、お疲れ様」


 男が妻らしき人にも労わるような言葉をかける。


 …………よし、とりあえず笑っとくか


「フワァッハッハッハァァ!! ハーッハッハッハー!」

「あっはっはー! 元気な赤ん坊だ! 立派に育つぞー!」

「フワァッハッハッハァァ!! ハーッハッハッハー!」

「あっはっはー!」

「フワァッハッハッハァァ!! ハーッハッハッハー!」


 …………ああ、これ、どうしよ。

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