フラッシュフィクション集 —土竜、高波晴朗ほか
筑駒文藝部
フラッシュフィクションの足跡 ——はしがきにかえて
「フラッシュ・フィクションの足跡」 土竜
彼が去る前に書きなぐった散文をみた時、私は意味が解らなかった。消しカスとふけと抜けた髪が散乱する机の上の紙に書かれた複数の単語と矢印。解読するのにかかった時間は数分だったが、その一文一文が何を意味するのかを理解するにはそれ以上の時間を要した。
結論から言ってしまおう。何が言いたかったんだ彼は?つかみどころのない文章は彼の様子と瓜二つで、私が彼を理解する前に、きままにどこかへ消えてしまった。延ばした紙を机に置くとその横に茶色い一冊の本。
あぁそうか、そういえば彼はかの有名なアメリカの作家、アーネスト・ヘミングウェイが好きだった。机上の紙と違ってしゃんとしたこの本を手に取る。あれは私が高1の頃だった。
高1の時、席が隣だった彼と私はすぐに仲良くなった。元を言えば、私が文藝部とかいう生ける亡霊みたいな組織に取り込まれてしまったのも、元を言えば彼が私の名前を名簿に書いたせいだった。当時剣道に熱中していて、兼部などしたくなかった私は彼をブロックしてやろうと思ってラインのアイコンを開いたのを覚えている。
彼のステータスメッセージは意味不明だった。
「売ります。赤ん坊の靴。未使用」
その真意を聞こうとしたのが運の尽きだったし、それがヘミングウェイの作品だと知ったのはその時だったなぁと今でも鮮やかに思い出せる。私がそれに興味を持ったと知った時、彼は似たようなものをいくつも見せてきた。言葉が少し不自然で、それでもって奥行きのある散文。彼らに憧れて私も挑戦してみたことはある。ただ、あの奥行きにはどうも辿り着けなかった。高1生活も折り返しを過ぎたころ、私は星新一の虜だった。400〜3000字からなる小宇宙にどうしようもなく引き込まれた。彼の作品はショートショートと呼ばれていた。
そこまで思い出した所で、私は本を戻し、机の横に転がる紙の山を広げてみることにした。彼は当然のごとくヘミングウェイに憧れ、作品を創り続けていた。一度だけ彼の作品をショートショートだと言った事がある。その時の彼は今でも思い出すとドキッとする。一瞬悲しいともにつかない顔をして、短くフラッシュ・フィクションだよ、といった彼の姿は秋の落ち葉の中で映えていたような気がした。彼はなぜそれにこだわったのだろう。
あの日は夕日がきれいだったんだ。文化祭準備が佳境になる直前の、やる気と疲れが混ざり始めたあの頃の帰り道から見た、なんでもない夕日。眼鏡に反射して宵闇と溶けていくまぶしい夕日。
情景を思い出した所で私ははっとした。まぶしい?閃光? ああ、そういう事なのか、
彼の殺風景な部屋を置き去りにして私の頭は回り続ける。そうか、彼がこだわったのはひきつけて離さない、あの光だったんだ。ああ、私は彼の事を今更理解できたような気がした。
机の紙を震えた手が掴む。そこにはこうかかれていた。
本の一ページ一ページがタイムマシンと知った私は、全て破り捨ててかくれんぼを始めた。
終わりに
この部誌の中にでてくるフラッシュフィクションの用語解説をしないかという事で作ってみました。彼らの一文に眩んでくれたら私も嬉しいです。それでは後の文章もごゆるりと。
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