第2節 逢魔が時と丑三つ時

2ー1

第2節 逢魔が時と丑三つ時


PM 2:00 すすきの


 事務所での仕事を一通り終わらせ、早めに店を閉じ、ある所に向かう。昼間とはいえ、すすきのの通りは、賑やかである。

 だが、その殆どは夜の準備をしている。その為か、酒屋が店に樽のビールを運び入れたりしている。

 ふと、昨日あったあの現場に通りかかる。自殺した女子高生の遺影と、花束が添えられている。おそらくは、被害者のクラスメイトと見ていいだろう。

 本当に気の毒だ。その日の前までは至って普通だったのに、突然自殺してしまったのだから。

 それを見た私は、その場を後にし、とある場所に向かう。

 少し離れた雑居ビルに入り、エレベーターで4階まで上がる。その奥にある扉に手を当て、扉を開く。


「あら、お早い到着で。このまま来ないかと思ったわ」


「来ない方が不自然でしょうが。それより、そっちはどう?」


 女性のバーテンダーの格好をしている『仮面の魔女ジャンヌ』が、グラスを拭きながら待っていた。

 どうやら、暇を持て余していたらしい。


「こっちは結構調べたわよ。あなたが気がついていないうちにね」


「よく言う。んで? そのファイルはどこに?」


仮面の魔女ジャンヌ』は、タブレットを私に差し出す。PDFの中を見ると、これまで起きた自殺した遺体の写真と、具体的な詳細が書かれている。


「思ったより薄いな。君にしては、案外調べられていないじゃないか」


「まだ4件しか起きていないじゃない。その量なのは、こっちも気かがりな事ばかりと言うわけよ」


「気かがりな事? 珍しいね。君がそう感じるなんてね」


仮面の魔女ジャンヌ』は、私に酒を用意する。ロックグラスに大きめの氷を入れた後に、ウィスキーを注いだ。


「概要としては、あなたと大差ない。けど、今は起きた時間帯を考察してるのよ」


「深夜2時と、夕方6時か。言われてみれば、不自然な部分があるな。まるで、人為的に起こしてるみたいな」


「そこがおかしいのよ。自我を持たないはずの霊が、人を殺すことなんて、出来やしない」


仮面の魔女ジャンヌ』は、珍しく不審に感じている。それほどまでに、この事件は不可解の部分が多いのだ。

 そうしていると、『仮面の魔女ジャンヌ』はある書物を出す。紙が黄ばんできているので、かなり年期がかかっていた。


「これは?」


「この国の、古い文献よ。昔は、今とは違う時の読み方をしていたそうよ」


「それが、何か関係あるの?」


「おそらくはね。特に、ここが当てはまるんじゃないかと思うの」


仮面の魔女ジャンヌ』が開いたページを見る。何やら、独特な時の読み方がしていて、あまり読めたものではない。


「特に、この『逢魔が時』と『丑三つ時』と言うのがどうも気になってね」


「『逢魔が時』と『丑三つ時』? 何故それが?」


「『逢魔が時』とは、日が暮れた時を意味する時間帯の事を意味してるみたいだわ。ただ、この時間帯は霊が強くなる時間帯でもあるらしく、災いを呼ぶ時間でもあるんだとか。今で言う、夕方6時頃を指すわね。

 逆に、『丑三つ時』は深夜の最も深い時間帯のことのようね。この時間帯が、最も霊が出る時間とされているわ。これも今で言う深夜2時の事を指す。

 不自然に思わない? これらの事件は全て、『逢魔が時夕方6時』と『丑三つ時深夜2時』に起きているのよ。

 まぁ、これが人為的なものであるのなら、話は別よ。問題は、これがあの建物に潜む霊が何故、引き起こしてるかが問題よ」


「確かに、それが人為的なものであるなら、魔術院向こうも動くはずだ。そうじゃないから動かない。いや、違うな。

 その確証を検証してるのに時間を要してるだけかな? 私らも魔術院向こうも、そこが引っかかってるんだよ」


 私は、グラスに注がれている酒を飲む。そして、煙草を咥え、火をつける。


「ねぇ、みにくいアヒルの子は、何を求めてたのかしら?」


「さぁ。仲間じゃないの? 生まれつきみにくい容姿だったんじゃ、誰かにはぶられていたのなら、私だってそうするさ」


「そうね。でも、仲間を得たとして、果たしてそれは、信頼のできる仲間なのかしらね?」


仮面の魔女ジャンヌ』は、コインを指の間に挟ませながら話す。どこで覚えたかは知らんが、中々の手捌きだ。


「おそらく、あの霊彼女は、仲間が欲しいのでしょうね。だから、あのデパートに取り憑いていたんじゃないのかしらね。

 でも、再開発の影響で、あそこは取り壊しになった。それを知ったあの霊彼女は、仲間が欲しかったんじゃないのかしらね。

 まるで、これまで溜め込んだ恨みを解き放つかのようにね」


「結局は、寂しいだけか。でも、それだと自殺した子達が報われないじゃないか」


「そんなのはどうでもいいのよ。ただ、仲間を増やしたいだけなのよ。彼女は」


「はぁ……。随分と自己中心的な怨霊な事だな。それで? そいつは何がみたいんだ?」


仮面の魔女ジャンヌ』は、コインを弾く。そして弾かれたコインを手の甲に置き私にコインを見せる。出てきたコインは、表になっていた。


「『俯瞰』よ。彼女は、『俯瞰』を一緒に観る為の仲間を探してる。今この時もね」


「『俯瞰』? 景色じゃなくて?」


「そう。彼女は『俯瞰』が観たいんじゃないかと思う。その為の仲間探しで自殺した少女たちを集めてると思うのよ」


「なるほどな。それなら納得だ」


 私は、椅子から立ち上がり、帰る準備をする。『仮面の魔女ジャンヌ』は、それを見て、グラスを片付ける。


「ごちそうさま。また何かあったら頼むよ」


「えぇ、またね。アル」


 私は、扉に手を置き、ここを後にする。かくして、『仮面の魔女ジャンヌ』は去っていく私を見送りながら、私に出した酒を棚にしまうのだった。




 ――――――――――――――――――――――


 その夜


 私は、深夜のすすきのの街を徘徊していた。もちろん、あの自殺をこの目で見るために。

 あいつの推理が正しいのなら、次はラフィラからさらに50m先で誰かが自殺をするのだろう。

 そう思い、私はすすきのを徘徊する。このご時世だってのに、客引きなんているものなんだなと思った。

 だが、それは、場違いなものが見つかったことで、一瞬でそれどころじゃなくなったのだ。


「なるほどねぇ。こりゃ、ただの投身自殺じゃないわね」


『調べてみる?』


「うん。お願い、ウィズ」


 私は、ウィズの力を借りることで、自殺した遺体を鑑定する。蒼い吸血鬼のよう目で、死体を見ていると、不可解な物が見えた。


「そう言うことか。あれは、ただの怨霊じゃないな」


 私は、ラフィラの方をみる。その上に浮かび上がる霊は、不敵な笑みを浮かべていた。


「まぁ、今はここで見ているといいさ。そのうち、君は終わりさ」


 自殺者の霊が、ラフィラの方に向かう。それはまるで、雛鳥こども母鳥ははおやの元に向かうようなものだ。

 こうして、私は確信を得たことを確認し、屋敷に帰るのだった。

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