試し書き —六鹿有栖

筑駒文藝部

本文

試し書き

六鹿有栖

 

 創作意欲を消費しながら、座りごごちのいまいちな椅子に座りながら、PCに背中を丸めながら。話題曲を斜め聴きしながら、リズムをとりながら、イヤホンに生かされながら。部屋を暗くして、デスクライトは暖色にして、点数なんか悪くたって構わないなんて、安っぽい言い訳をしながら、明日の課題を思い出し、心配事をまた増やして、それでも書いてみる。キーボードを叩いてみる。ペンを握ってみる。静かに、でも騒がしく、混沌を吐き出してみる。現実から目をそむけてみる。原稿用紙上で放火してみる。自分を愛している! と正直に言ってみる。わざわざ難しい言葉を使ってみる。もう死んだ誰かの生き様の真似をしてみる。まだ生きているあの人の真似をしてみる。あるいは、独自の生き方を模索してみる。ありもしない妄想と闘ったふりをしてみる。虚しく響く勝利宣言はあの子の頬をますます赤くするだろう。そのあとは、路傍に咲く小さな花に気づいてみる。春を指折り数えてみる。ずっと昔の素敵な記憶を思い出してみる。嫌いな人に嫌いと言ってみる。あの子への想いを叩きつけてみる。文庫本に銃弾で穴を開けてみる。憂鬱な暮らしで一日を満たしてゆくのに、反抗してみる。世間の羽交い締めに抗ってみる。みんなと逆のことを言ってみる。ホームセンターでロープを買ってみる。刺激を求めてみる。拗らせた欲求を言葉にしてみる。痛くて痛くて泣いてみる。何も思いつかないと悶え苦しんでみる。本の奥で踊ってみる。読んでほしいという欲望に素直になってみる。通りすがりの風に味をつけてみる。紙の上で人を殴りつけて、世界って何かを文字にこめてみる。思いっきり、楽しんでみる。君に情熱を教えてみる。そしてそれから、舌を噛み切ってみる。死ねない。ことを、知っている。だから書いている。夢中になって書いている。昨日の凄惨な夕食を吐け、吐きもどせ、午前二時。



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